第14話

 (※ナターシャ視点)


「なんてこと……」


「大変だ。万能薬が床に落ちたぞ」


 シャッターチャンスを待ち構えていた記者たちが驚いていた。

 彼らは、私が万能薬を飲み、奇跡的な回復をする画を撮ろうとしていた。

 だから、私が万能薬を床に落としたことで、明らかに落胆している様子だった。

 しかし、私にはそんなことは関係ない。

 少々非難されようが、病弱な体を失ってしまうことこそ、一番の問題だ。


「あら、大変だわ。どうしよう……」


 私は目の前にいるレイチェルに言った。

 彼女は私に万能薬を飲ませるのが目的だったみたいだけど、そうはさせないわ。

 彼女はこれが最後の万能薬だと言っていた。

 次の万能薬ができるには、まだ時間がかかるとも。

 だからこれで、私はしばらくは万能薬を飲まなくても済む。


 そして、次の万能薬が完成するまでの間に、何か対策を考えれば、それでいい。


「そんな……、せっかく、ナターシャの体が治るチャンスだったのに……」


 アーノルドはかなり落ち込んでいる。

 私の体が今日、万能薬によって完治すると期待していたからだ。

 彼のこんな表情は見たくなかったけど、こればかりはしかたがない。

 私はどうしても、万能薬を飲むわけにはいかないのだ。


「ごめんなさいね。私、手にうまく力が入らなかったの。そのせいで、万能薬を落としてしまったわ」


 完璧な言い訳である。

 これなら、落胆している周りの人たちも、私を責めることはできない。

 いくら期待が外れたとしても、それを表立って口にすることは、誰にもできなかった。


「謝るのは、私の方です」


「え……」


 どういうこと?

 私はレイチェルの言葉に動揺した。

 

「うっかりしていたのは、私の方だったわ。あなたに渡したあとに気付いたけれど、あれは万能薬じゃなくて、ただの水だったの。こっちが、本物の万能薬よ」


 レイチェルが、万能薬を渡した。

 しかも、私ではなく、アーノルドに。


「アーノルドに飲ませてもらうといいわ。そうすれば、手に力が入らなくても、万能薬を飲めるでしょう? さすがに、二度もうっかりこぼしてしまうことはないでしょう。それはもう、うっかりというより、わざとだと思われますよ」


「何を言っているんだ、レイチェル。ナターシャがそんなこと、するはずがないだろう」


 アーノルドがレイチェルに言った。

 あぁ、なんてことなの……。

 もう、どうすることもできない。

 今度こそ、私は万能薬を飲む以外にない。


 何がうっかり間違えたよ。

 絶対に、わざとだわ。

 私の性格をわかっていて、瓶を落とすことを見越して、こうしたに違いない。

 悔しいけど、彼女の方が一枚上手だった。

 この状況を作られた時点で、私の前なのである。


「さあ、ナターシャ、ゆっくりでいいから」


 アーノルドが、私の口元へ万能薬を運んだ。

 瓶から流れ出た液体は、私の口の中へと入った。

 そして、私はそれを、飲み込んだ。


 その様子を、記者たちはカメラに収めている。

 皆が、期待の表情を私に向けている。


 そして、万能薬を飲んだ、私の体は……。

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