5_バレンタインと相談とドライブと
「高野倉くん、はい、ウーピーパイ」
小路谷(こうじや)さんから牛乳パックを横にしたくらいの大きさの包みを渡された。
「これは?『これが私の出した答え』的な?」
「わたしゃ海原雄山か」
「中、なんかの料理だよね?『料理人は料理で語る』的な話でしょ?」
「違う、違う。開けてみて」
包装をといて、箱を開けてみると、丸い丘形のチョコレートケーキで間にクリームが入ったお菓子が3個入っていた。
「さすがに、ここから小路谷さんの意図を汲み取るのは難しいかな……」
「だから違うってば!これがウーピーパイ!お菓子の名前!」
「え!?これがウーピーパイ!?」
今まで俺たちは何を指してウーピーパイと言っていたのか……
「今日、バレンタインでしょ?チョコレートケーキだしタイムリーかなと思って作ってみたの」
作ろうと思って、作れてしまうところが小路谷さんすごい。
■ウーピーパイ
コーヒーを淹れてスタッフ(俺たち)が美味しくいただきました。
「美味しいね。ウーピーパイ」
「ホント?気に入ったら、また作るよ?」
「もう一個の方のウーピーパイもいただきたいところなんだけど……」
「なに?私の初めてのウーピーパイだけじゃ足りないっていうの!?高野倉くんに初めてを捧げたのにっ!」
身体をくねくねさせながら小路谷さんが答えた。
「言い方!」
どこでどうやったら、こうなっちゃうんだろう。
面白いけど。
「あ、そうだ、来週の土曜日の夜ちょっと出てくるね」
「なに!?合コン!?浮気!?新しいウーピーパイをつまみ食いに!?」
「この場合、ウーピーパイは何を指しているんだ……そうじゃなくて、村吉くん」
「ん?」
「この間の同窓会でアカウント交換してたから。『ちょっと会わねー?』みたいな……?」
「なんで嬉しそうなのよ!私と会う時より嬉しそうなんだけど!!」
「いや、ほら、あの村吉くんだよ?会いたいって言ってくれるならさぁ……」
村吉くんと言えば、目が鋭い。
俺の中では『ジャックナイフ』ってあだ名をつけて密かに呼んでいた元同級生だ。
「それはおかしい!」
「……///」
「なんで、ちょっとテレてるの!?下手な女に会いに行くより質(たち)が悪いわ!」
「へへへ……あと、ほら相談とかもしたいしさぁ」
「そ~だ~ん!?」
小路谷さんが急に胸倉を掴んできた。
目が怖い、目が!
「アナルの相談じゃないでしょうね!?」
「何だよ、アナルの相談って!?村吉くんFPらしいからさぁ。お金の話を聞いておこうかな、と」
「ホントでしょうね!?私も行くわ!」
小路谷さんの疑惑の目が痛い……
「でも、男同士の話だし……」
「ハツネちゃんも呼べばいいでしょ!一人で行ったら絶対アナルの話をしてくるでしょ!?」
「俺どんな人だよ~」
村吉くんの彼女が『なんとかハツネちゃん』だ。
苗字は忘れた。
聞いたけど、忘れた。
■久々の飲み会
飲み会は、村吉くんの家の近くの居酒屋に行った。
うちからは結構な距離があるので、帰りのことを考えると、あえて車にした。
小路谷さんが飲まないと言ってくれたので、帰りがけはハンドルを任せるとして、行きは俺が運転した。
「高野倉くん、あなた社長なんだから、車は軽じゃなくてもうちょっといいのにしたら?」
「うーん、正直走ればいいかなって思ってて……」
「まったく……」
(ガラガラガラ)「いらっしゃーい!何名様で?」
暖簾をくぐり、ドアを開けたらすぐに声をかけられた。
居酒屋らしい居酒屋だ。
「あ、先に連れが来ていると思うんですが……」
「あ、村吉くんとこかな?ミサキちゃん、お客様2名様、村吉くんとこにご案内」
「はーい!2名様ごあんなーい!」
とてもアットホームな店らしい。
「あ、来た来た!うわ、小路谷さんめっちゃきれい!あいたっ!」
横のハツネちゃんにレバー(肝臓)にアッパーを入れられていた。
これだけで大体の関係が分かる。
「きゃー!ハツネちゃん久しぶりー!」
「きゃー!美穂ちゃん久しぶりー!」
なぜ、女子は挨拶の時、両手で小さく手を振りながら近づくのか……
「「「「カンパーイ!」」」」
つつがなくみんなで乾杯をした。
「それにしても、ホントに高野倉と小路谷さん付き合ってるんだな」
「変かな?」
小路谷さんがサラダをみんなに取り分けながら聞いた。
