6-1_好きの条件-その1

1話完結形式にしていたのですが、「長い」とご意見いただいたので、

3つに分割してみました。

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「小路谷さん……ごめん、結婚できなくなった……」


「は!?」




このところ、良いことばかりが続いた。

全てが順調だった。


バランスの神様がいるかどうか知らないけど、俺にエンカウントな大事件が起きたのだ。


俺の頭には、同窓会に行ったあの日に小路谷さんと付き合い始めた事とか、村吉くんのところに行った日の帰りにプロポーズにOKもらった事とか、楽しいことばかりが思い出された。

そして、それがもうすごく昔の話に思えた。


ただ、起きてしまった事件はもう、戻らない。

もう、あの楽しかった日常には戻れないのだ。






■突然のトラブル---

考えてみれば、仕事をなんとか自動化しようと思っていたのがまずかった。

変更内容の仕様書を出したら、アプリの変更をしてくれる会社を探していた。


頼んでいた会社はMTシステムソリューション株式会社。

ソフト開発だけじゃなくて、プロモーションもやってくれるとのことだった。

要するに宣伝。


小路谷さんと結婚するにあたり、少し欲が出たと思う。

俺のアプリが更にダウンロードされ、アクティブユーザーを増やし、収入を安定させたかった。


MTシステムソリューションとの付き合いも半年を超えていたので、安心していた。

アプリのアップデートと、プロモーションのために多額のお金を投入した。

具体的には全部で2,350万円。

そのタイミングだった。



その会社が倒産した。

社長がメール1本で知らせてきた。

電話はつながらない。


慌ててその会社に行ってみた。

ところが、ビルは貸しビルで、テナントの入り口は閉鎖されていて中には誰もいない。




小池さん(その会社の従業員の人)とは個人的につながりがあったので、会って話を聞いたら家賃滞納で3日後には会社の事務所も引き払わないといけないらしい。


社長は夜逃げしていて、従業員でも行方を知らない。

しかも、その従業員自体がどうしていいか困っているようだった。


おそらく、計画倒産だろうとのこと。





目の前が真っ暗になった。

貯金も残金はほぼゼロ。

返ってくる可能性もほぼゼロだろう。




これは、小路谷さんに話せない……どうしよう。




小路谷さんを雇おうと思って、今勤めている会社にも退職を申し出てもらっていた。

それも止めてもらわないと。





悪いことは続くもので、数日後、更に悪いことが起きた。

俺のアプリのライバルアプリが出現したのだ。

見た目はちょっと変えてあるが、俺の作ったアプリそのまま。



MTシステムソリューションには、アプリのソース(ソフトの元)も渡していたが、それが盗まれている。




そして、表面だけ作り変えられて、俺のライバルアプリとして目の前に存在している。

見ればネット広告をバンバン打ってあり、急激にダウンロード数を伸ばしているらしい。


湯水のごとく広告費を使い、シェアトップを狙っている。

対して、こちらは残金ゼロ。


戦争に行くのに弾がない状態。

負けは確定していた。

それどころか、逃げ出したいくらいだ。






■告白---

この日も小路谷さんの部屋(いえ)に来ていた。

なにもできずに、どこにいても不安だけが常に心を支配している状態。


うちの会社では、従業員を雇わなかったのはせめてもの救いだ。

誰かを路頭に迷わせることがない。

俺はこたつに入って温まるくらいしかできることがなかった。




(ピコ)「こりゃ!」




小路谷さんが、ピコピコハンマーで叩いてきた。

それ、どこから持ってきたんだろう。



「高野倉くんは、なんか私に言わないといけないことがあるでしょ!?」



なんだろう。


『結婚は出来なくなりました』かな。

『会社はやっぱり辞めないでください』かな。

『今までありがとうございました』かな。


やっぱり、全部だろうなぁ。

そう考えると、力が抜けてきた。


(ゴツ)こたつのテーブルに額を付けた。



「ピコピコハンマーで死んだ世界で最初の人類!?」



小路谷さんの絶妙に面白くないジョークも、俺のやさぐれた心にはピクリとも響かない。



(ピコピコピコピコ)小路谷さんが俺の頭を連続して叩く。



「いつか言おうと思って段だけど、高野倉くん、多分勘違いしてるんだよねぇ」



ああ、なんかここでも旗色が悪い言葉。

なんか、俺フラれそう……

もう、いっそ、なにもなくなった方が気が楽かも……



「別に私、高野倉くんがお金持ってるから結婚しようと思ったわけじゃないからね?」


「はぁ…」


「社長だからでもないし」


「うん……」


「なんかあったんでしょう?仕事の上で。とんでもないことが!」


「…うん」


「よし、コーヒー淹れるから、ゆっくり聞かしてもらいましょうか」






小路谷さんからコーヒーカップを受け取ると、一通り現状を包み隠さず話した。

ここで何かを秘密にすると小路谷さんに迷惑がかかりそうだったから全部。

『こいつはもうダメだ』とわかってもらう必要があった。




「そんな訳で、小路谷さん……ごめん、結婚できなくなった……」


「は!?」



こたつ越しに胸倉を掴みに来る小路谷さん。



「今が大変な時じゃないの!?」


「まあ、今まさに……」


「そんな時にいなくなる程度だと私のこと思ってんの!?」


「だって、ほら……」


「やっぱりね。私が高野倉くんのこと金(かね)ずるか何かだと思ってると思ってるでしょう!?」


思ってると思ってる?

