3.理想に忍び寄る魔の手。
「にーちゃん、ベネットねぇちゃんのこいびと?」
「こ、こら! そんなわけないでしょ!?」
「えー! だって、さいきん同じはなしばかり――」
「きゃー!!」
ベネットの家は、貧困層の中心にあった。
木造の建物の中には彼女の弟や妹の姿があり、みなが和気藹々としている。意味もなく木の枝を振り回したり、女の子はおままごとをしたり。
計五人いるのに、喧嘩もなく遊んでいた。
「あはは、ベネット。それって、どういう意味?」
「き、気にしないで下さい!!」
そんな光景を眺めていると、冒頭の質問を受けたわけなのだけど。
ふむ……? いったい、どういう意味なのだろうか。
「アインは知らないでもいい。いつか、気付けたらそれでいいさ」
「はぁ、そんなものなんですか?」
「そんなもの、だ」
首を傾げていると、ガンヅさんが言って笑った。
彼は何やら手慣れた様子で、多くの子供たちと遊んでいる。ボクはそれを眺めつつ、周囲に目をやった。ここは今まで、足を運べなかった場所だ。
――王都の貧困層。
王都立魔法学園があるのは、いわゆる富裕層だった。
ボクの住んでいたアルカはこの街の中間みたいな場所で、そこまで貧富の差はない。だから一度、この目で見ておきたかったのだ。
「あの、アインさん……?」
「ん? どうしたの、ベネット」
「えっと、その――」
そうしていると、少女が遠慮がちに声をかけてきた。
振り返るとそこには、神妙な面持ちの彼女。
そして、こう言った。
「幻滅、しましたか……?」――と。
それは、このように貧しい育ちをして軽蔑したか、という意だろう。
ボクは少し考える。
「…………んー」
そして、首を左右に振った。
「こうなってるのは、ベネットのせいじゃないでしょ? 色々な要因が複雑に重なりあって、こういう結果になってる。でも、だからこそ――」
故郷のこと、将来のことを思い浮かべながら答える。
「ボクはいつか、こういう景色を少なくしたいと思ってる。こんなにも逞しく生きている人たちにも、日の光を浴びてほしい、って思うんだ」――と。
それは、心の底からの言葉。
生まれに左右されない、誰もが公平な機会を与えられる社会。
夢物語でしかないかもしれない。でも将来のボクの目標、その一つだった。
「アインさん……」
「えへへ、少しカッコつけちゃったね!」
ボクは少し恥ずかしくなり、苦笑いしつつ頬を掻く。
すると今度はベネットが首を左右に振り、
「そんなこと、ないです!」
天真爛漫に笑って、こう言うのだった。
「アインさん、とってもカッコいいです!!」――と。
もっとも、数秒後に真っ赤になってしまうのだったが……。
◆
「それじゃ、またくるね!」
「はい、いつでもいらしてください!」
アインを見送るベネット。
ガンヅは同じく貧困層の付近に住んでいるらしく、その場に残っていた。少年の姿が見えなくなってから、二人はふっと息をつく。
そして、どちらともなくこう言った。
「すごいよな、アインは……」
「ほんとに、凄い人です」
あのような考え方を、若干十三歳でしているのだ。
そのことに、二人は心底感心していた。
「ホントに、あたしたち一緒にいていいのでしょうか」
「そこは遠慮する必要、ないんじゃないか?」
「………………」
だからこそ、ベネットは不安になる。
いつの日かアインは、手の届かない場所に行ってしまうのではないか、と。いいや、それは間違いのない未来だ。分かっていた。
それでも、その未来を否定したいと、心のどこかで思っていた。
その、時だった。
「キミたちは、関わるべきではないね」
「え……!?」
そんな、想いを砕くような言葉が聞こえたのは。
振り返るとそこに立っていたのは、見目麗しき金髪の青年。剣を携えて、ゆっくりと二人のもとへとやってくる。
そして、こう口にするのだ。
「しかし、アレを釣るには格好の餌だ」――と。
青年――ウィリスは、口角を歪めて剣を引き抜く。
そして、ベネットを庇うように立ちふさがったガンヅに突き付けるのだった。
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