第7話 Re:クラス会
羽崎正人は柏木奈乃の家のチャイムを鳴らした。
日曜日の昼前。今日はクラス会である。
玄関のドアが開く。「おはようございます、羽崎さん」妹の柏木那由多だった。
「おはよう、那由多ちゃん」
那由多は真剣な表情をしていた。
「羽崎さん。どうかお姉ちゃんをよろしくお願いします」そう言って、丁寧に頭を下げた。
「いやいや、大丈夫だから」俺は慌ててしまう。
那由多は、奈乃がプライベートの服でクラスの集まりに出席することが不安なんだろう。
奈乃の服装はちょっとだけ個性的だけど、うちのクラスのみんなは受け入れるだろう。むしろ好きすぎて奈乃を怖がらせてしまったぐらいだ。
「俺がお姉ちゃんについているから」そう言って那由多を安心させる。
大丈夫だよな、俺。
奈乃が玄関にやって来た。
「おはよー、羽崎ぃー」
「おはよう、柏木」
今日の奈乃も可愛かった。
ウエストを締めない黒の膝上ワンピース。白のレースのつけ襟。白の七分丈パンツ。シルバーの飾りのついた黒のローファー。
明るくてショートの髪に、赤い縁のメガネ。
メガネは知的というより可愛さ重視のデザイン。
「メガネ、可愛い」
「うん、ありがとう」少しはにかむ。
「伊達メガネだよな?」
「うん」
「行こうか」
「うん」
「じゃあ、行ってくるね」那由多に声をかける。
「行ってらっしゃい」心配そうな表情に笑顔をのせて返事をした。
良い妹だね。
奈乃は緊張した表情で俺の隣を歩く。
やはり前回の事を引きずっているのか。
俺は手を奈乃に差し出す。
奈乃はすぐに俺の手をとって安心したように微笑む。
奈乃は一転して嬉しそうに俺の隣を歩く。
俺は少し恥ずかしくって、奈乃の方を向けない。
俺、頑張った。自然に手をつなげるとか、すごいね。
待ち合わせ場所に着く。
みんなは時間前に集合していた。
奈乃は一旦立ち止まり、深呼吸した。
「大丈夫?」
「うん」奈乃はぎゅっと俺の手を強く握ってから、手を離した。そして一人で歩き出す。
俺は奈乃の後ろをついていく。
奈乃に気づいたクラスメイトたちは急に静かになる。
いや、お前ら不自然すぎだろ。緊張するわ!
奈乃がみんなのところにたどり着く。俺はその後ろで、奈乃を見守る。
奈乃の足が震えてるのがわかる。
委員長が奈乃の前にやって来た。最初に声をかけるのは委員長と取り決めていた。
「奈乃ちゃん、可愛いー!」委員長は奈乃の手をとる。
「ふぇっ!?」奈乃が驚いて変な声を上げる。
「これは天使か? いや天使に違いない。待ってたよ奈乃ちゃん。奈乃ちゃんのいないクラス会なんてバカバカしすぎる。労力のムダもいいとこだ。やっと僕の苦労が報われたよ。この日のために、この時のために、僕は委員長をやっていたと言っても過言ではない。前回のクラス会でこのバカ者どもが奈乃ちゃんを怖がらせたとき、僕がその場にいなかったのは失態だった。痛恨の極みだ!あの時この僕が店に入ってさえいなければ、奈乃ちゃんをこわがらせる事なんか無かったのに。あの日奈乃ちゃんが泣きながら立ち去るのを見送るしかできなかった時、僕の心がどれだけ悲鳴を上げていたことか。もっと早く、あとわずかでも早く気がついてさえ入れば……」
「うるさい!!」近くにいた女子が委員長の頭をはたいた。
「ごめんね、奈乃ちゃん。こわがらないで」その女子は委員長の手から奈乃の手を奪い取る。
あ、うん。あの時委員長が店に入っていなくても同じ結果だったわ。
「あー、何だ」委員長が叩かれた頭を撫でながら口を開く。冷静さを取り戻したようだ。
「奈乃ちゃん、僕たちは君を歓迎する。来てくれて嬉しいよ」
カラオケ屋さんのパーティーができる広さの部屋。クラス全員、何故か担任まで参加している。欠席無しとは、みんな奈乃が好きすぎだろ。
奈乃は数人の女子と話をしている。クラスのルールは守られていて、多人数で囲むようなことはしていない。話をしているメンバーも頻繁に交代している。
「羽崎ぃー」奈乃が俺を呼ぶ。
少しはなれた席で奈乃を見守っていた俺はすぐに奈乃の元に。
「どうした?」
「ジュース取りに行く」空のグラスを持っている。
俺が手を差し出すとその手をとって立ち上がる。俺は奈乃の手を引いて部屋から連れ出した。
奈乃のしたいようにさせる。というルールは守られているので誰も何も言わない。
「大丈夫か? 疲れてない?」ドリンクバーのサーバーの前で奈乃に尋ねる。
「うん。みんな優しくしてくれるから」奈乃は嬉しそうに言った。
「そう」
部屋に戻ると、今度は違う男子数人が奈乃と話をする。奈乃は楽しそうだった。
カラオケの方は滞りなく盛り上がっている。人数が多いため2、3人で一緒に歌って回している。
俺は歌わずに奈乃を見ている。
奈乃もまだ歌っていない。話をするのに忙しいからムリか。
奈乃と話をする順番待ちの間に歌を歌っている感じだ。
「羽崎ぃー」また奈乃が俺を呼ぶ。
「どうした?」
「おトイレ」
俺は奈乃の手を引いて部屋から連れ出した。
多目的トイレの前で奈乃を待つ。委員長は多目的トイレの有無まで調べていたらしい。
奈乃がトイレから出てくる。
「大丈夫か? 疲れてない?」
「うん。みんなちやほやしてくれて気持ちいい」奈乃は嬉しそうに言った。
「そう」
なんかムカついてきた。
「羽崎、怒ってる?」奈乃が不安そうな顔で上目遣いに尋ねてくる。
あざと可愛すぎてムカつく。
奈乃の手をつかんで引き寄せ、抱きしめる。
「みぎゅっ」可愛い声が出た。
店の中なのですぐに離す。
「えっ?……もういいの?」奈乃は不安そう。
俺が機嫌悪いから、すぐに離したと思っているのだろうか?
自意識過剰かな、俺?
「続きは終わってからな」
「あ、うん」
うん、かよ! いいんだ?
奈乃がカラオケのステージに立つ。女の子二人に挟まれて3人で。
俺はソファーに座って奈乃を見ている。
めいめい話をしていたみんなが一斉にステージに注目する。
みんなに注目されていることに気づいたステージ上の奈乃が動揺するのがわかる。
一緒にステージに上がった女の子二人が奈乃に話しかける。奈乃は少し落ち着きを取り戻す。
奈乃の歌は良かった。
語彙が無くなるくらい良かった。
女子並みの透き通った声質と高音、男子並みの声量と低音。
「カウンターテナーか」俺の隣で委員長が呟いた。
「知っているのか? 委員長」
「裏声で女性パートを歌うことだよ」そして「これ、練習してるね」と続けた。
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