第29話

 (※アーノルド視点)


 私たちはデートを終え、屋敷に戻ってきた。


 私の頭には、ずっとある考えが浮かんでいたが、それを実行するべきか迷っていた。

 そう、レイチェルから提案された、ナターシャが嘘をついているか確かめる方法だ。

 それを実行すれば、確実に彼女が嘘をついているかどうかわかる。

 彼女が検査を拒んでいる以上、もう、この方法しか、嘘をついているか確かめる手段は残されていない。


 しかし、どうしても、良心が邪魔をしてしまう。

 ナターシャに黙って、こっそりと嘘をついているか確かめるというのは、彼女に対する明確な裏切り行為だ。

 最初から彼女を信頼しているなら、本来こんなことはしなくていい。

 もし、この方法で確かめて、彼女が嘘をついていないと分かった場合、私は彼女に何と言われるかわからない。

 私の裏切り行為に、怒るかもしれない。


 最悪の場合、そのせいで婚約破棄なんてこともあるかもしれない。

 それだけは、絶対に嫌だった。

 私はナターシャのことを、愛している。

 これは、嘘偽りのない気持ちだ。

 しかし、最近は、彼女のことを嘘つきだと疑ってしまっている。


 私は、レイチェルからもらったあれを、使うべきなのか?

 やはり、彼女を裏切るような真似はできない。

 しかし、このままモヤモヤとする気持ちを抱えたまま、彼女に接するのも、限界が近づいている。

 確かめるしかないのか?

 もし確かめて、彼女が嘘をついていた場合は、どうする?


 彼女がもし、万能薬は効いていないと嘘をついていたら、その時は……。


     *


 (※ナターシャ視点)


 今日のデートは楽しかった。


 途中で何度かアクシデントがあったけど、何とか乗り越えることができた。

 やはり、注意していても、どうしても時々ぼろが出てしまう。

 病弱なふりをするというのは、案外難しいものだ。

 今までは本当に病弱だったから、自然にしていたことだけど、体が治った今となっては、意識して病弱な振る舞いをしなくてはいけない。


 たとえば、今だってそうだ。

 デートが終わってから屋敷に帰ってきて、私はアーノルドに、疲れたから少し部屋で休むと申し出た。

 本当は、全然疲れてなんかいない。

 むしろ、元気はあり余っている。


 しかし、今までの私は、外へデートに出かけたあとは、いつも部屋で休んでいた。

 急にそれをやめてしまうと、本当は身体が治っているのではないかと疑われてしまう。

 どんな些細なことがきっかけで、疑われるのか予想もつかない。

 なるべく、病弱だったころの私と同じ行動をとらなければならない。


 今は部屋で一人きりだけど、正直言って暇だ。

 ベッドで休むなんて言ったけど、全然眠くもない。

 むしろ、今眠ってしまったら、夜に目がさえてしまう。

 じっと動かないまま部屋にいるのは、かなりの苦痛である。


「そうだわ、読みかけの本の続きを読めばいいのよ」


 私はベッドのすぐそばに置いていた本を手に取った。

 現在、第五巻である。

 正直言って、かなり嵌っている。

 面白いのは当然として、とにかく、続きが気になる構成になっている。

 気付けばどんどん読み進め、あっという間に読み終わってしまう。

 そして、すぐに次の巻を手に取ってしまうのだ。


 二、三時間が経過して、私は五巻を読み終えた。

 アーノルドには、夕飯の時間までは眠ると言ってある。

 そして、夕飯の時間までは、まだ一時間以上ある。


 また本が入れ替わっていたら、アーノルドに怪しまれるかもしれない。

 でも、物凄く続きが気になる。

 私は、どうすればいいの?

 このまま大人しく、夕飯の時間になるのを待つ?


 それとも……。

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