第2話 奈乃ちゃんとのデート

 柏木奈乃は高瀬雪穂から目が離せない。


 雪穂ちゃんはカフェオレのカップを優雅に口に運ぶ。

 何てカッコいいんだろう。


 雪穂ちゃんは学校でも有名な美人さんだ。女の子の中では学校で一番可愛いって評判。

 モデルのようなスラッと高い身長。整ったキリッとした顔立ち。そのりりしくも美しい顔立ちに合わせた、短く目に整えられた艶やかな髪。

 ファッションも素晴らしい。自分にあったコーデをよく理解している。


 短めの黒のスラックスに、白に少し黒の柄が入ったV字首の大きめのセーター。靴もヒールのない革。

 カッコ良さに寄せている。


 何よりも自分の好きなスタイルに忠実なハートに憧れる。雪穂ちゃんならコケティッシュなファッションも思いのままだろうに。



 先週の日曜日に雑貨屋さんで会ったときに、雪穂ちゃんに声をかけてもらった。実際には学校の有名人にばったりあったことで、つい私が名前を口に出してしまったのが切っ掛けだけど。


 次の日の朝、雪穂ちゃんが教室まで訪ねてきてくれた。何か様子がおかしかった。

 私が学校にいるときは、いつもとはちょっとだけ雰囲気が違うことが原因だろうか? 不安になった。

 また、奇妙なものを見る目で見られるのだろうか?


 その日の夜に雪穂ちゃんからメールがきた。

 調子が悪くてちゃんと話できなくてごめん。といったことが延々と書かれていた。

 どんだけ必死なんだか、と笑ってしまった。

 そして、この週末にも遊びに行こうと誘われた。


 雪穂ちゃんって、私の事好きすぎない?

 嬉しくてすぐにOKの返事をした。ちょっとは焦らした方が良かったかな?


 私の目の前で優雅にたたずむ雪穂ちゃんを眺めながら、幸せな気分になっていた。


 何でこんなにカッコいいのかしら。




 高瀬雪穂は柏木奈乃の視線にドキマギしていた。


 どうして奈乃ちゃん、そんなに私の事見つめてるの?

 奈乃ちゃんって、私の事好きすぎない?


 緊張してカップを持つ手が震えそうになる。無理に震えを抑えてカフェオレを口に運ぶ。

 可愛い女の子の前で、みっともないところは見せられない。


 今日も奈乃ちゃんは天使のような可愛さだった。


 白のワンピース。ヒラヒラがたくさんついて可愛らしい。腰の後ろで大きく結んだヒモも可愛い。


 ワンピースには首が隠れるレースのつけ襟。黒のレギンス。可愛い白のスニーカー。

 髪の毛はセミロングで頭に目立つ大きさの白のリボン。


 とにかく可愛いとしか言い様がない。


 学校で会ったときと髪の毛の長さが違うなとか、レギンスは絶対なんだとか、首が隠れるつけ襟だとか、色々と頑張ってるところは見れるけど、そんな無粋な事は言わない。


 だって、可愛いんだもの!


 月曜日の私は最悪だった。学校で奈乃ちゃんに会ったとき、ちょっと雰囲気が違ったので動揺してしまった。

 その日の授業も、友達の会話も何も頭に入らないほど動揺していた。


 家に帰ってから死ぬほど後悔した。

 奈乃ちゃんを傷つけてしまったかも。


 私は慌てて謝罪のメールを送った。ついでに次のデートのお誘いも付け加えた。

 デートのお誘いがメインだったのだけどね。


 冷静さを取り戻した私は次の日に、友達に奈乃ちゃんの事を訊いてみた。

「B組の柏木さんって、一時期話題になってたよね? どんな話だったの?」

「え? 知らないの? えっとね、休みの日にクラス会で集まったとき、柏木くん、女装してたらしいよ」と友達の志歩は言った。


 奈乃ちゃんの噂って女装の事だったのか。

 あの時奈乃ちゃんは、自分が女装している男子だとわかって誘っているのかと確認したんだね。



 今も可愛い奈乃ちゃんは、紅茶に手をつけずに、ずっと私を見ている。


「あの、奈乃ちゃん?」

「はい」

「あんまり見られると恥ずかしいのだけど……」

「あっ、ご、ごめんなさい」急に顔を赤らめて下を向いてしまった。

 ずっと見ていたことを自覚していなかったのだろうか?


 何、この可愛い生き物?



 コーヒースタンドを出た後、巨体ショッピングセンターの中でウィンドショッピングをする。移動手段のない地方都市の高校生って、ショッピングセンター位しか遊びに行くところ無いよね。


「奈乃ちゃんは兄弟いるの?」

「はい、妹がいます」


 中学3年生の妹がいるらしい。

 姉妹……、これは妄想が捗る。

 いえ、ダメダメ。

 こんな無垢で清らかな奈乃ちゃんで妄想するなんていけないわ。


「雪穂ちゃん?」

「え?」

「どうかしたの?」

「ううん、何でもないわよ?」


 ちなみに私に兄弟はいない。

 奈乃ちゃん、私の妹になってくれないかな?


 ゲームコーナーの前を通りかかる。

「あ、可愛い!」奈乃ちゃんがクレーンゲームの前で立ち止まる。キャラのぬいぐるみだ。

 へー、奈乃ちゃんこういうぬいぐるみが好きなんだ。


「とってあげる」私は財布を取り出す。

「とれるの?」

「任せて」

 私は筐体を前から、横から、確認する。成る程。

 1クレを投入する。


 ……。どうやったらとれるの?


 途中、奈乃ちゃんに場所取りをしてもらって両替に行く。1000円を越えようかというところで奈乃ちゃんが私の実力に気づく。


「雪穂ちゃん、もういいよ」

「大丈夫だから。もうとれるから」


 もう1クレ。


「雪穂ちゃん、もう諦めよ?」

「次でとれるような気がする」


 もう1クレ。


「雪穂ちゃん、ごめんなさい。私が悪かったから」奈乃ちゃんが涙目になってきた。

「把握した。次でとる」


 店員さんがやって来た。

 筐体を開けて、さわるだけでとれそうな場所にぬいぐるみを移動させる。


「やった、とれた!」私はついに成し遂げた。


 店員さんがほっとした顔をしている。

 奈乃ちゃんが店員さんに頭を下げてお礼を言っていた。


「はい、奈乃ちゃん。プレゼント」

「ありがとう」奈乃ちゃんが涙目でお礼を言った。

 泣くほど嬉しかったみたい。

「もう、クレーンゲームはやめてね」ぬいぐるみを胸に抱いた奈乃ちゃんに可愛くお願いされてしまった。


 夕方、奈乃ちゃんを家まで送っていく。

 彼女はぬいぐるみの入ったゲームセンターの袋を抱いてトコトコと歩いている。

 身長は彼女の方が少し小さい。見下ろしながら、隣を歩く。


 奈乃ちゃんは何て可愛いの。このまま持ち帰っても良いかしら?


 奈乃ちゃんは私がお持ち帰りするか否かに悩んでいることも知らずに、私を見て微笑みかける。

「今日はありがとうございます、雪穂ちゃん」

 もう、彼女の家に着いてしまったらしい。

「楽しかった? 奈乃ちゃん」

「はい、とても楽しかったです」

「そう。良かった。来週も誘っていい?」

「はい。誘ってください」

 よし、来週もデートだ。


「またね」そう言って奈乃ちゃんは胸の前で小さく手をふった。


 たった一週間が待てない。



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