終わった世界

世界が終わった。


今の世界を簡単にいえば、一時期流行ったゾンビパニックとかいう状況だろう。

そういう環境で生き残る知識や技術があれば楽しめるのかもしれないが、ただの中学二年生の俺に出来るのはコンビニやスーパーから拝借した食材を使って助けを待つことくらいだ。それだって、最初の頃に占領されて分けてもらえなかったり、既にほとんど残ってなかったりで、二人があと一週間生きていけるかも怪しい量しか残っていない。


世界が終わってから十日間も生きてこれただけでも奇跡みたいなものだ。


うちの親が隣の家を真似てソーラーパネルや貯水タンクといった光熱費を浮かすための努力があったおかげで、オール電化のうちの中では今までとそこまで変わらない生活を送れている。といっても、どれかが故障した時点で終わる綱渡りみたいなものだけど。


世界が終わった日のことは今でも覚えている。


突然の大きな衝突音。

二階の部屋の窓から見える、壁にめり込む車と所々で立ちのぼっている煙。

異常事態に驚いて両親のもとに行くと、なぜかリビングの床で寝ていて、揺すっても起きない両親。

救急車を呼ぼうとしてもコール音すらならない電話。


それならばと近くの病院の先生を呼ぶために外に出て、大通りまで来たところで目に移ったのはさらに悲惨な状況だった。


衝突しあってフロントガラスを赤く染めた車。

路上で寝ている人や肉片。

クラクションが鳴り響いても野次馬1人いない大通り。


ここまでくれば病院に行くまでもなくわかる。

きっとみんな死んでいるんだと。


なんで俺だけ生きているのかはわからない。だけど、助かってよかったなんて思えない。このままじゃ自殺か餓死しか選択肢がなくなることは子どもの俺でもわかる。だからといってどうすればいいかなんて中学生の俺にわかるはずがない。


「そうだ。お父さんとお母さんを埋めてあげなきゃ」


現実味のない言葉が口から漏れた。


あまりに異常なことが起きているからか、驚きや恐怖といった感情が許容量を超えたのか、とりあえず両親を埋めてあげなきゃいけないということ以外を何も考えることができなくなり、家に向かって足を動かした。


「生存者発見!」


前を見て歩いていたのに、頭の中が真っ白だったからか、声をかけられるまで気づかなかった。


声をかけられて意識を向けると、目の前には救助隊ではなく、幼馴染がいた。

俺がずっと片思いをしている隣に住む同い年の女の子だ。彼女が生きていることが嬉しかったのか、それともただ単に俺以外に生きている人がいたことが嬉しかっただけなのか、自分の顔が緩んだ。


「凄い音がしたから出てきたんだけど、今回の妄想は世紀末みたい……違った。あそこにゾンビがいるからゾンビパニックだね」


彼女は去年から病気を患っている。病名は忘れたけど、不治の病らしい。


妄想と現実が区別できなくなっていく病気。最終的には脳の一部が溶けて、生命活動を維持できなくなるとかなんとか。ようするに死んでしまうらしい。


そんな彼女は授業中に発症してしまい、知らない男に襲われていると勘違いして、いきなり泣き叫んだ。

そのあと彼女が落ち着いてから病院に行ったことで、珍しい病気であることがわかり、周りも仕方がないと励まして、いつもの日常に戻……れる訳がない。

度々発症する彼女の異常な行動や発言に周りが嫌気を差すのにたいして時間はかからず、彼女は孤立した。

もともと友だちが多かった彼女はその状況に耐えられなくなり、一時期不登校となった。


今はなんとか俺と一緒に保健室登校をしている。

彼女には悪いと思いながらも、俺は彼女を独り占め出来ることに喜びを感じていた。

彼女の病気くらいは気にならない程に。


そんな状況ですら俺はまだ告白すら出来ていない。告白したせいで今の関係が終わってしまうのが怖いから。


「武器は何がいいかな?」


俺が返答せずに彼女を見ていたら、彼女は笑顔で近づいてきた。


彼女はいつからか常に笑顔でいるようになった。


彼女がいうにはどうせ治らないし、どうしようもないなら、せめて楽しむべきだと思ったからとのことだが、きっと彼女なりの処世術なんだろう。

両親はほとんど家にいないし、今までの友人は離れていった。だけど病気のせいで一人で生きていくには困ることが多い。だから最後に残った俺が離れることを恐れて明るく接しているのだろう。

本当ならそんな心配はいらないと安心させてあげるべきなのかもしれないけれど、そんな一生懸命によく見せようと頑張っている彼女が可愛らしくて、気づかないふりを続けている。そんな俺はきっと心が歪んでいるのだろう。


今だって、彼女の笑顔を見たら世界が終わったことなんてどうでもよくなった。両親が死んでいるのかもしれないことすらも。


彼女がこの終わった世界を妄想だというのなら、俺は彼女が日常を送れるように残りの命を消化しよう。心が歪む程に愛している彼女のために。


「どんなゾンビかにもよるね。動きが遅いゾンビなら金属バットで十分だろうけど、スーパーゾンビなら銃が必須かな」


彼女に答えながら、俺は彼女の視線の先へと振り向いた。そして、そこには本当にゾンビのような動きをした人間がいた。


「今のところは動きがゆっくりだから、金属バットでいこう!はい。これ使っていいよ」


彼女のいうように、その人間はゾンビのようにゆっくりと動いている。特にこっちに向かってきているわけではないけど、気づかれないうちに逃げたほうがいいだろう。とりあえず、彼女が差し出す手から、彼女の脳内にしか存在しない金属バットを受取りながら提案することにした。


「今日はもう遅いから、探索は明日学校が終わってからにしよう」


「ん~……そうだね。もう夜だしね。お巡りさんに怒られちゃうか」


俺はよく彼女の妄想に付き合うからか、彼女は今回も俺が付き合っているだけだと勘違いしてくれたようだ。おかげでこの現実を妄想だと思ってくれているようで助かった。さすがに人をいきなり攻撃するわけにはいかないし、もし本当にゾンビだとしたら武器もなしに近づきたくなんてないからね。


「じゃあ帰ろうか」


「うん」


そうして家に帰った俺は両親が冷たくなっているのを確認し、案外すんなりと現実を受け入れられた。


これが終わった世界での生活の始まりだった。


そんな絶望するべき状況でも、彼女の残り少ない時間くらいはできるだけ幸せに過ごしてほしいと思う。たとえそれが偽りでも。


だから、こんな終わった世界のことなんて、君は知らなくていい。

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