3_友達の失踪とその奥さん
「え?高野倉くん?いるよ?でも、今は電話では言えない様なことをしているので、ちょっと出られないかな」
「ちょっと!変なこと言うのやめてもらっていいかな!?仕事!仕事してるからね!」
相変わらず、一言一言が安心できない小路谷(こうじや)さん。
小路谷さんが、計画有給とかで今日はお休みらしいので、俺も休みにしようとしていた。
ゆっくりしていたら、クライアントさんからの問い合わせがあった。
答えるだけは答えないと後でもっと大変になるので、30分だけ資料の確認と回答のメールを打っている最中だった。
休みの日が、休みにならないこともある自営業あるあるだ。多分。
電話は、元同級生の倍賞玲子(ばいしょうれいこ)さんからだった。
■01:俺たちのこと―――
俺は高野倉光将(たかのくらあきまさ)。
IT企業のCEO・・・と言うと聞こえはいいけれど、就職できなかったので、趣味で作ったアプリから上がる収益で細々と食べている元ニートでボッチ(現役)だ。
小路谷美穂(こうじやみほ)さんは、俺の彼女。
高校の時は3年間同じクラスだったが、ほとんど話したことがない。
高校卒業後に、俺が大学生の頃に、久しぶりに再会して、何となく会うようになった関係だった。
その関係もそろそろ5年?
つい最近、やっと付き合うようになった次第。
彼女は基本ボッチの俺のことを構ってくれる数少ないとても貴重な存在となっていた。
ちなみに、大学時代は4人組でよく遊んでいた。
その一人が、大学の同級だった仲原与無(なかばるあとむ)と、もう一人が、高校の時1年、2年と同じクラスだった倍賞玲子。
この2人は去年結婚したばかりのはずだが、式とかはしていないみたい。
倍賞さんが肉食系のスキルを存分に発揮して、仲原を落としたみたい。
元々、仲原は小路谷さん狙いだったから。
そして、今回の電話の主が、この倍賞玲子さんからだった。
■02:倍賞玲子からの電話―――
「倍賞さん電話でなんだって?」
「これからこっちに来るって」
「へー、なんで?」
「不倫?」
「は!?」
「あ、間違えた。相談だった」
俺はこたつのテーブルに突っ伏した。
1文字も合っていないのだが・・・『不倫』と『相談』。
この絶妙に面白いのか、面白くないのか分からない微妙なラインのジョーク(主に下ネタ)を会話の端々にねじ込んでくるのが小路谷さんの魅力のひとつだ。多分。
ただ、社会人なんだけど、これでどう会社勤めしているのか不安には思う。
「レイちゃんが相談とか珍しいよね」
「たしかにね」
あの夫婦は、付き合い始めたこととか、結婚することとか、一切俺に教えてくれない感じだ。
なんでなの!?
俺に言うと、どうにかなっちゃうの!?
