6-3_好きの条件-その3
■俺たちの静かな「ざまぁ」
元同級生たちからのヒアリングと取りまとめは、小路谷さんがしてくれた。
俺だと『話すこと』に集中して、聞きたいことが聞けない可能性が高い。
コミュ障って訳じゃないけど、当時の同級生の女子と話すのは緊張するんですよ……
これらのことをまとめて、元々あったアプリの最大の弱点である『ポイントが付かないことがある』の対策を中心に、みんなの意見を参考に、いくつか機能を追加した。
猫ソフトの小池さんに完成させてもらったアプリをリリースすることになった。
実際は、俺も連日、猫ソフトに通って、一緒にコーディングもした。
仕様書は当然出したけど、細かな点は直接、発案者本人から聞いた方が、SE(取りまとめする人)やPG(作業する人)達も動きやすい。
クラス(ソフトの部品)も使えるところは使いまわした。
だから、これだけのアプリがたった1カ月で形にできた。
しかも、ユーザーの希望に対する答えもてんこ盛りにして。
テストは日々、俺たちの元同級生たちがやってくれていて、情報は随時取得できている。
一般でエラーを出す前にデバッグ(修正)してしまおうとしている。
既にダウンロードしてもらっているユーザーさんは、アップデートする形で最新になる。
ユーザーさんとしては、アプリを起動するだけでいいので技術的な難しさはない。
ただ、この『起動してもらう』が難しいのだ。
それこそ、ライバルアプリは相変わらず広告をバンバン打っている。
大体、人は新しい物の方に目がいく。
それに対抗できるのか……
そこがこの勝負の要(かなめ)だ。
サーバー負荷軽減のために深夜のアップデートにした。
翌日昼間には、『微笑み姫』こと、中野詩織さんが動画で紹介してくれる予定。
トラブルの時は、猫ソフト総出で対応してくれるよう準備がされている。
できることは全部やった。
自爆スイッチのボタンを押すような気分で、エンターキーを押す。
手元の環境では、スマホでちゃんとアップロードされ、新しいアプリが起動した。
もう、本当にできることはない。
大丈夫のはず。
それでも落ち着かない……
実際には、タイマー予約ができるので、リアルタイムで確認する必要はないのだけれど、緊張から寝られないので夜中に一人でノートPCとスマホを操作していた。
「ん……まだ起きてるの?」
ベッドで寝ていた小路谷さんに、モニターの光が当たったのかもしれない。
「ごめん、起こした?」
「ん、大丈夫。目を閉じて横になっていただけだから」
それは寝ていたのでは!?
でも、少しでも小路谷さんの声が聞けて良かった。
何人ぐらいの人が、この画面の先で、アプリを更新してくれたのだろか。
何人ぐらいの人が、新しくダウンロードしてくれたのだろうか。
俺は、見たこともない『誰か』に思いを馳せながら、こたつで静かに寝落ちしていった……
その時見た夢は、最悪な物ばかり。
パソコンが起動しないとか、ネットにつながらないとか……
アプリが消えたとか……
猫ソフトに電話するけど、つながらないとか……
夢とはそんなもの。
不合理で、理不尽なものだ。
「……くらくん!高野倉くん!たかっ」
「え!?なに!?俺、寝てた!?」
小路谷さんに起こされて、こたつで飛び起きた。
「なんかグラフがすごいけど、これ大丈夫!?」
ノートパソコンの画面は表示されたまま。
アクセス数をチェックしている最中に寝てたらしい。
小路谷さんの慌てた様子に、まだ目が開かないけど、ゴシゴシやりながら慌てて画面をチェックする。
……アクセス数がいつもの100倍になっていた。
「なんだこれ!?」
アプリは使っている間にどれくらい起動されているかが「アクセス数」として表示されるようになっている。
アクセスの理由は、中野詩織さんだった。
彼女が紹介よりも先に、予定時間前倒しで、ダウンロードとか設定のやり方を丁寧に動画配信で説明してくれていたらしい。
しかも、『企業案件』を一切やっていなかった彼女の動画で最初に取り上げられたということで話題になり、ネットニュースでも取り上げられていた。
要するにバズっていた。
サーバーはこの日のために相当オーバースペックのものにしていたけど、無駄にならずによかった。
普通のサーバーでは、予定の100倍もアクセスが来たら、落ちてしまってアプリに不具合が生じる。
新しいアプリでは、このあたりのことも考慮して、通信量を出来るだけ絞っていた。
そのため、なんとか落ちずに持ちこたえてくれている。
このあたり、猫ソフトの小池さんのアイデアだ。
小池さんに心の中で感謝した。
「これっていいこと?」
「めちゃくちゃいいこと」
「そう…よかった」
ほっとする小路谷さん。
それでも、ポイントの『補填』が10%だったらヤバかった。
単純にダウンロード数が伸びているので、今回は十分回収できそうだ。
新しいアプリでは多くても5%未満。
理想的には3%未満になる見通しだ。
ただ、ライバルのソフトはまだ生きている。
こういう勝負は一瞬では決まらない。
テレビドラマや、マンガとは違うところだ。
実際に、結果が出たのは、2か月後だった。
ライバルソフトが広告を止めた。
これは、採算が取れなくなったことを意味していた。
開発費はほとんどゼロだろうけど(俺から盗んだソフトだから)、広告費は相当額使っていたはずだ。
広告を止めたということは、収入が見込めないから、投資を止めたということ。
もう、このアプリに再度参入してくることはないだろう。
相手のアプリが使われないということは、こちらのアプリ側に収益が上がるというわけで。
事実上の勝利だった。
静かな勝利。
だけど、確実な勝利。
うちの売り上げグラフは右肩上がりだった。
