2_俺達のウーピーパイ
「高野倉くん、姫始めしようぜぇ」
「小路谷(こうじや)さん、『のび太野球しようぜぇ』的なノリで下ネタ言うのやめてもらっていいですか?」
「てへっ」
そう言いながら、小路谷さんは自分の額をぴしゃりと叩いた。
完全におっさんだ。
中におっさんが入っているに違いない。
■01俺達のこと―――
俺と同級生、小路谷美穂(こうじやみほ)さんは、高校時代3年間同じクラスだった。
でも、ほとんど話したことはなかった。
だって、当時、彼女は剣道部主将の先輩と付き合っていたし、俺はゴリゴリのボッチだった。
彼女がリア充代表ならば、俺は陰キャ代表。
彼女が水なら、俺は油、けっして混ざることがない関係だった。
でも、水と油は玉子を入れることで、混ぜることができるらしい。
乳化と言ったか。
俺と小路谷さんは、卒業後に『劣等感』という乳化剤で1つになり付き合うことになった。
ただ、高校時代のイメージが強いのか、お互い苗字で呼ぶのが変えられない。
試しに下の名前で呼び合ってみたが、恥ずかしくて呼べなくなってしまったのだ。
現在では、苗字呼びに戻って改善されている。
彼女は地元の小さな企業に勤めていて、俺は自分1人だけの会社を何とか運営している。
でも、お互い年末年始はお休みだ。
彼女は7連休らしい。
一応、俺も彼女の休みに会わせて7連休にしたけれど、アイデアを思い付いたらすぐにメモしたり、パソコンでソフトに反映したりと、どこまでが休みなのか微妙な状態だ。
■02:現在―――
でもまあ、年末年始は彼女の家に入り浸って、ダラダラと過ごしている。
今も、こたつに入ったまま動けないでいる。
テレビは見るけど、DVDは借りに行くのがめんどくさい。
外は寒いので、コンビニに行くのも控えたい。
そろそろこっちのテレビもネット動画が見れるようにしないと・・・
「高野倉くん」
「なに?」
「ずっと秘密にしていたけど・・・私、今年で27歳なんですよ」
「知ってたか?俺とあなたは同級生だから、俺も27歳なんだよ」
「ふふふ」
何がツボだったのか、こたつのテーブルに顔を伏せて笑う彼女。
酔ってるのかな?
正月なので、ちょっといい泡の出る日本酒を開けたから。
「今年また1つ歳をとると思うと、なぜか焦る理由を教えてほしい・・・」
「そうなの?そんなのある?」
「女にはあるのよ。25日の夕方になったクリスマスケーキの気持ちが分かるんです」
「割引されてる感じ?」
「そう、24日までは、あんなにちやほやされていたのに、急に投げ売りされてさぁ」
「俺は、26日でも美味しく頂いてしまう方かなぁ」
「そういう私は、高野倉くんに美味しく頂かれてしまったけどさぁ」
「新年早々下ネタぶち込んでくるのやめてもらっていいですか?」
「ふふふ・・・愛情の裏返し♪」
「いやいや、裏返さないでそのまま出してもらって構わないんだけど・・・」
「それはそれ。照れ隠し的なものがあるじゃないですか」
「俺はきみの羞恥心の物差しがどうなっているのか知りたいよ」
「またまた~、好きなくせにぃ」
「確かに、小路谷さんのそういうところも好きだけどね」
「(ごつっ)・・・」
こたつのテーブルに額をぶつけて、ぷるぷるしている小路谷さん。
どうかしたのだろうか。
「高野倉くんの天然はねぇ!時に私をキュン死させるからね!」
小路谷さんが、むくりと起きて抗議してきた。
なぜちょっとキレているのか分からない。
■03結婚情報誌―――
「初詣行く?」
こたつの中で小路谷さんが手をつないできた。
「んー、俺、人が多いところ苦手。毎年行ってないんだよね」
「でも、普通、初詣行くよね?」
「普通じゃなくていいから、人ごみにはわざわざ行きたくない・・・」
「なるほど」
「神様も大変じゃない?一年で一番多い時期のお願いは聞く方も雑になるんじゃない?」
「ふふふふふ。そうね。神様に気遣い(笑)」
小路谷さんが笑った。
神様があたふたしている様子でも思い浮かべたのだろうか。
「でも、神社は好きだから、1月の後半とか、2月とかに行くかな」
「へー、高野倉くんらしい」
「俺、普通じゃなくていいし」
ちょっと退屈になったので、そこらへんに落ちている雑誌をあさる。
「あ、ここの雑誌の束の中に、結婚情報誌があるんだけど、さっきのケーキの話も含めて結婚の話?」
(ドカッ・バシャ―)
「あーあーあー!雑巾、雑巾!」
小路谷さんが、こたつの上のコップを倒した。
周りを見たけど、ティッシュしかない。
「ああ・・・日本酒が!ちょっといいやつが・・・もったいない・・・」
小路谷さんが急いでティッシュで拭いていく。
「分かりやすい動揺?」
