第2話 真夜中の真実
叔父が死んだ。事故だった。
僕の父親の弟で、小さな頃から僕を可愛がってくれていた。叔父は宮崎県で林業を営んでいたが、倒れた木の下敷きになって即死した。
両親はそれを聞いて、慌てて出て行った。今日で中間テストが終わったから、僕もついていきたかったが、学校がある僕だけが、ひとり家に残された。静まり返った家の中は、今いつもと違う事が起きている事を否が応にも意識させた。
その日の晩遅く、僕のスマホが鳴った。僕は風呂から上がり、ベッドで横になっていた。両親からの連絡だと思い、慌てて机の上に置いていたスマホをつかんだ。
スマホの画面を見ると、『森本いずみ』の名前が出た。メッセージはこれまであったが、電話は初めてだった。嫌な予感がした。緊張が走った。電話に出ると、いずみが泣きそうな声で「助けて」と言った。
僕の鼓動が突然早まっていくのを感じた。緊張する一方で彼女の嘘を疑う気持ちもあった。
「また、嘘だろ?」
「嘘じゃない!知らない人に拉致られたんだよ。隙を見て逃げ出して、隠れてるの!殺されちゃうよ。信じて、お願い」
彼女はささやくように、震える声でそう言った。彼女の緊張感が伝わってきた。
彼女の声の感じから、本当のようだった。それで僕は彼女を信じることにした。これが本当で、もし僕が行かず死んでしまったりしたら、後味の悪い思いをすることになる。
「今、どこ?」
「双葉公園」
「待ってろ」
僕はすぐさまパジャマを脱ぎ捨て着替えた。念のため玄関に置いてある金属バットを持って、家を飛び出した。
双葉公園はうちから自転車で5分くらいのところにあった。夜の公園は真っ暗で、か細い街灯の灯りがぼんやりと公園の一角を頼りなげに照らしていた。光の届かない向こう側にブランコや滑り台などの遊具があり、それらは暗闇の中に佇んでいた。
誰もいない……。
暗闇の無音の中、虫の声だけが重い空気を恐る恐る揺らしていた。
僕はあたりを見回しながら「おーい」と叫んだ。
森本いずみは連れて行かれたのか……?間に合わなかったのか……?まさか、嘘だったのか……?
その時だった。
滑り台の裏にある土管の玩具から音がして、僕はサッと身構えた。そこから森本いずみが現れた。
「来てくれたんだ」
「だ、大丈夫か?」
「はは、ごめん。」
彼女の表情と笑い方から、拉致されたというのが、彼女の嘘だったという事が瞬時にわかった。
僕は思わず、怒りにまかせて彼女の頬をビンタした。彼女はビンタされた頬を抑えながら言った。
「また嘘ついちゃった」
「お前なぁ……」
ショックだった。彼女の嘘には慣れていたはずなのに、僕の心を打ちのめした。
叔父が死んで気持ちが落ち込んでいたという事も関係しているのかもしれない。悔しくて、感情が言葉に追いつかず、言葉が出て来なかった。肺から空気を出し、絞り出すように森本いずみに言った。
「こ、こんな事続けてると……誰もお前の事なんか信じなくなるぞ」
「うん」
彼女の表情からさすがに今回は本人も反省しているように感じた。彼女は泣きそうな顔で僕に言った。
「でもカズが来てくれて、嬉しかった」
その彼女のその一言は森本いずみの心の奥底にあった本当の声ような気がした。彼女は僕が信頼できる人間かどうか確かめようとしているのではないか。おそらく彼女はこれまでの人生で人に裏切られる経験をし、人が信頼できなくなってしまったが、それでも人を信じたいという気持ちが、今回のような事をさせたのではないか。そう思えた。彼女の嘘の奥底には、得体の知れない暗闇がある事に、僕はこの時ようやく気づいた。
「もう遅いから、帰るべ」
「うん」
僕は夜も遅いから彼女を家まで送る事にした。彼女は従順な仔猫のように、僕の言う事に従った。天真爛漫に明るく話すいつもの彼女は、そこにはいなかった。彼女は帰り道、何も話さなかった。暗くてよく見えなかったけど、時折顔に手を当て、涙をぬぐっているようにも見えた。
彼女の家は双葉公園から僕の家とは反対の方向に歩いて、5分くらいのところにあった。高級住宅街にあるひときわ大きな豪邸だった。大きな鉄の門から玄関のドアまでは30メートルほどあり、その間には庭があった。庭は雑草が伸び放題に伸びていて、空き屋のような雰囲気が漂っていた。彼女は玄関の前で僕に力なく手を振った。彼女は暗闇から漏れる玄関の光に吸い込まれるように消えていった。
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