第38話

 (※ナターシャ視点)


 お願い、間に合って……。


 私は全速力で走った。

 階段まで猛ダッシュ。

 そして、死ぬ気で階段を駆け上がった。

 そこから息をつく暇もなく、また全速力で自分の部屋まで向かった。

 そして、部屋に入って、扉を閉めた。


「はあ……、はあ……」


 息が切れて苦しかった。

 それは、久しぶりの感覚だった。

 しかし、そんなことを思っている場合ではない。

 玄関の扉が開く音が聞こえた。

 とりあえず、間に合ったようだ。


 それでも、安心するのはまだ早い。

 とりあえず、呼吸を整える必要がある。

 部屋でじっとしているはずの私が、呼吸を乱していては不自然だからだ。

 階段を上ってくる音が聞こえる。

 

 まずい、まだ呼吸が整っていない。

 いや、落ち着くのよ……、焦ってはダメ。

 焦ったら余計に、呼吸が乱れる。

 廊下を歩く足音が聞こえた。


 よし、呼吸が整ってきた。

 これで、アーノルドが部屋に入ってきても平気だ。

 そして、部屋の扉が開いた。

 予想していた通り、入ってきたのはアーノルドだった。


 しかし、予想外のことが起きた。


「ど、どうしたんだ! ナターシャ!」


 ものすごい形相で、彼が近づいてきた。

 え……、私何か、おかしいところがある?


「ど、どうしたのよ、アーノルド。そんな驚いた顔をして……」


「どうしたは、こちらのセリフだよ! どうしたんだ、ナターシャ。ものすごい汗だよ」


「え……」


 しまった。

 呼吸を整えることしか意識していなかったせいで、汗をかいていることに気付かなかった。

 走れば汗をかく。

 当たり前のことだ。

 その当たり前のことを、私はすっかり失念していた。


「えっとね……、これは……」


 私は必死に言い訳を探した。

 彼は心配そうな顔をこちらに向けている。

 本当のことは、もちろん言えない。


 必死に考え、私が彼に返した答えは……。

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