6-2_好きの条件-その2
■反撃準備---
『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と言ったのは孟子だったか、孔子だったか、はたまた孫氏だったか……
この場合、敵のことを知ることはほぼ不可能だ。
なにせ、夜逃げしているのだから。
こちらの現状を把握するのが、せいぜいできる事ではないだろうか。
俺は、いつもの様に小路谷さんの家で作戦会議を始めていた。
「まず、警察には行ったの!?」
「行った。広告費と投資ってことになるから、民事不介入なんだって。警察の出る幕じゃないらしい」
「警察、役に立たないわね。じゃあ、弁護士とか探偵とかは!?」
「費用がかかるし、お金がない!弁護士に頼むにも、相手の住所がわからないとはじまらない」
「世の中どうなってるの!?」
そうなのだ。
よく『訴える』とかいうけど、相手の名前と住所が分からないと急に難しくなる。
しかも、相手が夜逃げ中となると絶望的なのだ。
「あと、向こうは計画倒産だと思う。悔しいけど、俺があの人を見つけたときの対策は取ってると思う……」
むぅと、俺の代わりに怒ってくれる小路谷さん。
「やっぱり、小路谷さんは、とりあえず今の会社を続けてもらった方が……」
「会社は予定通り辞めるわ!こんなの片手間にできる訳ないじゃない!」
あああ……どうしよう。
小路谷さんをどんどん巻き込んでいく。
俺のアプリも今日明日ダメになる訳じゃない。
しばらくは収入があるだろう。
でも、お金が入ってくるうちに何とかしないと尻すぼみになってしまう。
収益を相手のアプリに取られていくのだ。
まずは、食べて行けるようにしないといけない。
「今の収入の仕組みをもう一度教えて。以前聞いたけど、あんまり覚えてないわ」
興味なかったんだろうなぁ。
苦笑いがでる。
「アプリのダウンロード数が1000万人まで到達してる」
「すごい数ね。以前より増えたよね?」
「うん……」
「アクティブユーザーが50万人くらいなので、1人当たり月に1000円使ったとして、お客さんの売り上げは5億円」
「額がすごい!」
本当はもう少し複雑だけど、色々端折って分かりやすく話した。
「その1%をもらえることになっているから、500万円がもらえるってこと」
「とんでもない額ね。じゃあ、今のところ月に500万円入ってきてるってこと?」
「うーんと、そこから10%くらいは『補填』に使ってるかな」
「補填?」
「そ、アプリを使ってても、通信の都合とかでポイントが付かないことがあるみたいなんだよ。だから、エラーが出てるところを見つけて、補填してるの」
「お金をあげてるってこと?」
「まあ、そうなるね」
「ポイント獲得アプリでポイントが付かないとか……水泳選手が泳げないようなもんね」
「うまいこと言う!」
座布団を山田くんに言って持ってきてもらいたいところだ。
「それはいいから、なんで!?『エラー』でいいんじゃないの?」
「いや、ほら、期待して使ってもらってるのに、思った効果がないとユーザーさんに申し訳ないし……」
「はぁ~、高野倉くんらしい……」
なんか褒められている気がしない……
「それって、ライバルアプリもそうなの?」
「うーん、多分同じ。俺のソフトの丸々コピーみたいだし。俺もなんとかしないといけないと思ってたけど、ほとんど一から作り直すくらいのつもりじゃないと改善できないと思う」
「へー」
「モバイル通信とwifiの切り替えのタイミングとかが多いんだけど、ちゃんとつながってなくて、取りこぼしてるみたいなんだよね」
「よく分かるわね、そんなの。Wifiなんて見えないのに」
「そりゃあ、アプリ作ってすぐは色んなテストしてたし」
「ああ、あの朝から晩まで歩き回ってた時の!」
「そう、思い出すのも嫌になるやつ」
「自分のアプリだからこそ、弱点も知ってるのよね?」
「うん、まあ、そうだけど……」
「ふーん……」
小路谷さんが悪い顔をしている。
なにか『悪いこと』を思いついたらしい。
「あと、2つの同じアプリがあったら、どっちにポイントが付くの?」
2つとは、俺のアプリとライバルのアプリってことだろう。
「ユーザーさんとしては、どっち使っても、ちゃんとユーザーさんのアカウントにポイントが付くと思う」
「高野倉くんとライバルはどっちに売り上げが上がるの?」
「ユーザーさんが最後に使ったアプリの方かな」
「なるほど……ね」