「あ、ありがと。いや、変じゃないけど、高校時代を知っていると意外っていうか……」
サラダの小皿を受け取りながら村吉くんが言った。
「それは私も分かる」
ハツネちゃんも分かるんだ……
「でも、3年間、同クラだよ?」
うちの高校の場合は、2年までで理系・文系が分かれて、3年になる時に進学・就職に分かれていた。
あまり頭のいい高校ではなかったので、3年になるタイミングで進学をあきらめる人が多かったからだろうか……
そんなのもあって、1組(特進クラス)と2組(準特進クラス)の進学組が、3年になるタイミングで1組になった。
クラスは同じだけど、『元1組(特進)』と『元2組(準特)』のグループに何となく分かれ、最後まで一枚岩という感じにはならなかった。
「あんときは、特進と準特とか言ってたけど、あの高校のレベルでは、どっちも大学受験厳しかったー。ホント、『井の中の蛙』を実感したわー」
「確かに、別々のクラスだったね」
村吉くんとハツネちゃんは1組出身で、僕と小路谷さんは2組出身だった。
「ほら、そう言った意味では、高野倉くんと私は3年間一緒だったし?」
何故か小路谷さんがちょっとどや顔だ。
「まあ、ほとんど話したことなかったけどね」
「それだよ!どうやって付き合い始めたんだよ!?」
「なんとなく連絡先は知ってて、合コンをセッティングして……そんな感じ」
「へー、俺もその合コン行きたかったわ!(ぎゅー!)痛い痛い!」
村吉くんが二の腕部分を思いっきりつねられていた。
「村吉くんは、その頃、もう私と付き合ってたよね!?」
「嘘!嘘!ハツネ一番!あー、嬉しいなぁ、こんなかわいい子と結婚できて!」
「「ははははは」」
「ねえ、村吉くんは結婚するの?」
「ああ、そろそろ年貢を納めるわ」
「へー」
「わぁ!ハツネちゃんおめでとう!」
「ありがとう!式するときは呼ぶね!」
「ありがと」
「そっちは?」
「うーん、今、話を進めてるた感じだけど、ちょっとトラブルがあって……」
俺が答えつつ、小路谷さんの方を見ると、グーを作って『殴るぞ!!』って顔をしていた。
「……なんもトラブルないです」
「はは。なんとなく、お前らの関係も分かったわ」
「なんか、高野倉って言ったら、『しゃべらねえやつ』ってイメージだった」
「え?俺ってそんなイメージ?」
「俺の中では『小太りメガネ』だった。」
「ぷっ」
こぶとりメガネって・・・
小路谷さん、そこで吹き出すのかよ。
「じゃあ、俺は?」
「村吉くんは、『ジャックナイフ』って呼んでた。俺の中で」
「おお!かっこいい!ジャックナイフ!なんで、なんで!?」
「いや、目つきが怖くて……」
「俺、気にしてるんだよ……目つきわるいの……」
村吉くんがばつが悪そうに頭をかきながら答えた。
「あ、でも、同窓会の時、優しくなったって思った」
「ホントか!?」
「うん……」
「……」
「……」
「どっせーい!なんでそこで男同士テレ合っとるんじゃーい!」
小路谷さんに突き飛ばされた。
『どっせーい』ってどこの掛け声だよ……
「やっぱり男か!?男の方がいいんのんかぁ!?」
小路谷さんに胸倉掴まれて問いただされてる。
助けを求めて村吉くんとハツネちゃんの方を見たら……大爆笑してた。
ハツネちゃんなんか息ができないくらい笑ってるし……
「お前ら最高な!」
「ホント高野倉、面白いやつだな。呼んでない同窓会にくるし、久々に会ったら痩せてるし、メガネなくなってるし、社長になってるし、あの小路谷さん連れてるし……」
「でも、大学は一浪だし、就職は結局できなかったし、そこら辺は小路谷さんの手柄かなぁ……」
「お前、そこは普通もっとドヤるとこだろう!ホント小路谷さん好きなのな!」
「へへへ……」
ついて頭をかいてしまった。
「あ、テレてる高野倉くんかわいい!」
「なに!?次は女!?」
「小路谷さん、なにと闘ってるんだよ……」
小路谷さんは通常営業だった。
「あー、笑ったわー」
「村吉くんに楽しんでもらえて嬉しいよ」
「俺ら高校自体にもこうやって話せたらよかったな」
「それは無理だよ……」
「なんで?」
「だって、村吉くん目が怖かったし……」
「だから、気にしてんだって、それ!」
なんか、俺がこの場で話していていいのかって気がした。