その一味(いちみ)のひとり、倍賞さんが相談に来ると言ったら、何なのか構えてしまう。
「で?どうする?」
小路谷さんが真剣な顔で聞いてきた。
「どうするとは?」
「新婚さんが来るんだよ!?こっちも負けないように何か準備しないと!」
「何を競っているんだよ」
「当てられて大変なことになるよ!」
「なんにもならないから」
小路谷さんは、同級生になにか先を越されることに対する怯えが凄い。
絶対、なにかそれで失敗する予感がする。
「ちなみに、どんなものを準備しようと思ってるの?」
「ティッシュを丸めて次々ゴミ箱に捨てておくとか、コンドームの空き袋をそれとなく、こたつの中に落としておくとか・・・」
「全部下ネタだよ!あと、地味にリアルだからやめて!」
恥ずかしくて後で誰にも会えなくなってしまう。
■03:倍賞玲子の訪問―――
(ピンポーン)「あ、いらっしゃー!」
憔悴しきった倍賞さんの顔を見た瞬間、『あ、これ、ふざけたらダメなやつだ』と分かってしまった。
部屋に通して、お茶やお茶請けのお菓子を出した後、倍賞さんがポツリポツリと話し始めた。
「仲原くんが・・・いなくなった・・・」
まあ、彼女も結婚して『仲原さん』になったわけだが、この場合の『仲原くん』は仲原与無(なかばるあとむ)の方だろう。
「・・・何かあった?」
小路谷さんが、恐る恐る聞く。
「金曜日に・・・ケンカして・・・仲原くん出て行って・・・今日も会社に行ってないって・・・」
金曜日家出したということは、今日が月曜日だから、金・土・日・月と4日目ってことか。
「警察には?」
「行ったけど、成人の失踪の場合、捜索とはしてくれないらしい・・・」
「え?そうなの!?」
「個人の自由とか、そういうのとの兼ね合いがあるらしい・・・」
なるほど。
じゃあ、Nシステムも使ってくれないだろうなぁ。
『Nシステム』とは、自動ナンバー読み取り装置で、全国の道路に配置してあるのだけれど、警察が探さないと言っている以上、使ってくれないだろう。
「電話は?」
「ダメ」
「LINEは?メッセしとけば見るんじゃない?」
「ダメ」
倍賞さんは嫌に自信ありげだ。
「なんで?」
(コト・・・)「置いていった」
こたつのテーブルの上に仲原のと思わしきスマホが置かれた。
置いて行ったんかーい!
心の中でツッコんだ。
「なんとか、今どこにいるか見つける方法ないかな?」
倍賞さんは結構肉食系で、束縛も強めと聞いていた。
スマホにGPSのアプリを仕込んでおくとか、そんなのを予想していたけど、スマホそのものがここにあるということは、それも絶望的だ。
「ちなみに、ケンカの原因は?」
「・・・言いたくない」
「エロい話か・・・」
小路谷さんが、ここぞとばかりに割り込んできた。
「エロじゃないし」
倍賞さんが律儀に答えた。
「なにか、見つけるヒントになるかもしれないから・・・」
多分ヒントにはならないだろうけど、ため込んでいるよりは、誰かに話した方が少し楽になるかもしれない。
「ボーナス・・・」
「ん?」
「ボーナスを・・・あいつ、隠してた」
「ど、どゆこと?」
「ボーナスだけ別口座に振り込まれるようにして、全部ひとり占めしてた」
確か、ここの夫婦は結婚して共働きだったはず。
ボーナスもお互いが持ち寄ることにしていたのだろう。
「ちなみに、あいつ、サイフ持って行った?」
お金の話が出て、急に気になった。
資金の額によって行ける範囲は大きく変わる。
「うん・・・でも、多分1万くらいしか入ってないはず・・・」
「少なっ、それじゃそんなに遠くには行けないね」
小路谷さんが、少ないと言った。
ちなみに、俺の財布の中には三千円くらいしか入ってないから、多いと思ってしまった。
ほら、最近コード決済とか多いし。
「カードは?」
「いつも使ってるのが2~3枚・・・」
「ちょっと、仲原のスマホ借りるね」
「いいけど、ロックされてて・・・」
倍賞さんの言うことは聞かずに、スマホに暗証番号を入力していく。
