可愛い女の子をナンパしたら女装した男の子だったけど、特に問題は無いよね。だって私は女の子だから。
地下1階
第1話 奈乃ちゃんとの出会い
高瀬雪穂は目が離せなくなった。
巨大なショッピングセンターの雑貨屋さん。
陳列台の向かう側で、アクセサリーを物色している女の子。
何て可愛いの!?
例えるなら小動物。ネコ? いや、もっと小さくて愛らしい動物。リスとかハムスター?
私が見とれていると、その女の子は視線に気づいたのか、ふと顔を上げる。
陳列台の反対側、幅1メートル程離れたところで、彼女をガン見していた私と目が合う。
しまった。見すぎた。
慌てて視線を下げ、アクセサリーを見ているふりをする。
「あ、高瀬」その女の子が呟いた。
え? 私の事知ってるの?
驚いて顔を上げる。
ポカンとしている女の子と目があった。
ほんの少し見つめあう。女の子は、はっとしたように意識を取り戻すと、急に顔を赤らめて視線を泳がせオドオドしだす。
「ごめんなさい、高瀬さん」
どうやら、とっさに私を呼び捨てにしたことを謝っているらしい。
「いえ、えっと……」
返事をしたものの、その後の言葉が出てこない。
彼女は私の事を知っているらしいけど、私は彼女の事を思い出せない。
「あ、私、B組の柏木です」彼女はそう名乗った。
どうやら同じ高校の2年生らしい。私はC組だから隣のクラス。
「あの、私の事、知ってますか?」彼女は不安そうに訊いてきた。
思い出せない。そもそもクラスが違うから初めから知らないのだろうか?
でも、隣のクラスの柏木、何か聞いたことある。何かの話題になっていた? 会ったことあるのに私が忘れているだけ?
「ええ、……」とっさに嘘をついてしまった。
いや、名前だけは聞いたことあるのだから、全く知らないわけでもないか。
彼女が私を知っているのに、私が知らないと答えるのは気が引けた。
だって、柏木さん、可愛いのだもの!
ここから話を繋げたい。
私が彼女の事を思い出せていないとバレないようにしないと。
「柏木さん、一人?」
「あ、はい。一人です」
「何買うの?」
彼女が一人であるとわかったので、積極的に絡みにいく。とりあえず、陳列台を回って彼女の隣に並ぶ。
「いえ、何買うかは決めてなくて、可愛いアクセサリーや小物を見ていただけです」私が隣に行くと、彼女は恥ずかしそうに下を向いてモジモジしている。
何て可愛い生き物なの?
「私も一人だから、一緒に見ていい?」名前だけ知っている人から、お友だちにランクアップしたい。
「え? あ、うん」彼女は驚いて私を見て返事をしてから、また下を向いてしまった。
柏木と名乗ったこの可愛い女の子は小柄だった。白基調で原色をあしらったストリート系のジャンパー。前のファスナーを首元まできっちりと閉めている。デニムの色落ちした膝上丈のスカート。黒のレギンス。白のスニーカー。赤基調のベースボールキャップをつばを後ろに回して被っている。髪は後ろで束ねてピンクのシュシュをつけている。
全体でストリート系のビビッドな感じでまとめている。春の終りしては少し厚着か。
可愛い。
大きめのジャンパーで体型はよくわからないが、痩せていて胸もお尻も小さくて子供っぽい。小柄な印象だったが、隣に並ぶと平均的な身長はあった。
ま、私が大きいだけなんだけどね。
普通の男子と大して変わらない身長。体脂肪は少なめなのに、身長があるため体重は人より重くなってしまう。髪の毛も女子にしては短くしている。似合ている髪型を模索したらそうなった。
モデルみたいでカッコいいと友達に言われる。
今日も茶系のフォーマル系パンツに無地のTシャツ。パンツと同系色のパーカーと、カッコいい系を目指してみた。
「柏木さんと二人で話すのは初めて、……だったかな?」彼女の表情をうかがいながら、慎重に尋ねる。
「? 話したことないですよね?」名前だけ知っていたらしい。
「私の名前、よく知ってたね?」
「高瀬さん、美人でカッコよくって、みんな知ってますよ?」
キラキラした、憧れの人を見るような目をされた。
いやいや、柏木さんの方が眩しいよ。
柏木さんも噂になるくらい有名なのかな?
