第31話

 (※アーノルド視点)


 私たちは、食事を楽しんでいた。

 

 向かい側に座っているナターシャは、楽しそうに私に話を振ってきた。


 話題は、今日のデートのことだ。

 新しくできたカフェが気に入ったから、また行きたい。

 今日は行けなかったところへ、次のデートの時にいきたい。

 そんな会話をしていた。


 私は彼女の言葉に返事をしていた。

 しかし、どこか上の空だった。

 そう、さっき彼女の部屋でのことが、頭から離れない。

 彼女はいつも、デートのあとは疲れて、数時間眠っていた。

 しかし、今日の彼女は違った。

 起きて、本を読んでいた。


 しかし、彼女は今起きたところだと言っていたから、それまでは寝ていたのだろう。

 何も不自然ではない。 

 私が疑心暗鬼になっているせいで、些細なことが気になってしまっているだけに違いない。

 だが、彼女が手にしていた本はどうだ?


 私の記憶では、彼女が読んでいたのは、第五巻だったはず。

 しかし、さっき彼女が呼んでいたのは、第六巻だった。

 彼女が本を読むときは、いつも私が本棚から取って、彼女に手渡している。

 今まで読んでいた本を棚に戻し、次に読みたい本を彼女に手渡していた。


 なぜなら、彼女は立ち上がって、本棚から本を取ることなんてできないからだ。

 まあ、低い位置にあれば、床を這いながらでも、本棚から本を取ることはできるかもしれない。

 しかし、今彼女が読んでいるシリーズ本は、本棚の高い位置にある。

 彼女が一人で取ることなんてできない。

 ということは、一体どういうことなのか?

 可能性は、二つある。


 一つは、私の勘違い。

 彼女が呼んでいたのは五巻だと思っていたが、本当は六巻だった場合だ。

 これなら、特に問題はない。

 実際、彼女はそう主張したし、私もそれで納得した。

 否、納得したというより、納得しようと努めていると言った方が正確か……。


 そして、二つ目の可能性は、彼女が嘘をついている場合だ。

 彼女は、自分で本をとったのではないか?

 いつもなら私に頼むが、本来彼女は、あの時間は寝ているはずだった。

 だから、私に頼むこともできなかったから、彼女自らが本をとった。

 しかし、そんなことがあり得るだろうか?


 私に、万能薬は効かなかったと嘘をつき、本当は身体が治っているなんて、そんなことが、本当にあり得るのだろうか……。

 いつもの私なら、彼女のことを疑いもせず、信じただろう。

 しかし、レイチェルから、ナターシャは万能薬が効いていないと嘘をついていると聞かされてからは、つい彼女を疑ってしまうようになった。


 愛する人を疑うなんて、自分でも嫌になる。

 やはり、レイチェルからもらったあれを使って、白黒はっきりさせるべきか?

 いや、落ち着くんだ。

 よく考えれば、もう一つ手はある。


 要は、ナターシャが読んでいる本の巻数が、私の勘違いだったと証明すればいいのだ。

 そして、それを証明する方法を、私は考えた。 

 食事を終え、ナターシャを部屋に連れて行ったあと、私はリビングにあるカレンダーのところへ向かった。

 そして、今日の日付のところに『6』と書いておいた。


 彼女はさっき、第六巻を読んでいた。

 そして、私が新しく本を取るまで、その数字が入れ替わることはありえない。

 こうしてメモしておけば、勘違いすることもない。

 もし巻数が変わっていて、ナターシャが私の勘違いだと言えば、このメモを見ればいい。

 そうすれば、私の勘違いではないと証明される。

 そして、私の勘違いでないと証明されれば、それは、もう一つの可能性が正しかったという証明にもなる。


 もちろんそれは、ナターシャが、私に嘘をついているという可能性だ……。

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