3.買い物中のハプニング、そして。








「お客様、良く似合っておいでですよ!」

「はう……」



 店員に言われ、ベネットは頬を赤らめた。

 彼女が身にまとっているのは、いつもの継ぎ接ぎだらけの衣服ではない。フリルがあしらわれた、清楚なワンピースだった。

 一見すれば、どこかの令嬢であるようにも思える。

 元の素材が良いだけに、やはり磨けば光り輝くのだ。


「きっと、先ほどの彼氏さんも喜びますよ?」

「か、かかかかか、彼氏じゃないです!!」


 自分の姿に意識を持っていかれていた瞬間。

 店員が茶化すように言った言葉で、ベネットは我に返った。しかしながら、突然のことに声は上ずり悲鳴に近くなる。

 ついには、ぼんっ、と頭から煙が出てしまう。

 そのように思われた。


「うふふ、とりあえず行きましょうか」

「は、はい……」


 だが、いつまでも怯んでいるわけにはいかない。

 ベネットは覚悟を決めて、促されるままに足を前へと運んだ。

 そしてアインと別れた場所までやってくる。だが――。



「……あれ、アインさん?」



 彼の姿はなかった。

 忽然と消えてしまった少年を、少女は必死に探す。

 そしてふと、視界に入った『女の子』に、こう声をかけた。



「あの、ここに男の子が――」

「ひっ!?」

「え、その声は……?」



 そこで、気が付いた。

 その『女の子』こそが、探している『男の子』なのだ、と。



「あの、アインさん……です、よね?」

「…………」



 背を向けたままのアインに、ベネットは恐る恐る話しかける。

 しかし彼は硬直したままに振り返らなかった。

 なので、少女はその肩に手を置き――。



「あっ!?」

「きゃっ!」



 振り返らせようとした、その時だった。

 アインが、自身の着ていた服――ふりふりのスカートだ――に、足を引っかけたのは。すってんころりん、少年は尻餅をついてしまう。

 結果として、アインはベネットを見上げる形となるのだが――。



「…………」

「…………」



 二人の間には、沈黙が舞い降りた。

 何故なら羞恥心に頬を赤らめるアインが、あまりにも愛らしかったから。

 ようやくわかった全貌は、ベネットの想像を遥かに超えていた。彼が着ていたのは、ふわふわとしたメイド服だったのだから。

 顔にはうっすらと化粧も施されていた。



 ――女の子より、女の子。



「……あの、アインさん?」



 そして、それを目の当たりにして。

 ベネットは思わず出そうになった鼻血を抑えながら、こう言った。




「その……。すごく、善きです」――と。









 ――ひどい目に遭った。

 ボクはベネットと一緒に店を出て、そう思う。



「まさか、ボクの服も買うことになるなんて……」

「似合っていたのですから、買わないわけにはいかないです!」

「……ははは。ベネット、褒め言葉は時に人を傷つけるよ……?」



 円らな瞳を輝かせる少女にそう言って、ボクは肩を落とした。

 しかし、すぐに気持ちを切り替える。そして、



「あの、ベネットの方は気に入った?」



 そう、訊ねた。

 すると先ほどの一件で緊張も解けたのだろう。


「はい! ありがとうございます!!」


 少女は、ワンピースの入った袋を胸に大事そうに抱えて微笑んだ。

 ボクはそれを見て、一つ息をつく。



「それなら、いっか」



 とりあえず、当初の狙い通りになったのだ。

 イレギュラーはあったけど、それは流すことにしよう。



「さぁ、帰ろうか!」

「はい!」



 なので、切り替えるように。

 ベネットの笑顔に応えるように、笑ってそう言うのだった。










「あ、でも! たまにそれ、着てみてくださいね!」

「…………うん、分かったよ」



 しかし夕暮れの街中で。

 ボクは、少しだけ意気消沈するのだった。















「あれは、誰ですか……?」




 アインの後姿を見送った一人の女性――ナタリーは、そう呟いた。

 そして、彼の隣のベネットを睨み、爪を噛む。



「……納得いきません……!」



 この時、小さな嫉妬の炎が燃え上がったことを、二人は知る由もなかった。



 

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