君は知らなくていい

葉月二三

プロローグ

想像と現実の区別がつかなくなる。

それが私が中学一年生の時に発症した病気だ。初めは想像したものがうっすらと目の前に現れるだけで、意識すれば現実との区別をつけることが出来るらしい。だけど、授業中に急に目の前に包丁を持つ男が現れたら、そんな些細なことに気づくわけがない。そもそも自身が病気を患っていることを知らなかったのだから、いきなりそんな状況になったらパニックになるのはおかしくないと思う。だから、あのときにもっと冷静に対処できていたらなんて後悔はない。後悔はないけれど、その出来事で私が脳の病気を患っていることが周知され、ほとんどの友だちを失った事実が変わることはなく、死ぬまで心の傷として残るのだろう。せめてもの救いはそのショックにより症状の段階が一気に進み、余命が短くなったことだろうか。おかげで悲しむ期間が短くて済む。


私の病気は徐々に現実を正しく認識できなくなって、最終的に脳が死ぬらしい。治療法はまだないらしいけど、死ぬまでに痛みを伴わないだけマシな病気だ。病院で寝たきり生活を送れば延命出来るし、治療法を見つけるための貢献にもなるといわれたけれど。私は断った。


ほとんどの友だちだった人から気味悪がられて厄介者扱いをされているから、きっと彼がいなければ、居場所のなくなった私は二つ返事で実験動物になっていただろう。だけど、こんな私にも変わらず接してくれた大好きな幼馴染がいたから、私は私が二度と適合できないこの世界で死ぬまで生きたいと思ってしまった。


それが短い間だろうと確実に迷惑をかけることはわかっている。


彼にとってのメリットなんて何もないのに、私のために人気者の彼がいろいろとしてくれる。そして私は申し訳なさそうな振りをしてお礼をいう。


彼に見捨てられないように常に元気で可愛らしく、そして健気な少女を演じる。そうやって彼を独り占めしようとする醜い女が本当の私だ。


きっとこんな私の内面を知ったら彼も私から離れていくだろう。


「だから君は知らなくていい」

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