つまり、相手のアプリが立ち上がった瞬間から、うちの利益じゃなくなるってこと。
弾(広告費)がないのは痛い……
■同級生という人脈---
事情を話して、元同級生の村吉くんに地元の信用のおけるソフト屋さんを紹介してもらった。
例の『県人会』だ。
こちらの条件に合う、良い会社は2社あった。
1社目は、株式会社猫ソフト。
なんとなく社長の人柄がよかった。
価格は安い方だけど、社員数が足りないので納期がめちゃくちゃ遅くなる。
人は募集しているらしいけど、即戦力のソフト屋が見つからないらしい。
今のご時世だ、しょうがない。
2社目は、SSS(スリーエス)ソリューション株式会社。
会社的に猫ソフトより大きいけれど、価格が高い。
猫ソフトの2倍くらい。
いわゆるビジネス系ソフト中心なので、俺のアプリとはちょっと毛色が違う。
あと、しっかりした会社だけど、ちょっとドライな感じがした。
「高野倉、どうする?」
喫茶店で村吉くんが聞いてきた。
「本当は『猫ソフト』に頼みたいけど、完成は半年後になりそう。多分、うちの会社はそこまで持たない……」
「じゃあ、『SSS(スリーエス)』一択ってこと?」
「うーん、そうなんだよねぇ……」
イマイチ判断できない。
決め手に欠けるというか……
「ねえ、夜逃げした社長の会社の社員って今なにしてるの?」
小路谷さんが会話に入ってきた。
「そうか!小池さん!」
「誰?」
「高野倉くんのソフトデータを盗んだ会社の人」
「大丈夫なん!?それ!」
村吉くんが難色を示した。
そりゃあ、そうだろう。
「うーん、社長と部長は行方が知れないんだけど、ソフトのリーダー以下は急な失業で困ってるみたいだった」
多分、社長と部長がグルで、他の社員はむしろ被害者だろう。
「『猫ソフト』の話をしてみたら?かたやソフト屋さんを探してる。かたや働き先をさがしてる。」
「マッチング的な?」
「そう!」
その場で、以前お世話になった小池さんに電話した。
結果、猫ソフトに小池さんをはじめ、3人のソフト屋さんを紹介することができた。
小さな会社にいきなり3人も人が増えると、猫ソフトの社長は不安になるのだろうけど、これまで俺の仕事をしてくれていた人たちだ。
すぐに仕事にかかれるので、こっちの仕事を3か月間詰めてやってもらえることになった。
その後もメンテなんかでお世話になることを約束して、双方の合意となった。
本当はうちの会社で雇いたかったけど、お金がないし、事務所もない。
準備してたら勝負は終わってしまっているだろう。
「すいません、高野倉さん、うちの社長…いや、元社長が夜逃げして迷惑かけたのに、良くしてもらって……」
MTシステムソリューション株式会社のソフト開発リーダーの小池さん。
人望があったみたいで、2人のソフト屋さんが付いてきた。
「夜逃げしたのは小池さんじゃないですからね。あと、俺のソフトもとりあえず知ってもらえているのは強いです」
「恩返ししないといけないので、いいソフトにしますね!」
「ありがとうございます」
そう。
アプリは作り直すことにしたのだ。
これまでの問題点を改善した、新しいアプリに生まれ変わらせる。
プラモとかでも、同じものを2回目作った方が良いものができる。
1回目でいろいろ経験する分、2回目では失敗しそうなところに予め対策をとれるからだ。
「なあ、高野倉、新しいソフトができたら解決か?」
また喫茶店で村吉くんと打ち合わせしている。
もちろん、小路谷さんも同席してる。
「多分、プロトタイプを作るのには2週間とか、そこらでできるはず。ただ、検証とか、使い勝手とか聞いて反映させないといいソフトにならなくて……」
「とりあえず、私が使ってみようか?」
「うん、小路谷さんは色々考えてくれそう。でも、俺のことも考えて我慢してしまいそうで……もっと、遠慮なく言ってくれる人が欲しいな……」
「うーん、テスター的な人を雇う?」
「本音で言ってくれるか微妙だけけどなぁ……」
前回は、ユーザーさんの声を拾って半年以上かけてやった作業だった。
これをなんとか1か月で収めたい。
「なぁ、高野倉?」
「なに?」
「もう一度、同窓会するか!」
「どういうこと?」
「お前、この間の同窓会のメンツ見たろ?」
「そうか!高校の時の同級生!女子率が高かった!」
前回、同窓会で集まってくれたメンバー全員にプロトタイプのアプリをプレゼントして、そのあとヒアリングしたらいいのか!!