6桁か・・・ちょっと面倒だな・・・
「何回か入れてみたけど、開かなくて・・・」
倍賞さんは弱々しく続けた。
「はい、開いた」
「「ええ!?」」
「ど、どうやって!?」
「あいつの考えそうなことを予想したら当たった」
「え?誰のでもできるの?」
よほど驚いたらしく、倍賞さんが聞いた。
「いや、小路谷さんのは開けられると思う。でも、倍賞さんのは無理そう」
「ええ!?私のスマホのロック開けられるの!?」
小路谷さんが驚いた。
「もちろん、何回かは失敗するけど、多分・・・いける」
「またまた~、たまたま開いたからって」
疑惑の顔で自分のスマホを出してきた。
受け取り、いくつか候補を入れていく。
また6桁か・・・うーん・・・
「はい」
「嘘!」
スマホを小路谷さんに返す。
「あ!開いてる!嘘!中見た!?」
「いや、見てないけど、そんなに警戒されると逆に何が入っているのか気になるよ・・・」
「嘘!もし見られたら、もうお嫁にいけない!」
「そしたら、俺がもらうから心配すんな」
小路谷さんが、両手で顔を隠して、その辺に転がった。
顔が真っ赤なんだけど・・・
防御力はゼロだな、この人。
それよりも、スマホの中身が、すごく気になるから、今度、夜中に見てみようかな・・・
「もう!そこでイチャつかないで!」
「あ、ごめんごめん。別にイチャついてるつもりはないんだけど・・・」
倍賞さんに怒られてしまった。
自分のノートパソコンを持ってきて、電源を入れた。
検索エンジンにスマホで見つけた店名を入力して、調べてみる。
「スタートが仲原の家だとして・・・広島、大阪、名古屋、東京・・・」
別にプリントアウトした、日本地図に赤ペンで『×』をつけて、線でつないでいく。
ポータブルのプリンターも持って回っていてよかった。
「何それ?」
「クレジットカードの使用履歴で店の名前から場所が分かった」
「え!?ほんと!?」
「コンビニとか『なになに店』ってあるじゃない。ネットで調べたら、住所が分かる」
「なるほど」
「要するに、ご飯を買ったりしたら、どこで買ったかは分かるってこと。リアルタイムじゃないけどね」
『うんうん』と言いながら、倍賞さんが、心配を一瞬忘れて真剣に地図を見る。
地図には日付と時間、だいたいの場所を記入していく。
「これだと昨日の夜に東京にいたことまでは分かるけど、タイムラグがあって、今日の情報までは分からない」
「そっか・・・でも、なんで東京!?」
「さあ?そこまでは・・・それは、本人にしか分からないかな」
コーヒーを淹れなおして、少し落ち着いた頃、もう一つ思いついた。
「あ、カード会社に電話して、最新の履歴を聞いてみて。緊急だって言えば教えてくれるかも。あいつの生年月日とカード番号と・・・配偶者って言えばいいかも」
「カード番号とか分からない・・・」
「じゃあ、メモするから、それ使って」
「何で仲原くんのカード番号知ってるの!?」
「ああ、ショッピングサイトで、カード番号とか『●●●(黒丸)』になってるじゃない?あれをちょっといじくると、元の数字が出るから」
「私、高野倉くんの前でスマホを出さない」
「私も、指紋認証と虹彩認証併用にする」
なんか、すごく引かれてしまった・・・
必要だと思って、調べたのに・・・
クレジットカード会社に電話で聞くと、もう一つ新しい履歴が分かった。
次は仙台だった。
「今日は、北に向かってるね。倍賞さん何か思い当たることない?」
「北・・・ないなぁ」
「北海道に思い出があるとか、一緒に行こうと話したとか・・・」
「ないなぁ・・」
「北海道、北海道・・・」
小路谷さんも考えているみたい。
この4人は、なんだかんだ言って5年くらいの付き合いだから、何かしらの情報を共有している可能性がある。
ちなみに、俺はあいつが北の地について話したのを聞いたことがない。
「北海道ってすごい雪なんじゃない!?」
「多分ね」
九州の人間からしたら、そのくらいの漠然とした感じでしかない。