高校時代には、話すこともできなかった男子と普通に酒飲んで話して。
高校時代には、話すこともできなかった女子と付き合って、半同棲して。
……ハツネちゃんとは特に交流がないな、今も。
「どうしたんだよ、高野倉。微妙な顔して」
「あ、ハツネちゃんとは……あ、ごめん。下の名前で。苗字覚えてなくて……」
「あ、やっぱりー!」
「高野倉くん、『室見(むろみ)』だよ。室見ハツネちゃん」
小路谷さんが助け舟を出してくれた。
「ああ……」
「初めましてー、室見ハツネですー。ぶー!」
『初めまして』って、1年間は同じクラスだったでしょ。
……拗ねたのかな?ハツネちゃん。
「ちょっとだけ交流あったじゃない!ほら、文化祭の準備の時ー!」
ハツネちゃんが言った。
「私が飾りつけのために机の上に登って作業してて、バランスを崩した時に……」
「高野倉くんが助けたの!?」
小路谷さんが興味津々で入ってきた。
「あ、覚えてる。助けようと思って、手を伸ばしたんだけど、室見さんが腕をすり抜けて自力で着地した……」
「「……」」
「ははははは!なにそれ~」
「俺、役に立たなくて、ちょっと恥ずかしかったから覚えてる……」
「ごめんって!私も受け止められるのが恥ずかしくって!気合で!」
「それで、それで?」
村吉くんが、話の続きを催促した。
「いや、それ以上何もない。話終了―」
もう、それ以上は何もなかった。
事実とはそんなもの。
別にオチとかそんなものは一切ない。
「マジかよ!?お前ら1年間同じクラスで思い出それだけ!?」
「あとは話した覚えもない」
「確かに、私も話した覚えが無いわ……」
「お前らよくその感じで、また一緒に酒飲むようになったなぁ。面白い!」
「俺も……みんなと酒飲めて嬉しい」
なんか不思議だった。
卒業してまた会うとも思ってなかったし、一緒に酒を飲んで楽しいなんて……
「なんだこいつ!可愛いやつめ!よし!飲め飲め!俺のキープも飲んでいいぜ!」
「あんたらやっぱり!男はダメなのよ!男は!」
小路谷さんが俺の胸倉を掴むんだけど……
「そうそう、今日はバカな話もだけど、高野倉、会社起こしたって言ってたじゃんか?」
「うん」
「俺FP持ってるから、税金のこととか相談に乗れるかなって」
「ああ、俺、税金とかほとんど分からなくて……」
「税理士に任せると結構損するぞ?」
「え?そうなの?」
「そうそう。人によっては出来るだけ銀行から金(かね)を借りろかいうし。信用のため」
「へー」
「村吉くんは、それでどんなメリットがあるの?」
小路谷さんが割り込んで質問した。
「あ、さすがだなぁ。俺の本業は保険屋なのよ。FP(お金の知識)はエサね」
「保険屋……」
「そ、まあ、高野倉に入ってもらえるなら嬉しいけど、それよりも保険屋は人を紹介してもらってなんぼだから、社長仲間とかを紹介してもらえると嬉しい!」
「俺、友達いない……」
「お前、安定してるな……。まあ、俺が『県人会』を紹介してやるよ」
「県人会?」
「そ、まあ……言うならば、『地元の若い社長の会』だな。社長同士の横のつながり、みたいな?」
「へー、そんなのあるんだ」
「地元で100人くらいの会があるよ。毎回20~30人集まって月1くらいで飲んでる感じ」
「ふーん」
「仕事の話もするけど、基本飲み会だから、あんまり難しく考えるな」
「それでも俺、あんま役に立てなさそうだけど……」
「会の中で仲が良いやつが増えたら、俺の信用も上がる。保険とか信用したヤツからしか入らんだろ」
「ああ、なるほど」
「まあ、月一で俺と飲むみたいなイメージじゃね?」
「へー、それは楽しそう」
「そこからJV決まった人とかもいるし」
「……JVってなに?ごめん、俺あんま知らなくて」
聞くのが恥ずかしかったけど、聞かないと後でもっと分からない話になりそうだったので、頑張って聞いた。
「ああ、JVはジョイントベンチャーな。んー、『一緒に仕事をすることになった』って感じか?」
「へー」
「高野倉だったら、ソフト屋とか知り合いがいたら助かるんじゃない?」
「ああ、助かる!良いソフト屋さんいたら助かる」
いま、1社頼んでるけど、思ったようには任せられない。
作業もちょっと遅い。
「確か、県人会にも何社かソフトやってるとこあるから、名刺交換だけしといて後でゆっくり話を聞く…みたいな」