柏木さん自身も自分が有名人だって認識してるものね。
きっと可愛い子で有名なのよね?
だって、こんなに可愛いもの!
「初めまして、ね。ちゃんと自己紹介するね。高瀬雪穂です。冬に降る雪に稲穂の穂ね」
もちろん名前を教えて欲しいから自己紹介した。
「えっと。私は柏木奈乃です。奈良県の奈に乃木坂の乃です」
「奈乃ちゃん。可愛い名前ね」
「お父さんが技術系なので、単位からつけられました。センチ、ミリ、マイクロ、ナノです」
「そのナノなんだ。可愛くていいね」
「ナノだけに?」
「ナノだけに!」
二人で笑った。可愛い上に楽しいなんて、何て素敵なの、奈乃ちゃん!
「今ならピコちゃんもいるかもしれませんね」
「ナノより小さいとピコになるんだ?」
「はい」
「ピコちゃんも可愛い」
「あはは」
いいえ、奈乃ちゃんの笑顔には負けるわね。
「奈乃ちゃん、私の事も雪穂って呼んでくれる?」
「はい、雪穂ちゃん、でいいですか?」
「ええ」
名前話題のお陰で、すんなりと名前呼びができた。
二人でアクセサリーを見て回った。
「これ奈乃ちゃんに似合いそう」女の子にらしい可愛いリボン。
「似合うかなー」
「奈乃ちゃん女の子らしくて可愛いから、こういう可愛いのが似合うと思うな」
奈乃ちゃんはびっくりしたように瞬いた。
「私って女の子らしい?」
「とっても可愛い!」
「……そうかな」恥ずかしそうにうつむく。
何か自己評価低いのかな?
こんなに可愛いのに!
「奈乃ちゃんはとっても可愛い女の子よ。自信もって!」
彼女は私をしばらく見る。
嘘じゃないよ、という風に、笑い返す。
彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「ありがとう」と言った。
可愛いー!!
いくつか奈乃ちゃんに似合いそうな小物を見繕った。結局買わなかったけど。
それから、フードコートでお茶をした。
ドーナツを両手で持って、ちょっとずつかじる姿は、本当に愛らしかった。小動物みたいで。
「奈乃ちゃん、また遊びたいのだけど。連絡先教えてくれる?」
奈乃ちゃんは、すぐに返事をしない。少し悩んでいるようだった。
え? ここで断られるの? 仲良くなれたと思ったのに!
「雪穂ちゃんは、私の事知ってて、誘ってくれるのですよね?」
彼女は不安そうに、上目使いに私を見る。
うん、守って上げたい!
「ええ、そうよ」反射的に答えた。
あれ? 今のまずかった?
奈乃ちゃんが、学校で可愛いと評判なこと以外に何かあるの?
そういえば、私は名前しか知らなかった。噂の内容を覚えていない。そもそも聞いてすらいないのかも知れない。
「嬉しい」彼女はそう言って、泣きそうな顔で笑った。
何か取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだろうか……。
それでも連絡先は交換したのだけどね。
だって、奈乃ちゃんとまた遊びたいから。
月曜日の学校。
私は朝からそわそわしていた。
だって、あんな可愛い子が隣のクラスにいるなんて知らなかったのだもの。
でも、何で今まで気づかなかったのかしら?
あんな可愛い子とすれ違ったら、速攻でお友だちになっていたはずなのに?
朝のホームルームが始まる前にB組の教室に行く。
中を覗いたけど、奈乃ちゃんらしい子はいない。まだ来てないのかな?
入り口近くの女の子に、「柏木さん、まだ来てませんか?」と尋ねた。
その女の子は教室の中を確認して、「奈乃、お客さん!」と呼んだ。
あれ? 奈乃ちゃん、いたんだ? 見落とした?
でも奈乃ちゃんらしい子は来ない。どこにいるの?
近くを通りかかった男の子が、先程の女の子に、「名前で呼ぶなよ」と文句を言っていた。
「いいじゃん、可愛いんだから」
「可愛い言うな」
奈乃ちゃんまだかな?
「昨日はお疲れ、高瀬さん」と男の子が私を見て言った。
「?」
「どうかした? 大丈夫か?」
「イエ、ダイジョブデス……」
どういうことなの?!
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