「まさか、北海道で死ぬ気じゃないよねぇ?スマホも置いて行ってるし・・・」
恐る恐る小路谷さんが言った。
「まさかぁ」
俺もいくらかソフトになるように言ってみた。
「大変っ!早く捕まえないと!ねえ、ここまで分かったら、先回りできないかな?」
倍賞さんは明らかに慌てていた。
「うーん、多分、高速を使わずに、下道(したみち)ばっかり進んでるのは分かるけど、1日に進む距離もまちまちだし、どの道路を使うかも曖昧だし・・・」
「ちょっとまって、東北から北海道にはどうやって行くの!?」
小路谷さんが言った。
「トンネルがあるんじゃない!?」
「ちょっと調べてみる」
再び検索エンジンで調べてみる。
Google先生は優秀だった。
「青函トンネルは・・・自動車が通れない」
「他は?」
「フェリーがあるっぽい。秋田か、青森か・・・何となく青森かな」
「行く・・・」
倍賞さんが立ち上がった。
色々調べたりしていたら、もう夜の7時を過ぎていた、
夕飯も食べてないし、今から福岡を出て東北に行って、フェリーに乗ろうとする仲原を捕まえることが出来るのか・・・
「少し、落ち着こう。今から青森まで行けるのかって問題と、間に合うのかって問題がある」
そのとき小路谷さんが割って入った。
「あの、これ・・・」
俺が調べている間に、小路谷さんがおにぎりとおかずを準備してくれていたみたいだ。
お盆におにぎりとおかずが載っている。
「ありがと、みぽりん」
倍賞さんが、小路谷さんに静かに言った。
「レイちゃんも一回落ち着こう」
「うん・・・」
小路谷さんが準備してくれた、おにぎりがおいしかった。
特にみそ汁は、身体に沁みて一息つけた気がする。
食べながら調べると、飛行機を使っても福岡から青森に飛ぶ飛行機は一番遅くて17時30分発だった。
とっくに飛んでしまっている。
朝は、一番早い便で朝の7時発。
青森空港に着くのは昼前だ。
そこからレンタカーを借りたとして、大間のフェリーターミナルまで約3時間。
休憩なしでも昼の2時ごろにしか着かない。
仲原が順調に北上したとしたら、ギリギリか、通り過ぎた後かということになる。
この内容を倍賞さんに伝えた。
「行く!」
意思は固かった。
「ごめん・・・私は、明日、仕事あるし、いけない・・・」
小路谷さんが言った。
そりゃあそうだ。
大学生じゃないんだから、『友達が失踪したから会社を休みます』が社会的に通用するのかどうか・・・
「じゃあ、俺が一緒に・・・」
「ダメ!」
小路谷さんが食い気味に止めた。
「ちょっと来て!」
俺は腕をぐいぐい引っ張られて、風呂場にまで来た。
倍賞さんに聞かれたくない話かな?
「行かないで!」
「でも、距離も遠いし、フェリーも複数あるみたいだし・・・」
「ダメ!」
袖を掴まれてる。
「日帰り出来ないよね!?泊まるかもだよね?」
「俺も仕事あるし、早く帰りたいけど・・・仲原も気になるし・・・」
「レイちゃんはダメなの!夜はダメなの!」
ヒソヒソ声だが、興奮している。
「何かあったの?」
「レイちゃんは、肉食系だから。夜になると変貌するの」
「そうは言っても・・・」
「不安な状態だし、高野倉くんじゃ断り切れない!」
過去に何かあったのかもしれない。
こんな不安な顔をした小路谷さんは見たことがない。
そこまで言うなら、やめておくか。
「でも、意外。普段あんな感じなのに、真剣にやきもち焼いてくれて・・・何か新鮮」
「ばっ!やきもちじゃないですー!違いまっすー!バーカ、バーカ」
「はいはい。子供か」
急に通常運転の小路谷さん。
「リアルNTR(寝取られ)とか笑えないだけー。あと、『あんな感じ』ってなんだYO!」
「どこで覚えてくんの?そういうの」
俺の首に手を回してきて、小路谷さんの顔がめちゃくちゃ近づいた。
「行かない?行かない?行かないなら、ちゅーしてあげます」
「もう、行く気ないよ。いいもん見れたし」
「ぬうっ」
小路谷さんが、すごい顔してる。
変顔か!?
