7話:変わる関係、進む時間

 ナイフを握る彼女の立ち姿は

 夕日の背景も相まってより美しく感じた。


 しかし、その中にヤバさを兼ね備えているのは確かで


 普通なら持っていないであろう、小型のナイフ

 後ろを向いていてはいるが


 その存在感は確かなものだった。



 そして、彼女は振り返った。


「あ、来てくれたんですね」


 微笑みながら


 こんな場面でも、俺の頭には下らない言葉が浮かんでくる


『おまたせ、待った』


 しかし、キャラでもなく

 そんなことを、言える雰囲気でもない。


 普通なら、喜べる高嶺の花の微笑でさえ


 今は、恐怖の対象である。


 会いたかった、水田花には会えた

 しかし、喜べる状況ではない。


 ここで、一つの可能性が頭に貫く


 もしかしたら、であってほしいことだった。


「あの、これはドッキリか何かですかね?」


「違いますよ」


「あ、そうですか」


 その、一つの可能性はすぐに、本人の回答によって打ち消される。


 その返しは、早かった

 そして、真顔で返された


 それでこれが、ドッキリではないと分かるが


 一方で呼ばれるアテが無くなる


 現状、ただただ、恐怖しか残らない。



「怖がらなくて、大丈夫ですよ?

 何もするつもりはないですし。」


 何もしないとわかっていたら怖がることはないのだが


 怖がる理由が、確かにあった。


 本来であれば可愛い、小首を傾げてにっこりとする姿でさえ

 どこか影があるように見えてしまう。


「あの~それで、呼び出していただいたご用はなんでしょうか?」


 とりあえず、話を進める必要があり、そう尋ねる


 しかしながら、その体制は弱くおかしな言葉に違いない


 呼び出していただいたってなんだろうか?


 自分でも、冷静でないことがよくわかった。



 そして、それを聞くと、彼女は呼吸を整えだす。


 小さな声で「そうですね...」というと。


 手に握ったナイフを、自分の首元に当てた。


(え?何してるの?)


 突然の、謎の行動に脳が急激に回転する。


 俺の目の前で、死ぬ気か?


 というか、なんで俺なの?


 何か、悪いことしたっけ


 関わりなかったはずだよな?


 勝手に推測して、出したい言葉が沢山浮かんでくる

 とにかくパニック、そして、そんな中、彼女が口を開く


「三田さんのことが

 好きです、付き合ってください

 付き合ってくれないと、私はここで死にます!」


「へ?」


 空気が抜けるように、声なき声が出る。


 意味が分からなかった。


 彼女が、ここで死ぬ?

 俺と付き合いたいから?


 実際に、話した記憶はない。


 それに、この様子を見れば何か勘違いされるかもしれないが

 俺に、そんなモテ要素はない。


 どこで、一体、俺の何が好きで

 そして今こんなぶっ飛んだ行動に出ているのか全く分からない


 何せ、絡んだことがないのだ。


 彼女と絡んでいたら、確かに覚えているだろう。


 そして、彼女であれば、恐らく普通に告白しても

 付き合えるだろうに


 むしろ、そうであれば俺も疑うことは少なかっただろうに。


 どうして、俺のような人間にこんな脅迫染みた告白をする必要があるのか

 全く分からない。


 まさか、ドッキリの延長戦?


 いや、そんな訳ない

 謎の自信が、その可能性を打ち消す。


 本来であれば、ここでOKをしない手はない

 ただ、嫌だ


 実際に会ってみるとイメージが変わることはあるが

 ここまで、イメージが覆ることは普通であればない。


 彼女のイメージは、現時点で狂いに狂いまくっている


 そんな彼女に対して

 今の現在、その気になれない


 行動原理が読めなければ

 行動自体はただただ、狂気


 しかし、彼女の口から出た言葉に

 とりあえず、何か返さねばならない


 彼女は、今にもみたいな空気を出しつつ

 未だに、首元にナイフを当てている。


 しかし、その手は震えていた


 彼女自身、その行動が怖いのだろうが


 何故、敢えてするのかは未だに、分からない。


「いくつか聞きたいんですが、いいでしょうか?」


 トリガー分からない為

 なるべく下手にでないといけないと思う


 しかし、それがより不自然に見える


「はい、構いませんよ」


 落ち着いたトーンで返してきた


 どうやら、話普通にできるらしい


 しかし、とりあえずすべきなのは


「じゃあ、そのナイフをちょっと首元から話していただけると...」


 ここから始めるべきだろう。


「どうしてでしょうか?」


 小首を傾げ尋ねてきた

 恐らく理由は分かってるのではないかと思うが


 答えないといけないらしい。


 とりあえず、おかしくない理由を考える。


「話ずらいじゃないですか?


