最後の嘘

芦田朴

第1話 転校生は宇宙人

 転校生の森本いずみは美人だった。彼女は高2の1学期に、僕のクラスに転校して来た。オードリーヘップバーンよろしく、目は大きく、鼻先はツンと小さく尖っていて、ストレートの黒髪が肩まで伸びていた。クラス中の男子が机から身を乗り出して、いずみに熱い視線を送った。


 転校初日、先生が黒板の前でいずみを紹介すると、彼女はこう言った。

「私はアンドロメダ星から来た宇宙人です。ナハナハ!」

このクラスが小学生なら大爆笑だったことだろう。しかし高2のクラスでは、みんなドン引きだった。美しいルックスとのギャップにあっけに取られていた。


 転校2日目、森本いずみは遅刻した。2時間目の国語の授業中にやって来た。国語の担当は、気難しいことで有名な先生で、47歳独身女性、結婚歴なし。生徒から影で『ミスハシモト』呼ばれていた。森本いずみは何事もなかったように、教室の後ろの扉を開け、自分の席に座ろうとした。その時だった。ミスハシモトが言った。

「森本さん、今、何時だと思ってるの?」

森本いずみは黒板の上にある掛け時計を見ながら「10時15分です」と答えた。

「時間を聞いてるんじゃないの。」

「じゃ、なに?」

森本いずみは先生に敬語も使わなかったので、ミスハシモトを余計にイライラさせているのがわかった。クラス全員静まり返り、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。

「私が聞いているのは、なんで遅刻したんですかってことです!」

「ああ、そういうこと。それなら最初からそう言えばいいのに」

森本いずみはミスハシモトの怒りに油を注いだ。そして続けて言った。

「今日の朝、ツワリがひどくって」

「ツ、ツワリって……」

驚いて言葉を失うミスハシモトに、追い討ちをかけるように森本いずみは言った。

「私、妊娠してるから」

「キャー!」

ミスハシモトは奇声を上げた。教室中が一斉にざわつき始めた。ミスハシモトは激しく動揺した。

「と、とにかく森本さん、職員室に来なさい」

ミスハシモトは森本いずみの手首をつかんだ。森本いずみは「なんでよ、学校に来たばかりなのに」と言って、手を振り払った。

ミスハシモトはみんなに「自習にします」と言って、森本いずみを教室から強引に連れ出した。


 4時間目が終わり、弁当の時間が始まる頃、森本いずみはようやく教室に戻って来た。森本いずみが教室に戻るや否や、教室は突然静かになり、みんなの視線が森本いずみに注がれた。森本いずみは自分の席につき「あー疲れた。めんどくさ」と言った。

近くの席の女子が恐る恐る森本いずみに尋ねた。

「森本さん……妊娠してるの?」

そう訊くと、森本いずみは笑って答えた。

「妊娠かと思ったら、ただの食べ過ぎだった」

教室中がドン引きしていた。彼女の言動から、確かに彼女はアンドロメダ星から来た宇宙人かもしれないと誰もが思った。そして彼女に友達ができることはなかった。

また普通にしていれば、かなりモテるはずのルックスなのに、彼女のクセの強い性格が明らかになるにつれ、男子の視線は彼女に次第に注がれなくなっていった。


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 幸か不幸か、いや間違いなく不幸なことに、彼女の席は僕の隣だった。彼女は僕をちょっかい出しやすいヤツと判断したのか、事あるごとにくだらないいたずらを仕掛けてきた。

 「私の新しい彼氏見て〜」と言って、スマホで寺門ジモンの写真見せてきたりするのは序の口だった。僕の弁当を勝手に半分食べて、弁当箱にネズミのマスコットを入れてたり、僕の名前を勝手に使ってクラスの女子全員にラブレター書いたり、挙げ句の果てはクラスの一人の女子の体操服を僕の机に突っ込んでみたり、やることなす事めちゃくちゃだった。僕の驚くリアクションを見て一人大笑いしていた。


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 僕は放課後図書室で好きな建築の本を読むのがルーティーンで、それは僕にとって至福の時間だった。なのに彼女はいつも僕の机の前にドカッとカバンを放り出して座り、いろいろ話しかけて僕の邪魔をした。

 そんなある日、いずみは僕にこう言った。

「カズ」

「呼び捨てにすんなよ」

「私の秘密教えてあげる」

「いらねーよ」

「私ね、病気なんだ」

「えっ?」

僕は驚いて、思わず本から顔を上げた。

いずみは嬉しそうに、僕を見た。

「虚言症」

「でしょうね」

僕は再び目を本に落とした。一瞬でも驚いた自分を後悔した。僕のつれない反応を見て、森本いずみはムキになって言った。

「ホントなんだってば!虚言症って治すの難しいの。一気には治らないから少しずつ嘘を減らしていくんだって。だからお医者さんがね、私に言ったの。この学校にいる間は20回だけ嘘ついていいって。」

「この学校にいる間は……って?」

僕が視線を本から彼女に移してそう言うと、森本いずみは焦ったように言った。

「まぁ、それはさておき、この後、喫茶店に行こうよ。おごるからさ」

「やだよ」

「昨日お母さんから100万円もらったんだ」

「それも嘘?」

「あ!貴重な1回をつまんない嘘に使っちゃった〜!」

いずみの口から出た大きな声に、図書室中の人が僕といずみを見た。


 これまでの様子から森本いずみは確かに普通じゃなかった。虚言症だという話もおそらく本当だろう。森本いずみには友達は一人もいなかったので、必然的に嘘をつかれる対象は不幸にも僕だった。

 彼女がつく嘘は、彼女はどう見ても純日本人のくせに「お父様にいいつけてやる。私のお父様は米兵だから、ボコボコにされるよ」という笑えるモノから、「もう2度と嘘をつかない」という嘘など、シュールなモノまでいろいろだった。

 彼女はかなり変わり者だけど、かなりの美人に付きまとわれる僕を羨ましく見ているヤツもいた。普通にしてれば十分可愛かったし、彼女がつく嘘も笑えるモノならいいかな、という軽い気持ちもあった。しかし、それは大きな間違いだったという事に気づく事件が起きた。

 

 

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