「あ、ちゅーは待ってるよ?」
「ぬううっ」
一段と変顔。
「その顔はやめてもらえるかな?どうせなら可愛い顔がいいんだけど・・・」
「んー」
変顔一転、目をつぶって唇を差し出してきた。
思いっきり抱きしめてちゅーしてやった。
やりましたよ。
とりあえず、部屋の戻って倍賞さんに伝える。
「一緒に行こうと思ったけど、ちょっと都合がつかないみたい」
「あぁ、ありがと。場所とかだけ教えてくれたら大丈夫だから」
力なく微笑む倍賞さん。
何か弱々しいんだよなぁ。
いつもイケイケな感じなので、調子が狂う。
「ちょっと、みぽりん顔真っ赤なんだけど、裏でなにしてたの!?」
「あ・・・」
何故この人は、息をするように下ネタを言うくせに、直接的な接触に弱いのか・・・
「じゃあ、道とか印刷しよっかな」
「ありがと」
「あと、飛行機・・・ん?」
「どうしたの?」
「最新のクレジットカードのログが出た」
「嘘!どこ!?もう、北海道入った!?」
「いや、千葉だ」
「「え!?」」
「戻ってる!?」
「一回、仙台までは間違いなく行ってるから、戻ってるね」
「どういうことだろ?」
「うーん、分からないけど、予定変更で、飛行機は取らない」
「うん」
「ちょっと様子見かな。とにかく、動きの法則が変わった」
「明日、もう一度来ていい?」
一回帰るということだろう。
仲原がどう動いても、今日帰ってくることはない。
明日も、別に来る必要はないのだけど、倍賞さん一人では不安なんだろう。
「ああ、いいよ」
「高野倉くんは何時にここくるの?」
「うーんと、夕方くらい?」
ホントは、朝からずっといるけど。
多分、今日はこのまま泊まっていくし。
「夕方の6時にはいるかな?」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ、6時ごろくる」
「うん。送って行かなくて大丈夫?」
「うん、車で来たし」
「そか、じゃ。お疲れ様。気を落とさないで。このまま帰ってくるかもしれないし」
「うん・・・」
(バタン・・・)
倍賞さんが帰って行った。
■04:2人の過去―――
「倍賞さんと何かあった?」
「え?なんで?」
「俺に倍賞さんと一緒に青森行ってほしくなかったんでしょ?」
俺と小路谷さんは、倍賞さんが帰って2人だけになったあと、こたつで話をした。
とりあえず、缶酎ハイを開けた。
「昔ね、ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ、いい感じになった人がいたの」
「うん・・・」
「あ、今の感じ、やきもち?やきもち?」
「うん(怒)」
「知り合った直後にレイちゃんに紹介したら、取られちゃったの」
「え!?」
「レイちゃん肉食系だから、すぐヤっちゃうの」
「マジかよ!?よくそれで友達続けられるね」
「それ以外は良い子だから・・・」
「ふーん、それで今回もって感じ?」
「レイちゃんどこか、スポーツ感覚だから・・・」
「それって後腐れない感じ?」
(ビシっ)気付けば小路谷さんのチョップが俺の額に決まっていた。
「いや、冗談だから・・・」
「レイちゃん可愛いし、自分からグイグイ行くから勝率は9割以上なの」
「すげえなぁ」
「・・・俺は大丈夫だよ」
「え?」
「どんなに酔っぱらってたとしても、小路谷さんが悲しむようなことはしないよ」
「嬉しい・・・よし!おっぱい揉んでもいいよ」
「なんかさぁ、下ネタをね・・・とりあえず、じゃあ、よろしくお願いします」
「え!?」
座っている小路谷さんの後ろに回り込み、背中を触って、ブラのホックを外す。
「え!?な、なに!?」
驚いている小路谷さんを無視して、シャツの裾を引っ張り出して、左右から手を入れる。
「え!?ちょ!ちょ!生(なま)!生(なま)は!」
「だって、せっかくだから・・・」