 友達とかと話すときに、そんな風にしないでしょうし...」


 それっぽい、理由を言えた気がする。


「それもそうかもしれませんね」


 すんなりと、ナイフを下ろす

 思ったよりも、すんなりと


 しかし、手首は震えていた。


 怖いならやらなきゃいいのにと思うが


 現状の行動で、よくわからない点が多すぎて、それを尋ねようとは、思えない


 とりあえず、話を前に進めていこう


「まず聞きたいんですが、どうしてこんなことを?」


「こうでもしないと、本気の気持ちが伝わらないと思ったので」


 本当に、彼女は一体、どんな世界線を生きてるんだろう


 もしかして、彼女ほど告白されていると当たり前の感覚なのだろうか

 もしくは、実際にこういうことがあったのだろうか?


 どちらもありえるが、どちらもずれている


 とりあえず、行動原理は理解できないが分かった

 それなら次だ。


「じゃあ、次に本当に僕が好きなんですか?」


「はい、好きな人にここまでして告白してるのに信じてもらえませんか?」


 即答で、返されたが、恐らく本当のようだ。


 逆に疑問を投げ返された

 当たり前のことだと思うが、どうして俺を?とも思う


 そうか、それを聞けば


 と思ったが、恥ずかしくて聞けない。


 口に出そうとして、止まってしまった


 そして、次の疑問がふと頭に現れる。


「屋上には、どうやって入ったんですか?」


 普通であれば、鍵を借りるなどがあるが

 人為的に、壊された跡のようなものがあった


 いや、もしかしたら元々壊れていたことも想定できるが


 万が一があった


 それは、入る手前に生まれた疑問で

 聞こうと思っていたことでもあった。


「開いていなかったので、壊しました」


 ...マジか


 至極当たり前みたいに言わないでほしかった


 これは、怖い


 本当に怖い、何をするか分からない怖さが増した。


 そして、聞けていないが何故好きなのかという疑問もある


 これが、彼女でなければ

 あ~こういうのもあるんだなと、受け入れられたかもしれない


 しかしそれが、どうして、どうして水田花なのか


 そして、どうして

 その相手が、三田雄太なのか?


 分からない。


 しかし、だが、ポジティブに考えれば

 これは、明らかなチャンスに違いない。


 彼女の噂のことだったりとかを総評しても

 俺に、もったいないくらい完璧な人だ


 身長は小さいが、スラっとしているし

 噂を聞く限り頭は良いし


 所々に見えている、ヤバさを引いたら


 非常に良い話でしかなかった。


 だけど、いやだった


 そんな風に、決めたくはないという気持ちが

 ずっと隅っこで、顔を出している。


 付き合うということはこの先の可能性があるのだ。


 もしかしたら、結婚を考える相手を

 こんな風に決めるのは正しくない。


 選べないとわかっていても、それは譲れないことだろう。


 なんか、良い案はないのか。


 選べ人間には、選べないなりに色々と権利がある

 だから考えた。


 そうだ


「ここで、突然付き合うというのは非常に有難いんですが


 俺は、水田さんのことを詳しく知らないし

 突然付き合うというのは、不誠実だと思うんですよ


 それに、水田さん自身も俺のことをよくは知らないと思うんですよね


 なので、仮で付き合うというのはどうでしょうか?


 それなら、ほらお互い分かり合えるというか


 もし、水田さんとしても合わないとなれば

 すぐに別れることもこともできるし


 突然付き合うとかよりは、良いと思うんですが如何でしょう。」


 自分でも、何を言っているのか分からない

 どの立場で言ってるのか分からない。


 それは、あくまで都合の良い妄想だとはわかっている


 しかし、こう提案する他なかった。


 しかし、それが向こうの望むことではないのは確か


 だからこそ、今こんな風に言った後でも不安が残る。



 そして、それを聞いた彼女は、悩み始める


 これに対する回答次第で、色々と他に考えることが増えるだろう

 どうにかして、最悪は防ぎたかった。


「わかりました」


 しかし、その一言で、これはあっさりと幕を閉じる。


 どちらの意味なんだろうか、はっきりと分からない。


「わかりました。


 その期間に、あなたを好きにさせればいいんですね?」


「あ、まぁはい?」


 俺が、好きではない前提で無謀な賭けに出ていたのだろうか

 そもそも、好きにさせるというのはどういうことなのか?


