八月・血痕・宙を見る。

神影と高校生になった僕

序章

破滅

 八月三十一日、午後九時十五分。

 の夜、街が破滅した。


 街中の建物という建物が、打ち上げ華火はなび鮮光せんこうと共に姿を一変させた。それなりに栄えている街だったのに、今や見る影も形も無い。

 家屋や電柱の岩塊がんかいが四方八方に飛び交い拍手した。先鋭せんえいな刃となって人間達を容赦なく傷つける。死者や怪我人を出したのは言うまでもない。又生き物や動物も例外として入らず、固く固く無感情な混凝土コンクリートへ畳みかけるように重なっていった。

 赤茶けた標識が折れている。呼吸をめた信号機はとうに映らない。

 霧が現れやすい交差点に、誰の物ともしれない血液が染み込み、至る所に飛び散っている。そんな場所で、正気なのか、積み上がった死体の山に対しても嫌な顔ひとつせず、独り、語りかける者が居た。

(君かい?)

(友人とはぐれたんだ、どこにいるんだろう? 他人に協力を持ちかけても無視されてしまって。捜しても死体ばかりで見つからないんだ。)

 彼は答えない。マネキンのように無表情で姿勢良く立っている。

 世界は死んでいた。死んでいるのが世界だった。それ以上でもそれ以下でもない。

 凄惨な事故が起きる直前の活気に溢れた街は、たくさんの恋人同士や家族連れで賑わっていた。良く晴れた華火大会の夜の出来事。


えがく」――。


 あかあお翡翠みどり、黄、だいだい


 夜空の画用紙。雲一つ存在しない。そんな幻想的な画用紙に、煌々こうこうと、こぼれんばかりの絵がスケッチされては消えるのを眺めていた。その様子は今どき珍しい、流星群のようだった。


 ――爆発したのは華火が一番盛り上がっている時のこと。


 という前代未聞の大惨事だというのに、馬鹿な私と友人は、市民の悲鳴と誰かが警告する声、熱風さえ全く気づけず、打ち上げ華火とその特有の大きく乾いた音に気を取られていたせいで逃げ遅れてしまった。

 それでも華火は停まらなかった。停まれなかったのかもしれない。

 起きている惨禍さんかに意識がいくと同時に、全て手遅れだと察した。

 視界が昼間の如き白一色に染まったからだ。

 この時の私は全てを諦めていた。このまま自分は花火と一緒に、たった一人の友と死ぬのだろうと思った。――それでもかった。

 私が体ごと向けて右隣を見ると、彼も同じように私を見つめていた。

「――」「――君」ああ、この世界では、

「まだ、僕の傍に居てくれますか。」

「離れていても、近くに居るよ。だから――」

 この世ではもう会って話せないことがかなしくて悔しい。それなのに。私は泣きも笑いもしなかった。目元から硝子ガラスが絶え間なく流れるだけ。

 蒼い蓬髪ほうはつの青年も、私を信じて包み込んでくれるような優しい眼差しで、少し困ったように眉毛を下げて、子犬のようにほころんだ。瞳が支えきれなくなった涙が頬に零れ落ちる。白光に照らされた青年の姿は、閃々絵画ステンドグラスのようにキラキラと輝いていた。


 来世も一緒がいいなあ。


 岩を避けきれなかった私は大きくのけ反り、後方に跳ねた。

 躰が仰向けに宙に浮き、視界スクリーンいっぱいに華火が観られる。

 瞬間、頭を地面に強打したらしく、華火や友人の姿がかすんだ。

 焦ったような怒ったような友人の声が、ひっきりなしに私を呼んでいる。随分と遠くで救急車のサイレンも聞こえる。ぼやけた華火が、サイレンが、情景が、破滅を祝福しているようだった。


 華火が綺麗だなと思った。

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