第41話

 (※ナターシャ視点)


 憲兵が部屋から出て行くのを見届けたあと、私は小さくため息をついた。


 とりあえず、何とかなったわ……。

 どうやら、憲兵にも怪しまれている様子はない。

 それもこれも、私が完璧に受け答えしたからだ。

 うまく表情を作り、的確なタイミングで驚いたり、困惑しているふりをした。

 

 私の演技が完璧だったので、さすがに気付くことはなかったようだ。


 こうなることは、想定済みだった。

 だから、強盗が入ってきたあの日、私は強盗のことをアーノルドには言わなかった。

 あの日の私を褒めてあげたい。


 普通なら、強盗がやってきた場合、アーノルドに泣きつきながら、そのことを話して、なぐさめてもらうだろう。

 私も、そうしようと思っていた。

 しかし、その直前に気付いたのだ。


 ナイフで脅されてしかたなかったとはいえ、私は強盗に、普通に歩いているところを目撃されている。


 べつに、強盗があのまま逃げていたのなら、何も問題はなかった。

 しかし私は、強盗が捕まった場合のことを考えた。

 捕まれば、強盗は犯行のことを証言することになる。

 そして、その時間違いなく、私のことを話す。


 盗品のところまで案内したのは、私だと言う。

 当然、歩いて案内されたと言うだろう。

 それは、困る。

 だから私は、強盗があったことをアーノルドに話さなかった。

 そして、私は強盗には会っていないことにした。

 私が気付くこともなく、こっそりと壺を盗まれたというストーリーに仕立てた。


 もちろん、犯人と私の証言は矛盾する。


 しかし、強盗の犯人と、体が不自由ないたいけな令嬢のうち、どちらを信じるかといわれたら、そんなの、答えは一つしかない。

 当然、私の方を信じるに決まっている。

 犯人の証言なんて、捜査をかく乱させようとわけのわからないことを言っているだけだと一蹴されるに決まっている。


 これで、誰も私の体が治っていることに気付かない。

 完璧な作戦である。

 ナイフを突きつけられ、身が震えるような怖い体験をした後、よくここまで考えたものだ。

 自分で自分をほめてあげたい。


 これで、私の幸せな生活は守られた。


 アーノルドにも、憲兵にも疑われることなく、私は安泰だ。

 そう思っていた。


 しかし、私の考えは甘かったのだと、後に知ることになるのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る