第3話 緊急ホームルーム

 羽崎正人は柏木奈乃の友達である。

 1年のときに同じクラスになった。そのときから仲良くなった。

 ただ柏木とは休日に一緒に遊んだことはない。忙しいんだなと思っていた。


 2年になってすぐ、積極的な我がB組の委員長が休日のクラス会を開催した。

 ほとんどのクラスメイトが参加した。

 柏木奈乃も参加した。女の子の格好をして。


 女の子が緊張した表情で集合場所にやって来た。

 俺は、その女の子が柏木だとすぐに気付いた。


 似合ってるな。そう思った。

 柏木と目が合う。

 俺は右手を上げ挨拶する。

 柏木はほっとした顔をして微笑んだ。そして俺の方に来ようとした。


「え? 柏木?」誰かが柏木に気付いた。

 柏子は立ち止まり、声の方を向く。

 あっという間にクラスメイトたちに囲まれた。

「柏木? 何その格好!?」

「女装?! 柏木そう言う趣味なの?」

「え? 可愛い?」

「これって男の娘って言うんでしょ? 初めて見た!」

「いや、マジで可愛い? え?」


 このときの不幸は俺が柏木が来た方向と反対側にいたため、すぐに柏木に近づけなかったこと。

 委員長が手続きのため、店に入っていた事。委員長がいたらすぐに収拾されたと思う。


 俺が人垣をかき分けて柏木の元にたどり着くまで、柏木はクラスメイトたちに何重にも囲まれて質問責めにあっていた。


 俺が柏木の元にたどり着くと、「羽崎ぃー……」とすがるように俺を呼んで、こらえきれずに涙を流した。よほど怖かったのだろう。

 俺は柏木の涙に驚いて、どうしたらよいかわからなくなった。

 俺は柏木の涙に戸惑ってしまっただけだ。

 だが柏木はそうは受け取らなかった。


 柏木は傷ついた表情を浮かべ下を向いた。


「……帰る……」


 俺も、みんなも、間違いに気付いたときには遅すぎた。




「これよりB組、緊急ホームルームを始める」

 教壇に立つ知的なメガネを掛けた男子生徒、委員長が宣言した。

 担任は教室前、窓際にイスを置いて座っている。

 柏木以外の全員が参加していた。


 本当のホームルームが終わってから、柏木以外が教室に戻ってきた。

 柏木に隠れての緊急ホームルームだった。


「先日のクラス会で俺達は過ちを犯した。俺達のクラスメート、柏木奈乃を傷つけてしまった」

 教室に悲壮感が漂う。


「もちろん俺はみんなに悪気は無かった事を知っている。みんなは単に驚いて、そして柏木の可愛さに舞い上がってしまっただけだ」


 そこで委員長は教室を見渡す。


「しかし、悪気が無かったからと言って、柏木を傷つけた事が許される訳ではない。俺達なら女の子としての柏木。……わかりにくいので、男の格好しているときを柏木、女の子の格好をしているときを奈乃ちゃんと呼ぶ。

 俺達なら女の子の奈乃ちゃんを受け入れてくれると信じてやって来たのに、俺達は裏切り傷つけたのだ。

 幸いにも教室での柏木は、いつも通りに振る舞っている。だがあの可愛い奈乃ちゃんは隠れてしまった。あの後のクラス会の誘いに、柏木も奈乃ちゃんも参加を拒否している」


 実際には柏木奈乃が不参加の時点でクラス会は中止になり、あれから一度も開催されていない。


「俺はもう一度、あの可愛い奈乃ちゃんに会いたい。みんなも同じ気持ちだと思う」


 みんなも担任も強くうなずく。


「二度と奈乃ちゃんを怖がらせ傷つける事が無いように、クラスのルールを決めたい。


 柏木と奈乃ちゃんを、それぞれ別の人格として扱うこと。柏木は名前で呼ばれることを嫌っている。だから柏木のときには名字で呼ぶこと。逆に奈乃ちゃんのときは名前で呼び、区別すること。

 奈乃ちゃんを女性と扱うこと。女装や男性としての柏木を話題にしないこと。


 そして、奈乃ちゃんを怖がらせないこと。

 みんなで囲まない。具体的に3人まで。4人以上で奈乃ちゃんに近づくことを禁止する。


 わかっている。みんなが奈乃ちゃんと話をしたいことは承知している。


 だから、奈乃ちゃんを独占することを禁止する。おおむね3分だ。3分経ったら不自然にならないように交代する。

 ただし、奈乃ちゃんが望むなら、すべて奈乃ちゃんのやりたいようにしてもらう。


 これがクラス会の新しいルールだ。異存は無いな?」


 みんな異議を唱えない。


「次に、これが重要なのだが、謝罪し許してもらい、そしてクラス会に参加してもらう事。クラス会に参加してもらわないことにはすべて無意味だ。


 だが、みんなで謝罪することはしない。数は暴力だ。みんなで押し掛けて、奈乃ちゃんを怖がらせることは二度としない。


 だから代表を立てる」


「委員長に任せる」一人の男子が発言する。


 委員長なら間違いはない。


「ありがとう。ではすべて俺に任せて欲しい」


 委員長が俺を見る。

 何だろう?


「クラスの代表に羽崎正人を指名する。柏木と仲が良いのが理由だ。きっと奈乃ちゃんも羽崎の話なら聞いてくれるはずだ」




 こうして俺は、放課後に柏木奈乃の家を訪れる事になった。家は知っていたが訪れるのは初めてだ。


「何しに来たの? 羽崎……」玄関を開けた柏木奈乃は、不安気に俺を見ていた。

 家では女の子の格好をしているようだ。


 あまりの可愛さに、俺は言葉を失った。


 膝上まである長い丈のだぼだぼのパーカーは白地に黒猫の絵がプリントされていて、頭にかぶったフードには猫耳がついていた。下は七分丈の小さな柄の入った茶色のステテコのような柔らかめの生地のパンツ。


 猫耳とか反則だろ!


 見とれてしまっている俺に、奈乃は怖がってドアを閉めようとした。


「待って、柏木!」慌てて閉められないようにドアを手で押さえる。

 奈乃は涙目でビクッとする。


 怖がらせてどうすんだよ、俺!


「柏木、話を聞いてくれ!」

 俺はクラスの期待を背負ってここにいる。簡単には引けない。


「柏木! お前可愛すぎ! 抱きしめていいか!?」

 クラスの期待なんか知ったことか! 抜け駆け? うるせー、俺が一番、奈乃とつきあい長いんだよ!


 奈乃はびっくりして、ドアを閉めようとしていた手を止める。

 それから顔を赤らめ戸惑ってうつむく。


「うん」


 いいのかよ!



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