「ああ」
「先に一緒に酒飲んでたら、話もしやすいだろ?」
「そっか。社長同士ってそんな風につながってるんだ」
「まあ、そんなやつもいるってこと」
「それって会費は?」
カルボナーラを食べていた小路谷さんが突然入ってきた。
「ああ、毎回自分が飲む分くらいだから、高くて1万くらい?それも会社の経費で落ちるから悪くないだろ?」
「そっか、会社の経費で飲みに行けるのか。いいなぁ高野倉くん」
小路谷さんが羨ましそうに言った。
割とお酒好きだから、小路谷さん。
「いや、行くなら、小路谷さん一緒に行ってよ!」
「私、社長じゃないし!」
「そこは何とかするから」
「あれ?小路谷さん、高野倉のとこの会社に入るの?」
村吉くんが聞いた。
「うん、誘われてるの……」
「俺、1月病で……」
「なんだその病気は!?」
村吉くんが怪訝そうな顔をした。
とりあえず、この間の俺のダメな話もしておいた。
飲み会代は村吉くんが4人分出してくれた。
大人だ。
お互いの家がちょっと離れてるから頻繁には会えないけど、また4人で飲もうという話になった。
ちょっと嬉しかった。
学校を卒業すると、新しい友達とかできる機会があまりない。
まあ、高校時代の同級生なんだけど、俺にとっては、ほとんど交流がなかった2人なので、新しい出会いって感じで嬉しかった。
■帰路・小路谷さんの運転
帰りがけ、小路谷さんの運転する車で帰った。
「村吉くんどうだった?」
「うん、なんか勉強になった気がする……俺の知らないことをいっぱい知ってるみたいだから、飲みながら話聞けるのは嬉しかった」
「そーね」
「小路谷さんは?」
「……とにかく眠いっっ!」
「え?」
「ハツネちゃんいい子過ぎていじれないし、高野倉くんは村吉くんと仲良く話しているし、割と退屈だった……」
「あ、ごめん。気づかなかった」
そう言えば、小路谷さんの下ネタをあまり聞いていない。
悪いことしたなぁ。
「……」
「……」
「小路谷さん?」
「……」
「小路谷さん?怒ったの?」
運転席の小路谷さんを見ると、ハンドルを握ったまま真下を向いて寝ていた。
「こらー!」
頭をはたいて起こした。
「なにー!?ちょっと目をつぶって下向いてただけじゃない!」
「寝てるだろそれ!」
とりあえず、止まった。
安全第一で。
でも、俺は飲んじゃったから運転できない。
小路谷さんになんとか目を覚ましてもらわないと。
路肩に車を止めて、缶コーヒーを自販機で買ってきた。
なんか街中とは思えない静けさ。
どこだここ。
「あち……はい。砂糖なしだよね?」
「ありがと」
小路谷さんがコーヒーを受け取った。
とりあえず、話をして目を覚ましてもらうことにした。
「そう言えば、昔、小路谷さんってスポーツカーに乗ってなかった?」
「うん……あれね。……廃車にした」
「え?なんで?」
「夜中友達とドライブしてて、ちょーーーーーっと目を瞑っているうちに、ぶつかりそうになって、ハンドル切ったら側面から電柱にぶつかって……」
「え!?」
「ぶつかった反動で壁の角にぶつかって、車が上から見たらリボンみたいな形になっちゃって……」
何キロで走ってて事故したらそうなるのか……
「ケガは?」
「一緒に乗ってた子は頭から血が出てたけど、大丈夫で、私は無傷だった」
「奇跡!」
「その子はもう、私の運転に乗ってくれない……」
「そりゃ、そうだろう……」
俺は、今からもう少し乗らないといけないんだけど……
「大丈夫、大丈夫、ゆっくり走るから」
どの口が大丈夫って言っているのか……
根拠がない『大丈夫』は恐怖を増長させる。
「他に、『おもしろ運転エピソード』はないの?」
「またその子だけど、前の会社の同期の子ね?ドライブに行った時、できるだけ側溝に寄せて車を停めたの」
「うん」
「その子がドアを開けた瞬間、消えたの」
「は!?」
「なにが起きたか分からなくて、車降りて見に行ったら、側溝に落ちててさ……」
「はあ……」
「側溝は深さが1mくらいあったんだけど、落ちたはずみでスカートが破けてパンツが見えてた」
「それは狙ってもそんなに面白くならないよ!」
「それもあって、もう私の運転には乗ってくれないの……」
そりゃあ、そうだろう……
「あ、目覚めた!運転するね?シートベルトして?」
怖いよ!このタイミングで!