「バイト代くらいでいいってこと!?」
「ばか、俺ら同級生だろ。金(かね)なんかもらったら、逆に変になるわ!」
そっか。
社会に出てからは、いつも損得勘定で動いていた。
学生の時のメンバーって、文化祭とかもそうだったけど、儲かるとか儲からないとかじゃなかった。
感情だけで動いてくれる人たち……それが同級生。
「村吉くん!声かけ頼める!?」
「任しとけ!」
■プチ同窓会開催---
2週間後、再度プチ同窓会を開いた。
事前に、村吉くんとその彼女のハツネちゃんが話を通してくれていたみたいで、話はすごく円滑だった。
猫ソフトの小池さんもかなり頑張ってくれて、アプリはなんとか形になっていた。
元同級生たちにアプリのダウンロード、使い方の説明をしたら、すぐに全員が使い始めてくれた。
あとは、普通の同窓会。
ほんのひと時だったけど、ストレスから解放された。
こういう時間って大事だな……
今回はランチタイム対応している居酒屋の座敷を貸し切った。
さすがにランチ代くらいはこちらで負担して、みんなに振舞った。
「みほみほー!いよいよ結婚するんだって!?」
「そうなのー!」
「ハツネちゃんのとこも式するらしいから、私を破産させる計画ね!」
「財布とメンタルのダブル攻撃!」
珍しく小路谷さんがいじられてる。
「うちは、今、式できないから心配しなくていいよ?」
「え?そうなの?」
「今日のアプリがうまくいったらって感じ」
「マジ!?真剣に使うわ!」
「高野倉くんをコテンパンにするため、ダメだし出しまくってあげて!」
「あ、小路谷さん!そのアプリっていっぱいダウンロードされた方がいいんでしょ?」
「あ、うん、そうだね」
相変わらず、小路谷さんは女子にも人気で、たくさん人に囲まれている。
俺はあんなのが苦手。
小路谷さんだからできることと言える。
「友達の子供が動画配信してて、いっぱい登録している人がいるってさ。紹介しようか?」
「ホント?おねがーい」
「確か、地元でローカルアイドルもしてるってさ」
「本格的ね!」
「そうそう!ついこの間、話聞いたから。なんか彼氏とのラブラブぶりを配信してるって話だけど、女の子から絶大な人気らしいよ?」
「いいんだ…それで」
「その人、名前なんて言うの?」
「えーと、中野詩織(なかのしおり)ちゃん!高野倉くん知らない?」
「ごめん、その辺、疎くて……」
「なんか、『微笑み姫』とか呼ばれてて……」
なにその、将軍様のお付きの人みたいな名前……
とりあえず、今はできることは全部したいので、その人も紹介してもらうことになった。
■協力者---
元同級生の紹介で、知らない人の家に来てしまった……
相手は女の子ということで、小路谷さんも連れて来た。
しかも、今日会う相手は女子中学生らしい……
俺が中学生の女の子と話して、共通の話題なんてあるはずがない。
下手したら、話してるだけで逮捕されかねない。
ただ、もう情報発信力に年齢は関係ないのだと実感させられる。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
相手は登録者数200万人超えの超人気配信者とのことだったが、一般家庭のリビングに通されて、お茶を出された。
なんかめちゃくちゃ美人の人がお茶を入れてくれたのだけど、あの人も家族の人だろうか……
こちら側は、俺と小路谷さん。
相手は、中野さんという中学生の女の子と、その隣には高校生くらいの男の子が座っている。
彼氏かな?
