第37話

 (※ナターシャ視点)


「わかった。壺のところまで、案内するわ」


 私は、決心した。

 彼を、壺のところまで案内するしかない。

 そうしないと、私は殺されてしまう。


 殺されるくらいなら、私が動けるとバレた方がまだマシだ。

 彼は新聞に載っていた私のことを知らないみたいだから、自由に動いたとしても妙に思われることはない。

 私はベッドから立ち上がった。


「こっちよ。ついてきて」


 私は一階に降りるため、階段の方へ向かった。

 その間も、彼はナイフを私に突き付けたまま、うしろからついてきていた。

 本当に怖かった。

 命を握られている感覚が、本当に恐ろしかった。


 私は震えながら、階段を下りた。

 そして、壺があるところまで案内した。


「この壺がそうよ。売れば、かなりの高額になるわ」


「本当だろうな?」


 彼が、私の顔を覗き込むように聞いてきた。


「本当よ。嘘なんかじゃないわ。だからお願い、殺さないで……」


 私の目には、思わず涙が浮かんでいた。

 命を握られている恐怖が、それだけ耐え難いものだったのだ。


「わかった。お前のことは殺さないから安心しろ」


 彼は壺を持った。

 そして、少しの間眺めたあと、それを用意していたバックに入れた。

 それから、私の方を一度睨みつけたあと、裏口の方から屋敷を出て行った。


「私……、助かったの?」


 緊張感から解放され、私はその場に膝をついた。

 よかった……、殺されずに済んだ。

 私は大きく息を吐いた。

 

 いきなりの展開に驚いたけど、殺されずに済んで、本当によかった。

 しかし、外から足音が聞こえてきた。

 玄関の方からだ。

 つまり、さっきの強盗ではない。


 おそらく、アーノルドが帰ってきたのだ。

 よかった。

 怖い目に遭ったから、彼に会えると思うだけで嬉しかった。

 しかし、私は気付いた。


 今のこの状況をみられるのはまずい。


 彼からすれば、身体が思うように動かせない私が、一階にいるのは明らかにおかしい。

 急いで、自分の部屋に戻らないといけない。

 足音は、玄関のすぐ近くまで来ている。

 私は部屋に向かって駆け出した。

 彼が玄関の扉を開ける前に、部屋に戻れなければ終わりだ。


 お願い、間に合って……。

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