第9話 ピアス男子

 柏木奈乃は一人でショッピングセンターに来ていた。

 最近は高瀬雪穂ちゃんとお出掛けすることが増えたけど、最近までは一人で出掛けていた。たまに妹の那由多と出掛けるくらいだ。

 私のファッションを理解してくれるか不安だから。


 土曜日の昼下がり。今日は一人だ。


「お前、こないだの」

 本屋で男の人に声をかけられた。


 先日廊下で私を殴った男だった。


 体がびくっとするのがわかる。

 こわい。

 膝がガクガクする。口の中が渇く。


「あー、こないだは悪かったな」こわもてのピアス男子はいきなり謝ってきた。少しバツが悪そうにしている。


 彼はたて襟の革ジャンに、紺のジーンズ。白のスニーカー。背も高く体もがっちりしている。刈り込まれた髪の毛にピアスでは、どう見ても治安が悪い。


 そんな彼は、バツが悪そうにしていて、私と目を合わせようとしない。


 ?


 体の震えがおさまる。あまりこわくない?


「言い訳させてくれ。俺は弱いものいじめはしない。お前があんなに弱いとわかっていたら、殴ったりしてない」


 殴ることはあるのね?


「と言うか、お前弱いくせに何で喧嘩売ってきたんだよ?」

 え? 私が悪いの?


「……雪穂ちゃんをいじめた」

「いじめてねーし。告白していたって言っただろ」


「……無理やり付き合わそうとしていた」

「無理やりはしてねーって。 断られたら、すぐに引いた」


「?……、雪穂ちゃんは断ってなかった?」

「断られてねー。返事もらう前にお前に邪魔されたんだ」

「……?」


 どう言うことなの?


 ……、雪穂ちゃんは断ってない?


「……、雪穂ちゃん、こわくって返事できなかったんじゃないかな?」

「こわくないだろ!」大きい声。


 こわいよ!


 私は涙目になる。


 ピアス男子は私が泣きそうなのを見て慌てる。


「悪い。怒ってないから」そう言って困惑した表情。「お詫びに何かおごるから泣くな、な?」




 フードコートのアイスクリーム屋さんで、カップのアイスを買ってもらった。


 おいしい!


 涙目はいつの間にかおさまっていた。ピアス男子もあんまりこわくないみたい。

 彼は何も注文していないので、手持ちぶさたに私が食べるのを見ている。


 ?


 私はアイスクリームをスプーンにすくって、ピアス男子に差し出す。

「いや、欲しくて見てたんじゃねーから」

 私は首をちょこんとかしげて彼を見る。

 彼は仕方ないって感じで、スプーンに口をつけた。そしてイスの背もたれにふんぞり返るようにもたれてそっぽを向く。


 照れてる?

 何か可愛い。


「なあお前、名前何ていうんだ?」ピアス男子が聞いてくる。

 ? 私を知らないの?


「あ、俺は江島貴史。2Eだ」

 彼は私が返事をしなかったのは、自分が名乗っていないからと思ったらしい。


「柏木奈乃です。2B。私を知らないの?」

「え? お前有名人なのか?」

 え? 本当に知らないの?


「どうした?」

「……。どうして私だってわかったの? 服とか違うし」

「いや、みんな学校と外では服違うだろ」

「……」

「あ、女の格好していることか……」

 江島くんは私が口を閉じた理由を察したみたい。

「見たらわかるだろ?」

「……」

「どうした?」

「……私の噂とか前から聞いてたの?」

「いや、聞いてない。あんまし、他人の噂とか興味ないな」

「どうして初めて私の服装見たとき驚かなかったの?……気持ち悪いとか思わなかった?」

「思わないよ。いや、ビックリはしたけど、気持ち悪いとかは思わないな」

 江島くんは少し考えて言葉を選ぶ。


「人の趣味をとやかく言わないな。俺もこの格好、カッコいいと思ってんのにコワイとか言われるとムカつくしな。お前もその格好、可愛いと思ってやってんだろ? 気持ち悪いとか言われたらムカつくだろ? 」

「……うん」

「だから言わない」


 江島くんは私を当たり前のように受け入れられるんだ……。


「おい、泣くなよ! 何で泣くんだ。意味わかんねー!」


 え? 私、泣いてる?


 あ、泣いてた。

 悲しくないのに涙がでる。


「泣いてない」ハンカチで涙を拭く。

「泣いてるだろ。お前、意味わかんないよ」

「お前って、言わないで」

「……、わかったよ、柏木」


 江島くんの事、コワイって言わなくて良かった。




「江島くんはどうしてあれで、雪穂ちゃんがOKすると思ったの?」

 あれから、江島くんと普通に会話が弾んだ。最初はこわかったのに、もう全然こわくない。


「強引な方が惹かれるだろ?」

「えー、雪穂ちゃんには逆効果だよー」

「まあ、そういうやつもいるな」

「そっちの方が多いと思うけど?」

「柏木は、強引にされると流されるだろ?」

「流されないよ?」

「ふーん」江島くんは少し考える。


「俺、夜にイベントあるから遊びに行くんだけど、柏木もついてこい」

「え? あ、うん」


「……、ほら」

「?」

「マジか」

「何が?」

「いや、いい」




 江島貴史は柏木奈乃とフードコートにいた。

 柏木に買ってやったアイスはもうとっくに無くなっている。


「俺、夜にイベントあるから遊びに行くんだけど、柏木もついてこい」

 俺は冗談半分に言ってみる。

「え? あ、うん」

 本当に流されやすいな柏木は。苦笑して、

「ほら」と言う。

 柏木はキョトンとしている。

「マジか」柏木のチョロさに愕然とする。

「何が?」

「いや、いい」本当に気づいてないのか?




 イベント会場には電車で向かう。

「ホントにいいのか?」

「いいよ?」

 柏木は本気でついてくるらしい。


「柏木は強引にされると流されるか試しただけだ」と種明かししても、

「江島くんと遊ぶの楽しそうだから」と、流されたわけではないと主張した。



 電車のなかで、「やっぱ柏木、強引に扱われるの好きだろ?」ともう一度尋ねると、

「うん」

 あっさり認めた。


 柏木は既に家には帰りが遅くなると連絡を入れていた。

 仕方がないのでこのまま連れていくことにする。



「柏木、弱いんだから喧嘩売るのやめろよ?」

「売ってないよ?」

「あー、高瀬の事好きなのか?」

「?……雪穂ちゃんは女の子だよ?」


 ……、いや、そう言われてもわかんねーよ。


 とりあえずこいつは、友達が困ってたら勝てない相手にも喧嘩を売るようなやつ、と言うことでいいか。


 俺は見た目からこわがられる。ヤンキーと思われたりする。単なるファッションだ。中身までヤンキーだとか思われるのは心外だ。ファッションを理解できない奴らだ。

 これ、カッコいいだろ。


 だいたい進学校にヤンキーなんかいるわけないだろ!


 柏木奈乃は自分の好きなスタイルを貫く強さを持っている。

 友達のために喧嘩もできる。

 カッコいいな。


 見た目、女みたいだが……。


「柏木、お前今日から俺のダチな」

「うん」




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