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不在の友を想う

  ̄- ̄- ̄- ̄-


 かつて多くの中学生に使われていた教室は五クラス備え付けられていて、私たちはの内の適当な部屋に入る。ギイと音がして扉が開いた。

 眼に飛び込んだのは百日草ジニアみたいな色鮮やかに咲き誇る打上華火。次に転がり込んだのは――、

 そこには人が居た。窓際に腰掛けて打上華火を見ていた。


「隣、良いですよ!」


 私よりも二つか三つ年下くらいの青年。

 蒼玉サファイアのようにキラキラ輝くストレートヘア、あどけない笑顔、透き通った黄翠色の瞳、黒縁眼鏡。やや整った中性的な顔立ち。亜麻色あまいろのポロシャツ。背丈はそれほど高くないが誠実そうな人だ。

 ――神影かみかげ あおい

 初対面のはずなのに、途端に青年の名前が出てきた。

 言葉に甘えて彼の隣に腰を下ろす。零は私と青髪の青年から少し距離をとり、ロッカー近くの窓際に登って長い右脚を三角に曲げ、それを枝かと思うほど細長い手でかかえて華火を眺めていた。

 満開の月が華火を、華火が夜穹よぞらを、濃密な夜穹が教室を照らしては消え、消えてはまた現れる。まるで流れ星だ。夜穹は流星群なのだ。

 もしもこの情景に流星群とは違った呼び名を付けるとしたら、そうだな、私だったら――、窓際まどぎわ――、『窓際列車まどぎわれっしゃ』。一面の華火が浮かぶ穹宙そらを飛行機でも宇宙船でもなく、列車で旅するんだ。子どもの頃に憧れたりしなかった? 他のどの列車とも違う、どこまでも飛べる窓際列車。


「流星群みたいですよね」青年は想い出を懐かしむように云った。心を読まれたか。「ははは。昔、よく空想したものです。」乾いた笑い声が華火に吸収される。

「そんなに好きなら、何時いつか華火みたいに消えちゃいますよ」

 華火になって消える? 素敵な話じゃないか。そんな死に方もいね。

 つまりね、死とは再生だよ。地球に生けるほぼ全ての生物は、命を落とす時にはしっかり死ぬ。死からは避けられないのだよ。なぜなら皆、再生のために死ぬわけだ(?)。

 人間の致死率は百パーセント。だから私はね、自分の人生の最期くらいは、痛い・苦しい・窮屈、という三大責め苦だけは避けたいのだよ。

「本当に消えたらどうする?」私は神影さんにたずねた。神って名前に付くし、強そうだし。神影さんは心配そうに眉毛を下げた。

「華火には、とむらうという意味もあるんです」そこで青年は言葉を切った。「こわいです。司くんが線香花火みたくパッと消えちゃう気がして」


 その言葉も華火にまれた。


 教室内は厚手のコートのように砂塵さじんを纏いながら、自分を置いて過ぎ去ってゆく未来を忘れまいと、巨きな打ち上げ華火を全力で響かせている。まるで映画の中に入り込んだか何かのような臨場感で、幻想的、年季が入っていて好い、という言葉だけでは表し足りないというか、ノスタルジックで独特な雰囲気ふんいきを醸し出していた。なんだか「華火」の煌めきに似ている。必死に輝きを反射している。私には華火が虹色にえた。


 懐かしい。懐かしいなあ。


 なぜ懐かしいと感じるのか判らない。この青髪をした青年を知っているような、どこかで会ったことがあるような、親しい友人であるかのような。もうずっと遠くで交流していた気がする。なんだろう、この感覚はなんだ? デジャヴってやつか? そんな怪奇かいきじみた事って実在するのか?

 かく暑い夜だった。私は少年を見た。少年はいちいち華火が上がると「たーまやー」と笑顔で叫ぶくらい楽しんでいる。――やっぱり私の気のせいだよね。忘れよう。


 あかあお翡翠みどりだいだい


 華火が散った。青年は目を見開いて、はっとした表情で声をかけた。


「司さん」


「僕、あなたに――――」


 ぐしゃっと音がして、神影青年の首から上が潰れた。

 頭があった場所には、血みどろの平行が机状に広がっている。

 鮮血と肉塊が落ちた。神影青年はもう何も云わなかった。


 私は神影青年から眼が離せなかった。蒼髪青年から人間らしさが出てゆくのを見て、百日草はなびが綺麗だなと思った。

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八月・血痕・宙を見る。 神影と高校生になった僕 @Natsu0415

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