「ちょ!生でそんなにしたら!あっ!待って!」
「・・・」
ちょっと落ちついた頃には、日付も変わる時間になっていた・・・
「もー!明日仕事なのに!まだお風呂入ってないし!」
「じゃあ、一緒に入る?」
「そしたら、私寝る時間が無くなる!」
割とガチで怒ってそうだったので、この日は2人ともお湯は張らずに、シャワーでおとなしく寝た。
小路谷さんがシャワーを浴びている間に俺が部屋を掃除はした。
ベッドのシーツもなにもぐしゃぐしゃだった。
ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
翌日は、朝、俺が彼女の会社まで車で送ることで手を打ってもらった。
■05:倍賞玲子再訪―――
倍賞さんが約束の6時より1時間近く前倒しで来た。
まだ5時過ぎだ。
(ピンポーン)「はーい」
まだ、小路谷さんは帰ってきていないけれど、外で待たせるわけにも行かないので出た。
「あ、高野倉くん、今日もよろしく」
「ああ、仲原まだ帰ってきてない感じ?」
「うん・・・」
「そっか、小路谷さんまだ帰ってないけど、とりあえず、入って」
「うん・・・」
倍賞さんにお茶を出して、パソコンを立ち上げ、準備を始める。
「鍵・・・もらってるんだね」
倍賞さんが聞いてきた。
俺が小路谷さんに合鍵をもらっているのだと思っているらしい。
実際は、ほとんど一緒にいるので、合鍵をもらう必要がなかった。
一応、玄関に置いてあるのは知っているので、自由に使える状態ではあった。
「まあね」
「うまくいってる?」
「うん。そっちは?」
「うん・・・まあ・・・」
まあ、旦那が絶賛家出中なのだからうまくいっているはずはないのだけれど・・・
「2人が大学生の頃さぁ」
「ああ、俺と仲原がね」
「そう。あの時の合コンで私とみぽりんが、どっちがどっちを取るかって話になったの」
「へえ」
なんか、それ、俺聞いていい話なのか?
「仲原くん日焼けして褐色だったし、カッコよくて、強そうだったし」
「うん」
確かに、仲原は地黒なイメージだ。
健康的って感じ?
スポーツマンだし。
背は180cmくらいあるので、俺より高い。
「絶対、仲原くんがいいって思ったのに、高野倉くん後からどんどん痩せて、カッコよくなったし・・・ニートだけど・・・高野倉くんのが正解だったのかなぁ・・・」
何かエクレアの横にシュークリームが置いてあって、エクレアを選んだけど、1口食べたらシュークリームにしたかったみたいな・・・?
まあ、仲原はイケメンだし。
それはいいや。
小路谷さんの話を聞いていたから、何とも思わないけど。
そうじゃなかったら、俺に気があるんじゃないかと思えてしまうような、思わせぶりなことを言ってないか・・・!?
(バターン!)「だたいまっっ!」
小路谷さんが帰ってきた。
まだ5時40分くらいなので、かなり早めに帰ってきた。
ちゃんと定時までいたのか!?
「おかえり」
「おかえりさなーい」
「あ、レイちゃんいらっしゃーい」
なんかすごい汗かいてる。
髪もばさばさだし。
小路谷さんがうがいしている間に、タオルを準備して持って行く。
ワンルームなので、洗面所はユニットバスの中だ。
「はい」
「あ、ありがと」
タオルを受け取り、汗を拭く。
それが終わると、襟をグイっと引っ張られた。
「大丈夫だった?」
「え?あ、うん。なにもないよ?ちょっと話をしてただけ」
「私とキスできる!?」
(ちゅっ)
途端に、顔が真っ赤になる小路谷さん。
「できるかって聞いただけで、しろって言ってないし!」
なんか狼狽える小路谷さん。
「いや、なんか可愛かったから・・・つい・・・」
「こっちは、女を捨てて全力で走ってきたっての!」
そんなことで女を捨てないでほしい・・・
よほど警戒しているらしい。
それほど、昔のことが悔しかったのかな?