「自己紹介から。中野詩織(なかのしおり)と申します。よろしくお願いします」
こっちがお願いに来たというのに、礼儀正しい子らしい。
そして、笑顔がかわいい!
『微笑み姫』の名に偽りなしだった。
「隣が、お兄ちゃ……葛西ユージ高校2年生です。彼氏です」
どうやら、普段、彼氏を『お兄ちゃん』と呼んでるらしい。
もう既に、俺の理解を超えている。
そのくらいちょっと変わった子じゃないと、動画配信で200万人とかの登録者にはならないのかもしれない。
「あの……最初に良いですか?」
「はい?」
中野さんが最初に確認してきた。
「今回は、お世話になっている方からの紹介ので、お断りすることはないのですが、最初にちょっとお話を聞かせていただけないでしょうか?」
「はい!はーい!もちろん!かわいい子とおしゃべりしたいです!」
小路谷さんが挙手して宣言した。
こんなこと言えるのは、あなただけです……
俺が言ったら、多分捕まるわ……
話を聞いてみたところ、『企業案件』はやったことがないのだとか。
それどころか、動画には広告も貼っていないという。
もう、この子が何の目的で動画配信をやっているのか俺には完全に分からない。
報酬の代わりに、『なぜアプリを紹介したいのか』を教えてほしいという、かわいいお願いが来た。
もちろん、報酬は支払うけど、背景とかは共有しておいた方が、同じ方向を向いて動いてくれるかもしれない。
俺の恥ずかしい失敗……お金を持ち逃げされた話や結婚がダメになりそうになった話を、中学生でもわかるように、できるだけソフトに話した。
俺だけでは、伝わりにくいだろうから、ここも小路谷さんがサポートしてくれた。
正直、彼女がいてくれてよかった。
それにしても、打合せというよりは、時間のほとんどを雑談に使ってしまった。
中野さんは小路谷さんのことをいたく気にいたみたいで、『ぜひ、今度一緒に動画に出てください』と言われていたが、頑なに辞退していた。
確かに、小路谷さんが話し始めたら下ネタがひどそうだ……
―――――
「そっ、それで!高野倉さんは、このアプリを!」
「まあ、そうです。できることは1つでも多くやっておきたいだけなので、もし動画の方で失敗しても全然気にしなくて大丈夫です」
「はいっ、そう言っていただけると気が楽です。……ちょっと待ってくださいね!」
そう言うと、彼女は隣の彼氏になにかを相談しているようだった。
その時に『お兄ちゃん、なにかアイデアないかな?』と聞いていた。
兄なの?彼氏なの?すげえ気になるわぁ。
「横からすいません。このアプリ、歩いてもポイントが付くみたいなんですけど、『歩数計』とか付けられないでしょうか?」
「あ、大丈夫です。比較的簡単に付けられると思います」
横の『お兄ちゃん』からの提案だった。
「それだったら、動画で紹介しやすくなります!今日は何歩あるいたとか、それで何ポイントゲットしたとか!」
中野さんもこれに乗っかった。
「最近、詩織の登録者さんは女性の割合が高いので、アプリとの相性はいいと思います」
『お兄ちゃん』の方は、彼女を『詩織』と呼んでいるのか。
いよいよ関係がよく分からない。
しかし、なるほど、動画としての構成は彼女が考えているという訳か。
『お兄ちゃん』の方はアドバイス的な。
中学生と高校生ってことだけど、これはこれでちゃんと仕事レベルになっているということか。
ただもんじゃないな、この二人。
まあ、そうじゃないと200万人の登録者なんて行くわけないか……
この他にも、『消費カロリー表示』とか『目標体重設定』とか、俺では思いつかない機能の提案があった。
付けること自体は簡単だった。
それで動画配信がしやすくなるなら、即採用しよう。
-----
中野詩織ちゃんはこちらでチェック!
https://kakuyomu.jp/works/16816927859563388466/episodes/16816927859830661536
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