第30話

 (※ナターシャ視点)


 私は、第六巻を手に取っていた。


 五感を越えた感覚を持つ人物が新たに登場して、なかなか面白いストーリーとなっている。

 やはり、この作者の作品は、私にあっているわ。

 どんどん読み進めてしまう。

 

 今までの私は、こうではなかった。

 本を読むのは好きだった。

 しかし、本を読む体力がなかったのだ。

 軽く手を動かすくらいはできるけど、本を読んでいると、どうしても目が疲れてしまう。

 私は普通の人よりも、すぐに目が疲れてしまって、長時間本を読むことができなかった。


 このままのペースだと、読みたい作品がいっぱいあるのに、全部読む前に私の人生が終わりを迎えてしまう。

 何度もそう思った。

 しかし、今はそんなことはない。

 以前とは比べ物にならない程、目が疲れなくなった。

 どんどん本を読み進めることができる。


 好きなことが、好きなだけできる。

 そのことが、私はものすごくうれしかった。

 本を読むことだけではない。

 アーノルドとのデートだって、体調を気にせず、楽しむことができた。

 もちろん、それを表に出すことはできないけど。


 だからこうして、部屋で休んでいるふりをしている。

 本当なら、もっと彼と一緒にデートをしたかった。

 でも、それはできない。

 そんなことをすれば、私の体が治っていると、彼にバレてしまう。


 気付けば、結構本を読み進めていた。

 私は時計を見た。

 夕飯の時間まで、あと三十分くらいだ。

 もう少し読むことができる。


 でも、前回はそれで一度失敗した。

 アーノルドが部屋に来る前に、前の巻と今読んでいる巻を入れ替えようと思っていたけど、本を読むのに夢中で彼が部屋に来るまで気づかなかった。

 もう、あんな失敗は許されない。


 だから私は、今読んでいる章を読み終えたら、前の巻と入れ替えておくつもりだった。

 そうすれば、アーノルドに見られても不自然ではない。

 今の章も、もう少しで終わる。

 三十分以内には確実に読み終わる。

 だから、この章だけ読んで、本を入れ替えておこう。

 そして、夕飯まで寝たふりをしておけば、かれにばれる心配もない。


 突然、部屋にアーノルドが入ってきた。


「え……」


 それまでほんを読んでいた私は驚いて、顔を上げた。


「ナターシャ、寝ていたんじゃないのかい?」


 アーノルドは少し驚いているようだった。


「あ……、ええ、そうよ。今までは寝ていて、さっき起きたところよ。それで、夕飯の時間まで、本を読んでいようと思って……」


「ああ、そうだったのか……」


 彼は、私が読んでいる本に目を向けた。

 そして、彼の顔色が変わった。


「あれ? 君が読んでいたのって、五巻じゃなかった?」


「え、何言っているの? 私が読んでいたのは六巻よ」


 私は真顔で答えた。

 動揺が表に出ないよう、平静を装った。

 そう、私が今持っているのは、第六巻だ。

 第一章を読み終えたら、アーノルドが部屋に来る前に、前巻と入れ替えようと思っていた。

 しかし、今私が読んでいるのは第二章。


 第一章で読むのをやめようと思っていたのに、気付けば第二章に突入していた。

 この本の作者には、本当に驚かされる。

 途中でやめようと思っていても、どんどん先に読み進んでしまう。

 アーノルドが部屋に来るまで、夢中になっていて気づかなかった。


「そうか……、また私が勘違いしていたようだね。さて、それじゃあ、夕飯にしようか」


「ええ、そうね」


 危なかった。

 どうにか、誤魔化すことができた。

 アーノルドも、納得した様子である。

 私は、安堵のため息をついた。


 しかし、この時の私はまだ知らなかった。

 彼の中で、私に対する疑いが、段々と大きくなっているということを……。

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