破滅...

 八月三十一日、午後九時十五分。

 此の夜、街が爆発した。


 いや――爆発でなく、うべきだ。


 硝子ガラスが割れ、華火はなびが地上を舞い、街を停電が支配した。死者や怪我人を出したのは言うまでもない。罪を持たぬ街民や生物達は、冷たい夜の混凝土コンクリートへ倒れている。それはそれは山のようだった。

 錆びた標識。返り血がこびり付いた交差点。

 ――の山の中に「ぼく」も紛れ込んでいた。眼が覚めたとき、山のように積み上げられている僕以外の物が死体であるとぐに解った。

 僕はエビみたいに躰を丸めて、死体に紛れ混んでいる。他の人が重いのと躰中にできた傷が深いので動けず声も出ないんだ。

 僕は爆風にまれたけれど、意識は生きている。爆風にとって僕の躰は美味しくなかったんだろうね。死ぬまでに少し時間がかかりそうだ。やれやれ、苦しいな。


 ――良く晴れた、華火大会の夜。


 中学最後の夏。

 僕と僕の友人は、彼女の一人だってつくらず、男二人で華火はなびを見に来ていた。良いじゃあないか、僕たちは、そっちの方が楽しかったんだ。

』と大人は口をそろえてう。幾度もうるさいね。中学最後だよ。だから夏休みだって何だって思い切り楽しんでみたいんだ。

 真っ赫な林檎飴を買った。チョコバナナを食べた。美味びみだった。

 たった一人の友人と過ごす夏休みは最高に楽しくて、死んでもいいと思った。嗚呼、でも、まさか、本当に死んでしまうとは思わなかった。


 あかあお翡翠みどり、黄、だいだい


 ごめんなさい。僕は君に謝罪すべきだ。

 僕はね、実は、爆弾魔の顔を見ているんだ。その事を伝えなかったから、君を死なせてしまった。伝えれば良かった。


 紅、紅、蒼、橙、翡翠。


 華火はなびは打ち上がり続けた。まれなかったのかもしれない。――大会が一番盛り上がっている時間帯だからだ。

 蜜柑色オレンジが空を覆う。けれども、これが華火の染料によるものなのか、火事による炎が夜闇を照らしているからなのか、僕には判らない。

 打ち上がる華火の音。市民の悲鳴。白煙。

 今逃げたらまだ間に合うかもしれない、でも逃げなかった。何故なら、と考えていたから。それで構わなかった。真実ほんとうだ。僕は左隣の友人に話しかけた。

つかさ」聞こえなかったか、もう一度言おう。

「司君」やっと振り向いた、雑音が大きすぎる。

「まだ、僕の傍に居てくれますか。」

「離れていても、近くに居るよ。だから――」

 後に続く言葉は聞き取れなかったけれど、深く追求するのは止めた。必要無いと判断したからだ。

 僕は笑った。顔をくしゃくしゃに歪めて、泣きながら笑った。

 司も笑った。いつの間にか水滴が溢れていた。


 き返さなくったって、君の云いたいことくらい――。

 ――ごめん、やっぱり判らない。


 艶々しく揺れる司の茶髪。顔が華火の白光に包まれる。

 僕は気づいてしまった。司のすぐ側に岩塊が迫っていることに。

 僕は反射的に手を伸ばした。無駄だった。

 岩を避けきれなかった司は大きくのけ反り、後方に跳ねた。

 躰が仰向けに宙に浮き、地面に頭部を強打した。

 救急も消防も話し中。繋がらない。

 足の先から毛が逆立つのを感じた。名前を呼ぶことしか出来なかった。


 如何どうする? 如何どうする?


 混沌としている意識の最中さなか、僕の意識も停電ブラックアウトした。

 唐突。

 一瞬の、出来事。


 美しい。


 二度と意識が戻らんことを。二人に永遠の幸福を。

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