花火の結晶
 ̄― ̄― ̄― ̄―
二十一時を周った。あれから私たちは点滴を捨てて、院の正面から堂々と脱出、夏色に染まった水田を通り越し、何十年前かの八月に閉鎖されたという中学校の廃校へやって来た。
道中、広げた畳を何個も並べて置いてみたような水田の真上に、良く晴れた
廃校の階段を上り、踊り場からだって華火がすごく良く見える。
――そうだったそうだった、年内最後の夏祭りが今日だった。
数十年に渡って放置されている衛生状態はおおよそ想像通りで、壁という壁そこらじゅうに派手な落書きがなされており、壊れた電灯スイッチの導線が露出し、栄養ドリンクの空き缶には変な虫が
最上階、四階、終わりの知れない廊下。
廊下でも
随分と長い間、打ち上がっていた。まだまだ終了の気配すら無い。
「司さん」並んで歩いていた零が足を止める。「うん?」
「
沈黙が流れる。そんなことを
「そりゃあ、
「正しくは『虚無』の色が見える。」
「
虚無の色。どんなモノだろうか。初めて耳にする色名だ。
黒髪の青年は顎に手を当て、考える素振りをしながら云った。
「――
云い終わると私に背を向けて、壊れた人形のようにぎこちなく足を半歩踏み出した。やるせない結果になると解っているけれど、それでも自分の意思を貫き通すという、複雑な感情を語る背中だった。その隠された意味は、この時の私には
「それは、華火の結晶だと思う」
自分でも何を言っているのか判らなかった。こぼれ落ちるように言葉が出たんだ。
黒髪の青年は体を振り向かせ、キョトンと放心状態。――急いで両手で口を覆うと、桜の花びらを頬に浮かべて、ゆるゆると遠慮がちに笑った。
「面白いこと
零が笑うところは本当に初めて見たかも。というか零も笑顔になったりするんだな。そりゃあそうか。なんだか私も楽しい気持ちになった。彼の人間らしさを知れた事だろうか。
気づいたら一緒に笑っていた。何を思ったか零よりも大袈裟に、子どものように。
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