「あ、違うの。考えてみたけど、私に結婚は無理でした・・・」
「なに、話す前から諦めてんの?」
「私に『普通』は荷が重かった・・・とても無理・・・」
「どういうこと?」
「今、仕事してるじゃない?」
「うん」
「帰って、ご飯つくって、掃除して、洗濯して・・・イチャイチャして・・・」
「・・・うん」
最後の『イチャイチャ』がちょっとテレる。
「結婚したら、それとは別に家のこととか・・・子供とか・・・私には無理そう」
「あ、仕事は続けたい派なんだ」
「んーん、仕事を辞められるなら1秒でも早く辞めたい」
「そこまで!?」
「なんかねぇ、人間関係が・・・」
「え?なんかあんの?」
「うちの会社、社員は10人くらいなんだけどさぁ」
「うん」
「事務は2人で、昼間はほとんどその子と二人っきりなのよ」
「うん」
「この子と何となく合わなくて・・・」
「どんなとこ?」
「書類とか書くんだけど、私のとこ書いたら、仕上げの部分は彼女が書くのよ」
「うん」
「そしたら、見てないうちに私が書いた方の書類は捨てて、全部自分で新しく書いているの」
「なんだそりゃ?」
「いじめかなぁ?何か分からないけど、ずっともやもやする感じ?」
「ああ、自分ルールがある人なんかな?誤字を見つけたら修正じゃなくて、書き直しみたいな」
「そうなのかなぁ・・・毎日もやもやする感じなの」
「うーん、いっそ辞めちゃえば?」
「うーん、それだと生きていけない・・・高野倉くん養ってくれる?」
「いいよ」
「即答かよっ!?」
俺はこたつから出て、小路谷さんの後ろに座る。
後ろから首に抱き着いて、足は寒いからこたつに入った。
「俺は良いと思ってるけどなぁ、小路谷さんと一緒に住むとメリットしかないし」
「・・・私はダメかなぁ。毎日掃除とかできないかもだし」
「なんでそんなに完璧を目指すの?掃除は3日に1回でよくない?」
何なら俺は掃除機すら持っていないのだが・・・
「だって『憧れの結婚』だよ?ちゃんとしたいじゃない」
「俺、いっつもちゃんとできてないから、それだと結婚できないかも」
「そうなるよねぇ」
「じゃあ、結婚じゃなくて『別の何か』だったら?」
「例えば?」
「『結婚』じゃなくて『ウーピーパイ』。基本、今のまま。小路谷さんは仕事を辞めて俺と一緒に住むの。問題が起きたら2人で考える、みたいな」
「『ウーピーパイ』って何だっけ?」
「さあ?今、思いついた」
「それだと私ばっかりメリットがあって、なんか対等じゃない。なんかあって捨てられたら、私もう生きていけない・・・」
小路谷さんを後ろからぎゅっと抱きしめた。
「近くにいてくれたら嬉しいけどなぁ」
ふっと小路谷さんの髪の香りがした。
「高野倉くんは、私からしたらピーターパンだから」
「何かすごい例え来た」
「ネバーランドに行くのは良いけど、帰ってきたら私もう、それまでの生活は出来ないし・・・」
「じゃあ、俺が飛び方を教えるってのは?」
「ヤバイ薬キメル的な?」
「一応、小路谷さんの例えに乗っかったつもりだったんだけど・・・」
「きゃきゃきゃ!ごめんごめん!」
報復としてわきの下をくすぐってやった。
「それで?どうやったら私は飛べるの?」
「ソフトの作り方を教えるよ。アイデアは小路谷さんの方がたくさん持ってそうだから、これで対等以上でしょ?」
「私大学に行ってないけど大丈夫かな?」
「俺も工学部だけど、機械だったから、ソフトは独学だよ?」
「私、吹奏楽部だけど大丈夫かな?」
「今、思いついただけでしょ?それ。吹奏楽部にいたことないし。言いたいだけでしょ!?」
「へへへへ・・・」
小路谷さんが視線をあげて考えている。
想像しているのかな?ウーピーパイ。
「ウーピーパイかぁ・・・」
「そ、ウーピーパイ」
「ちょ!人が考えようと思ってるのに、後ろからおっぱい揉まないでよ!」
「だって、なんかいい匂いするし・・・」
「んっ・・・」
こっちを向いた小路谷さんにキスした。
「「・・・」」
「する?」
観念したらしい。
「する」
この後ちょっと長めにイチャイチャしたので、初詣は結局行けなかった。
■03初詣―――
「ああ、もう2日だ・・・」
外に出た小路谷さんが少し不満そうに言った。
「外さっむ!」
酒も入っていたし、昨日は結局2人ともそのまま寝てしまった。
小路谷さんが言っていた初詣は今日になった。
とりあえず外に出たが、すごく寒いので俺は既に後悔し始めている。
少し大きな神社に行ったら、かなりの人出だった。
まだまだ境内まで距離がある段階で見知った顔と出くわした。
「あ!小路谷さん!」
「あ、ハツネちゃん!あけましておめでとう!」
「おめでとう!」