なにか違う話をすればよかった。
「ちなみに、道に迷ったから、大きい道に出るまでまっすぐ行くね?」
そう、俺の車はナビが壊れている。
GPSのアンテナがダメになっているのだろう。
どこに行っても、車庫から1mも進まないのが俺のナビだ。
なんか、長い直線の道を走っていた。
「小路谷さんは、村吉くんの話どう思った?」
「そうね。県人会ってのは、面白そうだから、2~3回顔出してみたら?」
「うーん、そうだね。最悪、村吉くんは知ってるから退屈はしなさそうだしね」
「……」
「……」
「ねえ、小路谷さん?」
「なに!?大丈夫よ!起きてるよ!?」
「いや、道まっすぐ過ぎない?街灯もないし。後続車もないし。ちょっと止まってみて」
「なになに?」
なんだか真っ暗な中を道だけ見て走る状態だったので、嫌な予感がして止まってもらった。
ちゃんとアスファルトだから、変なとこじゃないと思うけど、今時、街灯がないって……
ただ、周囲は真っ暗で何も見えなかった。
空は曇っていて、星も見えず、遠くの明かりも見えず。
怖いくらいに真っ暗だった。
「ねえ、ライト上にあげてみて」
なんとなく、遠くが見てみたくなって、車のライトをハイビームにしてもらった。
(カチャ)「!!」
そこには、海が見えていた。
波の一部が車のライトに照らされて動いているのが分かる。
ずっと走っていた道が突然終わり、海が広がっていた。
ここは港の近くみたいで、外に出て分かったが、倉庫街。
普通の車はほとんど入ってこないところだろう。
柵も何もなくいきなり海。
あと10~20m走っていたら、車ごと海に落ちっていただろう。
「ちょっと、ヤバくね!?」
「小路谷さんの『おもしろ運転エピソード』に追加されるところだった……」
「完全に目が覚めたよ」
「……安全運転でお願いします」
Uターンして、案内板が出ている大きな道を目指した。
俺は無事に帰れたら、絶対ナビを新しくすると決意した。
(死亡フラグじゃないよね!?)
時間はもう日付を超えた後で、確かに疲れていた。
軽い頭痛がするくらいは眠気が出てきていた。
「小路谷さん、大丈夫?眠くない?」
「ねむい。ねむい。ねむい。高野倉くん、何か目が覚めること言って!」
「……結婚しよう!」
(キ―――――っ!)車が急停車した。
「……あー、びっくりしたー!」
それは俺のセリフで。
「さすがに目が覚めたわ」
小路谷さんが、こっちを見たので、とりあえず、頬に手を添えてキスした。
「……」
「……」
二人の口が離れた時、小路谷さんが聞いた。
「マジ!?」
「マジ」
俺も最低限の言葉で答えた。
短い言葉だったのは、照れ隠しだけど。
真夜中の道路で車は止まっている。
何秒かして、車はゆっくり走り始めた。
「……よろしくお願いします」
小路谷さんが前を向いたまま、突然OKしてくれた。
「いいの?」
「多分、さっきの海で私達1回死んだわ。もう1回なんかあるなら、高野倉くんと一緒に死ぬわ」
「死ぬ気じゃないとOKしてもらえないんだ……」
「女にとって結婚はそれくらいのことなの」
「そか…」
「そうよ」
「ごめん、もう一回路肩に止めて?」
「なんで?もう目は覚めたよ?バッチリ」
「いや、いきなりキスしたくなった」
「!」
この後、路肩に車を止めて、キスをしてから家に帰った。
無事に帰れたのが奇跡に思えた。
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