罪の音楽

幼い頃、友人...リョウと共にふらっとライブハウスに立ち寄ったことがあった。

狭苦しい会場に満員の客が詰め込まれ、熱とスポットライトで空気が淀んだ、到底居心地の良い空間ではなかった。

だが、そんな空気が、不可思議な旋律と、自分の総てで訴える歌声に支配される。僕は初めて、息を呑むという言葉を実感した。

あの日以来僕とリョウは、音楽に取り憑かれていたんだと思う。


作曲のために妥協はしない。全て自分の目で見て、身体で感じて、心動かされたものを曲にして、僕は生きている。甘い恋の気持ちが知りたければ恋人を作ったり、馬鹿をして笑い合う親友の気持ちが知りたければリョウとおかしなことをしてみたり、怪盗の気持ちが知りたければ窃盗をしてみたり、僕は全てを自分で体感し、曲にしていた。

そんな僕の作る曲には次第にファンも付いて来た。僕の体感した、僕の気持ちの全てを詰めた楽曲は、強烈な現実味と深く心に響くメッセージ性で徐々に人気を集めて行き、今では大きなライブの開催も予定している。

然し、僕の妥協のない体験には勿論代償も付き物だった。結果、法に裁かれて、僕は今監獄の中にいる。


「これも1つの経験だな」

思い付いた事をすぐ曲に出来ない環境には狂ってしまいそうなほど嫌気がさすが、滅多にない経験の1つとして辛うじて我慢が効いた。

だが、開催を予定していたライブが、当然ではあるが中止になってしまったのが惜しい。

膨大な観客を前に音楽を披露する体験は、また遠ざかってしまったようだ。


「18番、出ろ」

いつもと違う看守の声に少し違和感を感じたが、言われた通り開けられた牢から出る。

「では、今日の作業場に...とか言ってみたかったけど、やめやめ。」

僕は聞き慣れた声に驚愕する。

「よう、元気に捕まってるか?ハル」

看守...もといリョウは、からかうようにニシシと笑い僕の名前を呼んだ。

「お前、なんで...一体どうやってここまで」

驚きのあまり固まっている僕を見て、またニシシと笑う。

「どうせ曲も書けなくて野垂れ死んでんじゃないかと思って。せっかくだから最高の体験をプレゼントしに来たんだよ」

僕は嬉しかった。法を恐れず音楽を狂愛する人間は、僕だけじゃなかったんだ。

「リョウ、良いのか?お前も直にお縄だぞ」

僕もおどけた口調でからかう。

「気にすることない。お前もいるんだろう?なら音楽には困らないな」

リョウは誇らしげに言う。その時僕はようやく気付いた。リョウとの関わりは、自分の体験のためだけのものでは無い。音楽と同じく、無くてはならないものだった。

「ほら、これやるから。お前はこれからやるべきことがあるだろう」

リョウはそう言うと、1枚のチケットを手渡し、僕を監獄から抜けさせた。


サイレンの音が劈く中、僕はチケットを握りしめて会場へ走った。最高に気持ちがいい体験だった。

どうやら僕のファンも酔狂な奴らばかりのようで、広い会場を満員の観客で敷き詰め、熱とスポットライトで異様な空気が張り詰めている。

僕はなんだが心地良さと懐かしさを覚えて、ステージに立つ。

僕のすべての体験を詰めた曲を、一つ一つ、大事に披露する。

甘く切ない恋の歌、馬鹿馬鹿しくも眩しい友情の歌、怯え知らずの怪盗の歌。

大反響するファンの絶叫と、僕の不可思議な旋律と、訴えかけるこの歌声で会場が支配される。

アンコールの掛け声に、今さっき感じたばかりの体験を詰め込んだ、最終の旋律を届ける。

全てをやり終えた僕は、観客達に1つ願い事をして、再び走った。




「19番、出ろ」

いつもと違う看守の声に、俺は少し違和感を感じた。

ただ、その違和感は、ゾクゾクするほど嬉しいものだった。

「よう、元気に捕まってるか?リョウ」

ハルはからかうように、ニシシと笑い俺の名前を呼んだ。

「ハル、良いのか?お前もまた直にお縄だぞ」

俺は分かりきった事を聞く。

「気にすることない。お前もいるんだろう?なら音楽には困らないな」

ハルも分かりきった答えを返す。俺にはもう、音楽とお前がいれば、どんなことだって出来るように感じた。

「ほら、これをやる。お前もこれからやるべきことがあるだろ?」

ハルはそう言って、1枚のチケットを手渡した。

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ちょっぴりミステリな短編集 さびぬき @sabinuki

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