年末うどん事変

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うどんと卵と冷凍小ねぎ

 2021年12月26日21時半。

 仕事納めはまだ来ないが、クリスマス商戦も終わりようやく一息つけた日曜日のことだった。明日の仕事に備え準備を終わらせ、遅めの夕食をとろうとしていた。

 うどんは胃にやさしい。

 社畜の荒れ気味の胃をそっと満たしてくれる。そのうえ最近はレンジですぐできるので、めんつゆと冷凍の小ねぎ、それに卵もあればじゅうぶんな一食だ。

 湯を沸かし、沸くタイミングにあわせてうどんをレンジに入れる。レンジ調理は2分もかからない。凄い時代だ。器にめんつゆを入れ、先に卵を落としておく。ねぎも面倒がってこの段階で投入した。

 レンジから愉快な音がなった。うどんが待っている。私はレンジから袋を取り出し、器にするりと移した。袋から滑り出すうどんは勢いがあっていつも緊張感がある。

 無事に器におさまった素敵食材たちに、ついに熱湯をぶちまける時がきた。冷凍小ねぎのせいで熱々から多少温度が下がってしまうが、猫舌の私にはちょうど良い。口内炎もあるから、きっと食べやすい温度になるだろう。

 だがそのとき事件は起こった。

 チカッ、と世界が光で包まれた。

 さながら路上でハイビームをくらったときのように、否応なしに目が細まる。

 まずい。そう思ったが体はついてこなかった。

 ぐらりと揺れる。そう、めまいだ。

 ドン、という大きな音がして、私はハッと我に返った。

 シンクに落ちた器、飛び散るめんつゆ。あちこちに散乱する小ねぎ。つぶれて流れ出す黄身。さながら事件現場のようだ。事件というよりは交通事故だろう。

 何が起きているのか理解できなかった。

 だが、一秒、また一秒と、排水口にのどごしのよさそうな麺がつるつると流れては望んでいない場所にキャッチされていく。ようやく夕食にありつけるところだったというのに、無情にもできたてうどんを飲み込んだのは私ではなかった。

 悔しかった。

 だが、どうすることもできなかった。事故だったのだから。

 キャッチの中には、朝昼の生ごみ。さすがに拾って洗ったとしても、食べる気にはなれない場所だ。間違いなく、気分で具合が悪くなるだろうという思いもあった。うどんや他の隙間をぬって、器用に垂れて、本当にそこにいたのか怪しいほどに黄身は跡形もなくなっていた。緑にはリラックス効果があるという。なるほど、小ねぎの量がいい具合に私を冷静にさせてくれた。

 おとなしくシンクを片付け、二玉目に手を伸ばした。ラストうどんだ。

 また2分程度待つ。

 具材を入れ、レンジの音が鳴り、うどんをぬるりと器へ移す。

 順調だ。めまいはない。

 そうしてやっとの思いで夕食にありつけたが、侘しさのような、虚無感のようなものがそこにはあった。

 食材に非はない。わざとやったわけでもない。きっと年末のせいだ。

 冬の寒さと、年の瀬で一年を振り返るような複雑な感情がないまぜになって、うどんの事故と虚無感を重ねてしまっているのだ。

 無駄になってしまった食材と、これから胃に入る食材へと手を合わせる。

 来年は、全国のうどん事故が起こらないことを祈って。

 いただきます。そして、ごちそうさま。

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年末うどん事変 U @Uzumi

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