「今日の分は、まだこれからだから、なんだったら先にシャワー浴びたら?」
「うん、後にする。ご飯準備しないと」
「ああ、大変だと思って、今日はホカ弁にしようかと思ったんだけど。後で買ってくるし」
「ほんと?」
「ご飯はまた別の日にお願い。あの、色々煮たやつが食べたいな」
「色々・・・がめ煮?」
「ああ、そうそう、それ」
「スーパーでもお惣菜で売ってるよ?」
「うん・・・この前買ったけど、なんか味が違った」
「しょうがないなぁ。じゃあ、今度作ったげよう!」
「うん、お願い」
準備が出来て、今日の仲原の動きをチェック。
東京に移動して、神奈川、静岡・・・帰ってきてるな。
行きに比べて、スピードは遅めだけど、確実に福岡の方向に戻ってきている。
一応、概算だけど、1日の走行距離と全体距離から推定したら、木曜か金曜日には帰ってくる計算になる。
今日の経過を倍賞さんに伝えると、泣いていた。
正確な位置とか、正確な帰宅時間とか必要ないのだと思った。
『帰ってきている』と言う事実だけが彼女には必要だった。
この日は、比較的すぐ解散になった。
俺が、ホカ弁のごみを捨てていると、小路谷さんのパンチが俺のレバー(肝臓)の辺りに入った。
もちろん、本気パンチではなく、ゆるゆるパンチなのだが、一応『急所』だからね。
「私が帰ってくるまで何もなかった?」
まだ言ってるし。
よっぽど過去のことがトラウマになっているのかな?
小路谷さんの腰の辺りを抱きしめながら『確かめてみる?』と聞いたら、『確かめる!』と割とガチな答えが返ってきた。
・・・数時間後、小路谷さんが全裸でベッドの上に横たわってる。
「どうだった?」
小路谷さんの隣で聞いてみた。
「確かまった。きゅー・・・」
『確かまった』って過去に聞いたことがない言葉だが、信用してくれたらしい・・・
・・・結局、風呂に入るのは深夜になった。
翌日は、俺がパソコンで調べて、小路谷さん経由で倍賞さんに伝えてもらった。
京都くらいまでは戻ってきていたので、あと1日、2日と言ったところだろう。
■06:仲原与無(なかばるあとむ)の帰還―――
翌日夜8時ごろにスマホが鳴った。
公衆電話からみたいで、誰からかは分からない。
通常ならば出ないが、こんな時なので、一応出てみた。
「あ、高野倉?」
仲原だった。
「おまっ・・・!」
小路谷さんを見たら、気付いていないみたいだった。
そそくさと玄関の方に移動する。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
「あ、うん」
とりあえず、嘘を言って家を出た。
マンションの階段を下りながら話を続ける。
「どうしたん?」
色々言わずに仲原に聞いてみた。
「今どこ?小路谷さんのとこ?」
「ああ」
「じゃあ、下にいる。ちょっと話できるか?」
「ああ、いいよ」
下に降りると仲原がいた。
思ったより汚くなかった。
途中どこかで銭湯とかに入ったのかもしれない。
「なんか大変だったみたいじゃない?倍賞さんに聞いたよ。あ、倍賞さんも今は仲原さんか」
「はは・・いいよ。ちょっと話せないか?」
「ファミレスいく?」
「いや、そこらの公園で十分」
「わかった」
すぐ近くの児童公園に移動した。
途中、自販機でコーヒーを2本買って、1本を仲原に渡した。
大人になると、ただ話すのにも小道具が必要だからめんどくさい。
「小路谷さんとはうまくいってるのか?」
どうして夫婦で同じことを聞くのか!?