「きゃー、偶然!」
「偶然!」
同窓会で見た女子の5人グループだった。
小路谷さんと代わる代わるハグして回っている。
どうして女子同士ってスキンシップが多いのか。
しばらく話し込むだろうと思って、1歩離れようとしたところを、みんなと話している最中の小路谷さんにノールックで腕を組まれてしまった。
掴まれてしまっては動けない。
しょうがないので、何となく会話に参加することにした。
「小路谷さんと高野倉くん、やっぱり付き合ってたんだね!」
なんとかハツネちゃんが俺らを見て言った。
「えへへ、捕まりました!これから、姫始め!あ、間違えた。初詣!」
小路谷さんが嬉しそうに答えた。
「1文字も合ってないじゃないか!間違えないだろ、そこ」
ドュクシと軽くチョップでツッコむ俺。
「あいたっ」
小路谷さんが大げさに痛がった。
「いーなー、ラブラブ―!」
「高野倉くん、友達とかいないの?紹介してよー?」
もはや名前も覚えていない子に頼まれた。
「はは、俺、友達少ないから・・・」
その少ない友達は、ついこの間、売れたばかりだが・・・
「いつからー?小路谷さんとは高校時代から付き合ってるの?」
「いや、あの同窓会の後くらいから・・・」
「マジ―!?あの時、押せばワンチャン私にもチャンスがあったってこと!?」
「ははは・・・」
「高校時代からまじめだったもんね、高野倉くん」
「真面目って言うか・・・」
「ああ、高校時代に戻ったら私に言いたい!あいつ押さえとけって!」
「分かる!」
「バケたよねぇ」
代わる代わる5人に質問されるのはちょっとしんどい・・・
「小路谷さんとは結婚とか考えてるの?」
ハツネちゃんが聞いてきた。
前回の同窓会で村吉くんと付き合っているって言ってたから、ハツネちゃん自身が考えているのかな?
「んー、昨日も口説いてたけど、フラれたから、今頑張ってるとこ」
「ちょ!変なこと言わないで!」
小路谷さんが珍しく慌ててた。
「きゃー!甘い!甘いわー!」
元クラスメイトの女子達と別れてから、小路谷さんの密着が凄い。
あの後、たまたま会社で付き合いのある税理士の人(30代?女性)にも会ったけれど、その時にはもうべったりだった。
税理士の人とは軽い挨拶だけで別れたけど、ずっと変わらずこの調子。
左手は腕を組んでいるのだけれど、小路谷さんの右手は俺の右脇に回されている。
そのため、左手はもろに小路谷さんの胸に当たっていた。
「あの・・・色々当たっているのですが・・・」
「当ててるの!」
「別にどこにも行かないから」
「高野倉くんの価値が認められるのは嬉しいけど、掴まえとかないと取られるんだった」
「いや、そんなにモテないし」
やきもちを焼いてくれるのは、なんだか新鮮で嬉しい気持ちになった。
■04ウーピーパイ―――
帰りにスーパーで色々買い込んできたので、もうあと2日間は家を出ないつもりでいる。
家では結局『こたつむり』だ。
冬場のこたつには魔力があると思う。
昼間から缶ビールを開けた。
ダメな大人だな。
高校時代はこんな風になるなんて思ってもいなかった。
「ねえ、小路谷さん」
「ん?」
「さっきの話だけどさ、今年くらいにはどうかな?ウーピーパイ」
「ウーピーパイかぁ・・・」
「じゃあ、段階的に。まずは、同棲ウーピーパイ」
そもそもウーピーパイってなんだ!?
言ってて自分でも分からなくなってきた。
「仕事はぁ?」
「辞めてもいいよ?空いた時間は俺とソフトのお勉強」
「はー、魅力的なんだよねぇ」
小路谷さんがこたつのテーブルに顔を載せた。
俺は、こたつの中で小路谷さんの手を握った。
「漠然とした理想は追いかけずに、俺らは俺らなりのウーピーパイしようぜ。無理せずに」
「うーん・・・は!ちょっと待って!」
小路谷さんが頭を起こした。
「どしたの?」
「今ここで私がOKしたら、友達に『プロポーズの言葉は?』って聞かれたら『ウーピーパイしようぜ』にならない?」
「ははははは、なるねぇ」
「ちょ!それはいかん!」
「じゃあ、『友達に聞かれた時バージョン』を一緒に考えよっか。あと何日か休みあるし」
「ロマンチックなやつ!ロマンティックなやつがいいの!」
「例えば?」
俺達は、連休中ずっとウーピーパイのことを考えながらイチャイチャして過ごした。
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ご好評につき、短編から連載にしようかと。
2話目、3話目は短編を持ってきています。
4話目からは書き下ろしです。
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