第13話 猫耳の魅力には抗えない

 クラス会の終わり、羽崎正人は柏木奈乃を家まで送ってきた。

「ただいまー」奈乃が玄関を開ける。

「お帰りなさい」奈乃の妹の那由多が、待ってたかのように玄関にやってきた。

「こんにちは、那由多ちゃん」俺も那由多に声をかける。

「羽崎さん、お疲れ様です。お姉ちゃんを送ってきてくれてありがとうございます」那由多はそう言って、丁寧に頭を下げた。

 那由多は礼儀正しいよな。


 リビングに通される。

「楽しかった? お姉ちゃん」

「うん、楽しかったよ」奈乃が嬉しそうに答える。

「そう」那由多も嬉しそう。

 何か那由多の方がお姉さんぽいと思った。


「汗かいたから、シャワー浴びてきていい?」

「うん、行っておいで」

 奈乃がリビングから出ていく。


「羽崎さん、何か飲みますか?」

「あ、冷たいお茶でももらえるかな?」


 ソファーに座って、冷たいお茶を頂く。

 那由多はクラス会の事を訊いてきた。

「そうですか。クッキーは喜んでもらえましたか」那由多はほっとした表情。

「那由多ちゃんが手伝ってくれなきゃ、あんなに上手にできなかったよ」

 実際に、クッキーが美味しくできたのは那由多のおかげだ。当然俺はクッキーなんて作れない。

 奈乃も那由多と作ったことはあったらしいが、一人では作れなかっただろう。普段から作り慣れてなさそうだったから。


「お姉ちゃん、シャワー、時間かかると思いますからゲームでもしますか?」

 那由多はゲーム好きだった。




「お姉さん、遅いね」俺はゲームをしながら那由多に話しかける。

「ん……。羽崎さんがいるからですかね」那由多もゲームをしながら答える。俺よりはゲームが上手い。

「ん?」

「準備に時間掛かってるんですよ」

 そうか。普段なら風呂上がりに楽な格好するところを、俺がいるから人前に出るための準備がいるってことか。


「あー、帰った方が良かったかな?」奈乃はクラス会で気を張ってたから、休ませた方が良かっただろうか?

「いえいえ!」那由多が慌てる。「羽崎さんは、いてください!」

 いや、そんなに必死にならなくても。

「俺がいるから、お姉さん、準備に時間掛けてるんだよね?」

「お姉ちゃん、きっと苦にしてないですよ」

 そうかな?



「お待たせー」しばらくゲームをしていたら、奈乃がリビングに戻ってきた。


 奈乃はこの前も着ていたクロネコの絵がのっているアニマルパーカーに着替えてきた。

 膝上まで丈があるだぼだぼのパーカーで、フードには猫耳と、おしりに黒色の尻尾がついている。パーカーの裾から、直接ストッキングを履いた足が出ていた。

 短パンか何か履いているよな?


「お帰り。ゲームする?」俺はゲームをしながらも、奈乃に気をとられている。

「ん……、疲れたからやめてく」そう言って奈乃は俺の左隣に座った。ソファーは十分広いのに俺にくっついて座る。そして頭を俺の肩に乗せてきた。


 いい匂いがする。シャンプーの匂いか?

 あと、猫耳が気になる。


 ゲームは集中できず、あっさりと那由多に負ける。集中していても那由多の方が強いけど。


 那由多はゲームを終わらせ、ソファーから立ち上がる。

「部屋に行きます」そう言って壁の時計を見る。「1時間は絶対に降りてきませんから」

 この前もそんな事言ったよね。あの時はずっとゲームしていた。今回は奈乃はゲームをしないと言っているんだけど、何するの? 奈乃と二人っきりで!


「羽崎さん、お姉ちゃんをよろしくお願いします」那由多はそう言って頭を下げた。

 え? 何をよろしくするの?


 緊張する俺に向かって微笑んで、那由多は退室した。


 奈乃は俺の肩にもたれたまま、気持ち良さそうに目を閉じていた。


 俺はしばらくは可愛い奈乃の顔を見下ろしていたが、ついに我慢できなくなって手をだす。

 だって猫耳気になる!


 空いている右手で奈乃の猫耳をさわる。なかなかさわり心地がいい。猫耳を触っているときにたまたま奈乃の頭に触れる。

「っん……」奈乃が吐息をつく。何か背徳的。

 俺はビックリして手を引っ込める。


「?……」奈乃が目を開けて俺を見上げてきた。「……やめるの?」

 やめないで、と聞こえた。


 猫耳フードの上から奈乃の頭を撫でる。

「んっ……」奈乃は気持ち良さそうに目をつむる。そして、俺に抱きついてきた。

 左手の上腕ごと抱きつかれた。動かせる前腕で奈乃の腰を抱き寄せる。

 右手は頭を撫でながら、たまに猫耳も触ってみる。

「みゅにゅ……」猫耳を触ると奈乃が可愛い声を出した。

 頭を撫でながらたまに耳を触ると、奈乃は、「んっ……」とか、「みゅ……」とか吐息をつく。


 これわざとだよな。危うく作り物の猫耳だという事を忘れそうになった。

 いや、忘れた事にして触りまくる。

 奈乃は、「ふにゅぅ……」とか「あぅぅ……」とか切ない吐息で俺を楽しませてくる。

 調子に乗ってた。


「羽崎ぃー」奈乃が俺を恨みがましい目で見上げた。

 俺は猫耳をなぶる手をとめた。

「頭も撫でてよ」


 あ、うん。ごめん。



 その後はずっと奈乃の頭を撫でていた。奈乃は気持ち良さそうに目を閉じている。

 やはり今日は疲れたのだろう。寝ているのかと思うほどにおとなしかった。


「羽崎ぃー、クッキーなんだけど」奈乃が目を閉じたまま話しかけてきた。

「うん」頭を撫でながら答える。

「来れなかった人に、月曜日に配ってあげて」

「ん……。柏木が自分で配れば?」

「……」奈乃は返事をしなかった。


 学校では男子の制服を着ている。男子の格好のときに渡すのは嫌なのだろうか?

 あいつら奈乃でも柏木でも、どちらからでももらったら喜ぶと思うんだけどな。


「うん、わかった」

 沢山クッキーを焼いたので、まだ沢山残っている。


「ねえ、羽崎ぃー」奈乃はいつもより甘えた声を出した。言いにくいような、媚を売るような甘えた声。

 何か言いにくい事なのだろうか?

「何?」

「クッキー二つ、友達にあげてもいい?」

「柏木が作ったんだから、柏木の好きにすればいいだろ?」

「ん……。羽崎にも手伝ってもらったから。羽崎が嫌がるならやめる」

 俺が嫌がるかも知れない相手?

 ん、心当たりあるな。


「誰?」

「……雪穂ちゃんと江島くん……」奈乃は言いにくそうに言った。

 俺に手伝ってもらったクッキーを渡すことを、後ろめたいと思ってるんだな。

「誰かわからない」大体想像はつく。

「C組の高瀬さん」

 やはり、あの美人で有名な人ね。いつの間にか柏木と知り合いになっていた。

「それと、E組のピアスしてる男の子」

 前に、昼休みに教室に来たやつか。


「男かよ」不機嫌な声になってしまった。

 奈乃がビクッとして、顔をあげた。不安そうに俺を見る。「……だめ?」


 だめに決まってんだろ!


 とは言えなかった。奈乃は俺の彼女でもないしな。

 ……彼女?


「いや、いいよ」そう答えるしかない。


「ん……」奈乃は安心したように、再び俺の肩に頭を置いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る