 何も分からない。


 ただ、どうやらことは無事に済んだらしい。


「とりあえず、仮になれて良かったです

 断られていた可能性は高いと思ってましたし


 勇気を出して良かったです!」


「あぁ、はい」


 煮え切らない返事になってしまうが、未だに整理がついていないのだ。


 しかし、恐らく、仮ではあるが付き合うことになったのだろう。


 彼女の態度は、さっきよりも随分と柔らかくなっている気がする。


 様子としては、普通の女の子


 喜んでいるのが、にじみ出ている。


 だからこそ、さっきまでのことを含め余計に分からなくなった。



 彼女は、手に握っていたナイフを鞄にしまった。

 きちんと、ハンカチで包むあたり几帳面がうかがえる。


「あ、あの」


 顔を赤くして、こちらに来た、手元にはスマホがある。


 なんだろう、何が出てくるか分からず少し、構える


「なんでしょう...」


「折角付き合ったので、連絡先交換しませんか...?」


 結果は、予想以上に普通のことだった。

 俺も、スマホを出す。


 なんだ、ラブコメじゃないか...

 甘い青春じゃないか


 もしかして、夢を見てるのか?


 分からない


 でも、先ほどまでに目を瞑れば

 これは、喜ぶべきはずのことだった。


「はい」


 そして、連絡先交換が終わる。


 数少ない、女子の連絡先が、まさか彼女になるとは思わなかった。


「それから、これから、雄太君って呼んでもいいですか?

 私のことは、花で構いませんよ?」


 付き合う(仮)で、ここまで様子が変わるものだろうか

 そこにいるのは、さっきまでとは違う水田花だった。


「あの、俺は別に何と呼んでもらっても...


 ただ、水田さんのことは「花で構いませんよ?」...」


 圧を掛けられる、断れない空気を出してきた。


 しかし正直、女子を下の名前で呼ぶのは恥ずかしい


 それにこれは、仮である

 無理をして、走らないのが正しいだろう


 だが、彼女は続けた。


「あの、仮でも付き合ってるんだし


 花と読んでいただけると嬉しいなって。」


「あ、はい、じゃあ花で」


 その瞬間、ぴょんぴょんと跳ねて喜んだ

 その様子を単に可愛いとは思えなかった。


 なんだか、めんどくさい...


 しかし、最悪は防ぐことができた。


 何も問題はないし、実際会えたし付き合えたし


 よし、万々歳


 電池が切れてしまったのだ。

 色々と...


 長いこと、慣れていないことをしたせいで。


「それじゃあ、俺は帰ります」


 彼女に、背を向けて


 そうして、逃げるように帰った。


 その空に既に日は無かった。


 ☆


 正直限界だった


 慣れていない、長時間の会話も

 頭を使うことも、そして不安になることも


 トリガーは、突然思い出した鍵の件

 あれが、急に不安になり

 帰りたい気持ちを先走らせた。


 下手をすれば明日命はない

 そして、まったくもって、人として良くない


 失礼には、違いないのだら


 それに、彼女については全く読めない


[ぴろん]


 スマホにメッセージが入る


『無事、おうちにつきましたか?』


 何故だろう怖い


 ニコリとした笑顔が思い浮かぶ


『あ、無事つきました

 置いていってしまって申し訳ないです。』


 メールには慣れていない

 だから、正しいか分からない。


 そして、念のため、花という風に書いておいた。


 完璧だろう...


『いえいえ、こちらこそ突然で申し訳なかったと思ってます


 それではおやすみなさい また明日

 雄太君』


『はい、また明日』


 思ったよりも、スマホでの会話はあっさりと終る。


 また明日、この文字に、どれだけの意味が込められているのだろうか

 どういう、明日なのかは分からないが


 とりあえず、目を瞑り


 今日は寝ることにした。


 ☆


 今日、仮だけど彼女ができた

 それは、高嶺の花だった。


 彼女は、ナイフを首に当てて言った


 付き合ってくださいと


 これが、俺の青春の始まりに過ぎないと

 俺は知らなかった。

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