日本語的に合ってるのか!?

なんか、どういうことか途端に頭に入ってこなくなった。

考える余裕がないだけかもしれないけど……


小路谷さんがこたつを出て、俺の横にぐいぐい入ってきた。

狭い狭い!



「高野倉くんって普通じゃない?」


「まあ……」



そう、俺は特に取り柄もない普通のやつだ。

むしろ、ボッチだし、劣っている点は思いつく。



「いまどき『普通』は難しいからね!?」


「どういうこと?」


「小学校行って、中学行って、高校行って、大学行って、就職して、日本の平均年収が437万円?結婚したら、お父さんが働いて、お母さんは専業主婦で、庭付き一戸建て……サザエさん家(ち)かってね!?」


「はは……」


「実際は、専業主婦は女の人全体の3割くらいだし、パートにも出てない本当の専業主婦は数パーセントだって」


「へー」



よく調べてるな。

専業主婦になりたい女の人からしたら、世の中に数パーセントしかいないのなら、サザエさんは『かなりの勝ち組』と言えるな。



「今の『普通』と昔の『普通』って絶対違うと思うし、私の思う『普通』って、もはや『理想』だと思うの」



普通が理想……



「小学生の時は、足の速い男の子とかスポーツができる子がモテるじゃない?」


「……うん」



今度は、何の話が始まるのか……



「そのうち、勉強ができる子がモテる」


「まあ、そんなとこあるね」


「女の子は、『好き』か『どうでもいい』かで男の子を見てるの」



『好きか嫌い』じゃなくて、『好きかどうでもいい』なんだ……



「大人になったら、難しくなるの。好きじゃないといけないけど、その前に性格が合うかとか、将来性はあるかとか、お金は持ってるかとか、仕事してるかとか、まじめかとか、食べ物の好みもそうだし、身体の相性だって……」



女の人は、結構シビアだなぁ……



「でも、結局自分と『普通』を共有できるか、だと思うの」


「ああ……」


「だから、私の『普通』と高野倉くんの『普通』が近いと私が思うから、その点は合格なのよ」


「そりゃ、どうも……」


「あと、どこが好きなのか……そんなの説明できない」


「できないんかい!」


「だって、どこが好きなのか明確になった時点で、ほとんど打算でしょ?例えば、顔が好きだったら、ケガして顔が変わったら嫌いになっちゃうってことでしょ」


「あー」


「お金のことも、会社のことも、もう『高野倉くんの問題』じゃなくて、『私たちの問題』なのよ!?」



すげえ、小路谷さん。

相変わらず、考え方が男前だ。



「だいたい、起業するなんて一生にそう何度もないでしょ」


「まあね」


「失敗しても当たり前じゃない?最初からうまく行く方が確率的にも難しいでしょ!」



そう言えば、新しい会社は1年以内に6割が倒産するとか、税理士の人が教えてくれたな……



(グキッ)「いて!」



小路谷さんがいきなり、俺の両頬を両手で挟んで俺の顔を小路谷さんの方を向かせた。



(ちゅっ……)いきなりキスされた。



「結婚するって決めたんから、結婚はするわよ!」



小路谷さんの顔は真剣だった。

敵わないなぁ。

やっぱ、俺は小路谷さんが好きだな。


高校の時は、単に見た目でかわいいと思って好きだったけど、あれから何年も経って、人としても好きっていうか……もう、こんな人は今後一生現れないだろう。


俺は、諦めるんじゃなくて、全力で引き留めないといけなかったのか。



(ぐいっ)「ぐえっ」



今度は、胸倉をグイっと掴まれた。



「まさか、たかがお金を2,350万円持って行かれたくらいで死ぬ気だったんじゃないでしょうね!?」


「そこまではないけど、なんかのドラマでは2,000万円無くなって首くくってる工場経営の社長の話があったんだけど……」


「首吊ったら殺すわよ!」



それどっちも死んでるよ……



「あの夜中に車で海に突っ込みそうになった時、私は1回死んだと思ってるから。なんかあったら高野倉くんと一緒に死んであげるわよ」






……俺は小路谷さんを抱きしめて、不覚にも泣いてしまった。






大人になって映画とか以外でこんなに感動することってあるのか!?

たぶん、今日のこと、今のことは、10年後も20年後も、多分、死ぬまで忘れないだろう。



「もう……やられるばっかりじゃなくて、なんか反撃の方法はないの?」



小路谷さんのこの一言で、俺の…いや、俺たちの反撃が始まった。


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