よっぽど俺は信用がないらしい。
シャツの襟部分をめくって肩を仲原に見せた。
「なに?」
「キスマーク・・・ていうか、歯形だな。見えない?」
「ああ、あるわ・・・歯形」
やきもちなのか、なんなのか、昨日噛まれたし。
「予想以上にうまく行ってたわ。あー、って思った。
「どういうこと?」
仲原が缶コーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「実はさぁ、俺、小路谷さんに告白したんよ」
「はあ?いつ!?」
「去年の夏前かなぁ・・・花火大会に誘って」
なんか、もやもやする面白くない話が始まる予感だった。
「それで?」
「・・・フラれた。好きな人がいるって」
「そか・・・」
そうでもなかった。
「玲子にプロポーズしたのが、そのちょっと後だったのがこの間バレて・・・」
「はあ!?」
どうやったらバレる!?そんなの。
仲原のことだから、酔った勢いかなんかで、自分で言ったのかもしれない。
「それでケンカになって・・・」
「ボーナス着服じゃなかったのか?」
「ああ・・・ボーナスはボーナスで着服した」
「お前は・・・」
なんか、どうしようもないヤツだ。
「なんか、本当にこれで良かったのかって思ったら、とにかく走りたくなって、まっすぐまっすぐ走った」
「ああ、仙台までは知ってるよ」
「・・・驚いた。高野倉はすげえな」
「倍賞さんにも伝えたよ。途中から引き返したのも。泣いてたぞ!?」
「そか・・・」
「なんか、もう一回・・・って思ったけど、もう、チャンス無かったわ」
「?」
「いや、ありがとう。俺、帰ってあいつに怒られるわ」
「怒ってくれるだけ幸せだぞ!?これはかなりでかいペナルティだから、10年くらいは言われるぞ!?」
「覚悟しとく。じゃな」
「ああ」
「あ、そうだ!なんで北海道行かなくて引き返した!?」
「雪が凄かった!」
ダメだな・・・こいつ。
結局、何だったのか・・・
ヤツは何を言いに来たのか?
「ただいま」
「あ、おかえり」
小路谷さんはこたつに入って、テレビを見てた。
「缶コーヒー?珍しいね」
「うん・・・おいしくなかった・・・」
「コーヒー淹れよっか?」
「インスタントでもいいからお願い」
「いいよ、ちょうど私も飲もうと思ってたし」
ティファールが2人分のお湯を沸騰させた頃に言った。
「下に仲原が来てた」
「そか。帰ってきたんだ」
「うん・・・」
カチャカチャとカップにインスタントコーヒーが入れられる。
「俺、ずっとあの2人がくっついたから、小路谷さんは俺と付き合ってくれたと思ってたよ」
「たはっ、私モテモテだからね」
「聞いたよ。夏ごろの話。花火大会に誘ったって」
「んー」
カップにお湯を注いでいく小路谷さん。
牛乳を入れたらカフェオレの完成。
小路谷さんはなにも言わなかったけど、耳まで真っ赤だったから、全部わかった。
「カップこっち置くね?」
「ありがと」
「こちらこそ」
■07:閑話―――
そう言えば、気になっていたのが、小路谷さんのスマホ。
夜中に目が覚めたから、ロックを解除してみようかと。
あ、暗証番号が変わっている。
よっぽど見られたくないらしい。
隠されると見たくなるのが人というもの・・・
じゃあ、こっちかな。
いくつか別の候補を入れていく。
「よし、開いた」
写真フォルダかな?
・・・なんか寝顔の俺の写真がいっぱい。
中には、小路谷さんが寝ている俺にキスしている写真もある。
・・・見なかったことにしよう。
ふと、後ろに気配を感じた。
バッとスマホを取り上げられた。
小路谷さんが起きてしまったらしい。
「見た!?どこを見たの!?なにを見た!?」
「いや、ごめん。何も見てないよ?暗証番号変わってたし」
「その顔は見た顔よね!?どこ!?なにを見たの!」
嘘はすぐバレているらしかった。
その後、2日くらい口を聞いてくれなかった・・・
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