第14話 カメラバッグ

 高瀬雪穂はついてないと思った。

 日曜日のランチタイム。可愛い柏木奈乃ちゃんとのデートである。

 ついてないのは、もちろん奈乃ちゃんとデートをしていることじゃない。

 昨日、奈乃ちゃんと遊べなかった事ね。


 奈乃ちゃんのクラス、2年B組は昨日クラス会だったらしい。

 金曜日の時点でB組のクラス会の噂は聞こえてきた。だってB組の生徒はみんなとても浮かれていたから。

 奈乃ちゃんが参加するなら、それはみんな浮かれるわよね。このとっても可愛らしい奈乃ちゃんの私服が見れるのだもの。


 奈乃ちゃんの私服は、学校で制服着ているときとちょっと雰囲気が違う。

 控えめに言って、ただの天使だから。


 私も奈乃ちゃんのクラス会に参加したかった。どうして奈乃ちゃんとクラスが違うのかしら。ついてないわ!


「雪穂ちゃん?」奈乃ちゃんが食事をする手をとめて、不思議そうな顔をする。

「え?」

「どうかした?」

「ううん、何でもない」私は微笑んで食事を再開する。


 今日の奈乃ちゃんも可愛い。


 白の半袖のブラウス。首まで隠れるヒラヒラの襟に黒の細いリボン。肩から吊られた太めのショルダーがついた茶色のチェックのミニスカートは、腰まわりが胸下まであってダブルの飾りボタンがついてる。黒のレギンスに茶色のローファー。そして、私が買ってあげた水色のシュシュ型ブレスレットを左手にはめている。髪は片側だけ三つ編みにして左肩から前に垂らして、黒のリボンで留めていた。


 今日は可愛い系にしたのね。

 とっても可愛いわ。


 奈乃ちゃんのランチはオムライス。大きなスプーンの先っぽだけつかつて、小さなお口でちょっとずつ食べてる。


 これはこれで可愛いんだけど、小動物感が足りないわね。




「おやつ買お!」カフェを出てから歩いているとドーナツ屋さんがあった。目当てのおやつはあるかしら?


「これにしようね!」私は奈乃ちゃんに選ばさずに、目当てのおやつを二つ買う。

「え?」奈乃ちゃんが戸惑っているのを無視する。だってこれじゃないとダメだもの。


 外のオープンテラスになっているテーブルに座る。

「はい」奈乃ちゃんにおやつを渡す。

「あの、お金は……」

「いらないわ」だって奈乃ちゃんに食べて欲しいんだもの。


 奈乃ちゃんは大きな細長いチュロスを持って戸惑っていた。


「いただきます」奈乃ちゃんはチュロスをはしっこからちょっとずつかじる。

 うん、リスみたいで可愛い。奈乃ちゃんにはこういうちょっとずつかじる食べ物が似合うわよね。




 日曜日。柏木奈乃は高瀬雪穂と遊びに来ていた。


 今日も雪穂ちゃんはカッコいい。


 カーキ色のスラックスに茶色の紐がついた革靴。メンズのような襟がカチッとした半袖のワイシャツ。え? これメンズじゃない?


 何より目立つカバン。黒のショルダーバッグでいかにも耐久性がありそうな素材。容量も大きそう。メッセンジャー? どうしてそんなに大きなバッグが必要なの?


 私の小物しか入らなさそうな肩掛けポーチの10倍は入りそう。


 オープンテラスで雪穂ちゃんに買ってもらったチュロスを食べる。

 大きなお菓子は食べにくい。口を大きく開けたくないから、はしっこからちょっとずつかじる。


 今日も雪穂ちゃんは強引だ。私が食べたいおやつとか聞かずにさっさと決めちゃう。


 雪穂ちゃんは買ったチュロスを袋からも出さずに、大きめのカバンを開く。


 中からカメラを取り出した。この前買ったという一眼レフだ。


「カメラバッグも買ったの?」

「ええ、望遠レンズも買ったから、レンズが二つ入るカバンが欲しかったの」

 ……雪穂ちゃん、カメラ女子に目覚めたのかしら? ちょっとごっつくない?


「望遠レンズでピントをシビアにすると背景とかボカシて撮りたい人物だけ強調できるから。街中とか背景や通行人を気にせず撮れるでしょ?」


 何か難しいこと言ってる。


 そして雪穂ちゃんは当たり前のように、なんの断りもなしに私を撮りだした。


「あの……雪穂ちゃん?」

「奈乃ちゃん、チュロス食べて!」

 あ、はい。


「きゃー、奈乃ちゃん可愛い! ハムスターみたい」

 私って小動物扱いなの?


 雪穂ちゃんは何にこだわってるのか、イスの位置や机の上のドーナツの袋なんかの位置も動かす。


 いきなり手を伸ばされて、胸のリボンや三つ編みの位置も変えられた。


「奈乃ちゃん、目線下げて! そうそう、可愛いわ!」

 今日も雪穂ちゃんが騒いで、通行人の視線が痛い。


 ファインダーを覗く雪穂ちゃん、何か獲物を狙う猟師さんみたいでこわいんだけど。



「ほらほら、この奈乃ちゃん可愛すぎない?!」

 イスを並べた私の横で雪穂ちゃんがはしゃぐ。

 さっき撮った写真をカメラのモニターでチェック中だ。


 えー、雪穂ちゃんの方が可愛いと思うけど……。



 夕方、遅くなる前に駅前で雪穂ちゃんと別れる。

「雪穂ちゃん、これもらってくれる?」

 私はポーチからラッピングしたクッキーを取り出す。

「クッキー? これって手作り?」

 あ、うん。手作り感あるよね。


「昨日のクラス会でみんなに配ったの。雪穂ちゃんにももらって欲しかったから持ってきたの」

「ありがとー!」雪穂ちゃんはとても嬉しそうに、クッキーを私の手ごとつかんだ。


 そんなに嬉しいの? あと手をつかまれるとドキドキするんだけど。


「奈乃ちゃんが作ったのよね?」

「うん。手伝ってもらったけど」

「妹さん?」

「……友達にも」


 雪穂ちゃんは一瞬だけ思考する顔をしたけど、すぐに微笑んだ。

「ありがとー! 宝物にするね!」

「え?……食べてね?」


 雪穂ちゃんは、クッキーをカバンにも入れずに、大事そうに両手で持ったまま私を見送る。


 私は一旦おうちに帰った。



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