俺から盗んでいったお金も、結構な額が広告費として使われただろう。
手元に返ってくることはなかったが、意趣返し程度にはなったかな。
相手の悔しがる顔が見えないのが残念なところだ。
相手のアプリの評価は★2.6。
これは、アプリとしては悪い方だ。
コピー元は自分のアプリだと思うと少し複雑だ。
コメントを見てみると、『ポイントが入っていない』というのがある程度あって、プチ炎上していた。
やっぱりネックはここか。
やはり、『補填』をしていなかったようだ。
あと、広告がうざい、と。
これは独自に付けたのだろう。
一方で、うちのアプリは、評価は、★4.7。
アプリとしてはまあまあ良い方だろう。
『歩数計』、『消費カロリー計』、『目標体重設定』と『今日のノルマはあと何歩』など新機能がダイエット目的の女性を中心に人気だ。
ここら辺は中野詩織さんと彼氏(?)さんのアイデアを盛り込んだものだ。
そして、同じくらい話題になっているのが、最後に小路谷さんがアイデアを出した『甘やかし機能』だ。
この『甘やかし機能』というのは、ノルマに対して、達成率が悪い時に責めるのではなく、『いいよいいよ』と甘やかす機能だという。
もう、俺からしたらなんなのか、わからない。
ただ、主に女の人が使うアプリだ。
女の人の意見を採用しておこうと思った。
ここが『かわいい』という理由でまた話題になっていた。
もはや、俺の考えでは到達できない域にあるアプリに成長していた。
―――――
「アプリのダウンロード数どれくらいになったの?」
小路谷さんが、いつもの部屋のいつものこたつで聞いてきた。
こたつの同じ面に二人で入って、一緒に画面を見てる。
「既に今までの1.5倍くらいになってて、まだ伸びてる。多分2倍くらいまで行くんじゃないかな」
「お!そしたら、収入も2倍?」
「いや、アクティブユーザーがめちゃくちゃ多いから、収入は3倍か、5倍か……」
「めちゃくちゃすごくない!?」
「ああ、小路谷さんとみんなのお陰……中野さんのとこにも報酬多めに払わないと……」
「祝杯…あげよっか?」
こたつに頭をコテンと載せてこちらを見て言った。
「そだね。高校の時のみんなも今度呼んでお礼しないとね」
「バカね。それは披露宴の時でしょう!」
「ああ、そういうのもあるのか」
(ピンポーン)ちょうどその時、宅配便が届いた。
『はいはい』といって、小路谷さんが出た。
しかし、あて先は俺。
届いた包みを開けて、注文したことを思い出した。
「あ、小路谷さんの名刺ができた!」
小路谷さんは、荷物を俺に渡した後、コーヒーを淹れてくれている。
「名刺?頼んだっけ?」
「ほら、うちの会社に入ってもらったから、名刺要るでしょ?」
「あぁ、そうね。人に会うしね」
そう、小路谷さんには今回の騒動の最中になってしまったが、これまで勤めていた会社を退職してもらい、新たにうちの会社に入ってもらっていた。
(コトリ)「はい、コーヒー」
小路谷さんが目の前にコーヒーを置いてくれる。
代わりに、名刺の箱を渡す。
「はい、名刺」
「ん……」
確認のため箱を開ける小路谷さん。
「はぁ!?」
あれ?字とか間違ってたっけ?
「なにこれ!?役職のところ『社長』になってるんだけど!?」
「ああ、言ってなかったっけ?小路谷さんが社長で、俺は技術担当に変更した」
「バカじゃないの!?戻しなさいよ!」
「もう、役所にも届けた。戻すにはまた5万円かかる」
行政書士とかに書類を頼んだりするので、なんやかんやで費用が5万円くらいかかるのだ。
「もう変更で5万円使ったってこと!?」
「使った」
「はぁー、もぅー……」
小路谷さんがあきれ顔だ。
今回の件、俺一人だったら、とっくに逃げ出してる。
小路谷さんがいなかったら、俺も、会社もヤバかった。
そこで会社は、小路谷さんを社長にすることにした。
だって適任だもん。
とりあえず、今週末は、村吉くんとハツネちゃんを誘って飲み会をすることになってる。
もちろん、俺たちのおごりで。
「祝杯用にちょっといいワイン買いにコンビニ行く?」
「だから俺ワイン飲むとすぐ寝ちゃうんだって」
「じゃあ、ハイボール!」
「うん、じゃあ行こうかな」
「近所のコンビニにかわいい店員さんを見つけたの!」
「へー」
出かけるために上着を準備しながら適当の返事をする。
「ダサダサのメガネなのに、めちゃくちゃかわいいの!」
「女の子なんだ」
「そう!多分高校生♪」
「へー」
「祝杯用に『うすうす0.01』を大人買いして、レジに出したらどんな顔するか見てみたい!」
「絶対訴えられるから!」
絶対小路谷さんの中にはおっさんが入ってると思う。
「急ごう!その子いつも10時にはあがっちゃうみたい。なんか彼氏が毎日迎えに来てるの見ちゃった!」
「うわ、甘酸っぱいわ~」
小路谷さんが腕を組んできた。
「『うすうす0.01』何個使えるか記録に挑戦しようね」
「うわー、最悪な誘い文句だぁ。甘酸っぱくねぇ」
二人で腕を組んで、かわいい店員さんのいるコンビニに向かった。
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ちなみに、最後のコンビニ店員さんのお話はこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859992901157
あわせてチェックしてみてください♪
3分で読めます。
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
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