ちょっぴりミステリな短編集

さびぬき

僕と私、ませた探偵


―――「あなた、1人でおままごと中なの?まるで探偵には見えないけど。私が推理した方がよっぽどマシ」

なんてこと言うんだこの娘は!

幼い頃からの夢であった探偵事務所の設立をして早2年、ぼちぼちと来る依頼の解決のため現場調査をしているある日のことだった。

その年からは想像もつかないようなませた女子小学生に絡まれたのだ。

まあ、こういうストレスを溜め込んだめんどくさい奴の対処も探偵の役目だろう。

「よしよし。貧血かな?もう夕方だからおうちに帰ろうか。」

我ながら紳士な対応だ。

「帰った方がいいのはあなたの方よ。老化で脳みそも回らなくなってきてるんじゃない?」

酷い単語を使うもんだ。これは紳士探偵の僕でも怒ってしまうぞ。

「...まあいい。そんなに売り文句が達者なことなら君が推理できるんだろうな?」

「だから最初からそう言ってるでしょ。なんならあんたの事務所に入ってあげてもいいけど」

よく言うなこの小娘!こうなれば仕方がない...

「なら好きにするといいよ。勿論、成果を上げなきゃいけないからね?すぐいなくなっちゃうかもな?」

軽口を叩いてストレス発散でもするつもりなのだろう。しかし悪いけど、口論は僕の勝ちだ。君のフレッシュな脳みそと違って刻まれたしわが段違いなんだ。

「『入っていい』じゃなくて『入ってくださいお願いします』、でしょ?成果で競おうものなら、先にあんたがいなくなることになると思うけど」

...どこまで見栄を張る気なのだ。仕方ない。とっとと失敗してもらおう。

「では早速だが...早速ですが、僕の今調査している依頼を代わりに受け持ってもらえませんか。」

「よし。最初からそうすれば良かったのよ」

―――はじめて出会ったこの日以降、彼女はその依頼を含めいくつもの事件を華麗に解決していった。実に腹立たしい。

やはり、仕方なく探偵になった私と違って、向き不向きがあるのだろうか。

しかし、彼女はなぜか依頼を受けまくったり一切受けなくなったりする。とんだ気分屋なことだ。

そんな彼女は今、殺人事件の依頼を受け持っている。前に来た殺人事件の依頼は無視したくせに、なにか理由があるのだろうか。

そんな事を考えて、ふと彼女が過去に解決した依頼のリストを見ることにした。

商店街の窃盗事件、住居侵入事件、通り魔事件、猟奇殺人事件、自殺事件...

関連性が見える訳ではないが、最初の2件以外は殺傷事件ばかり見ている。それも若い女性が殺傷されたケースのみだ。

過去に1度、なぜ若い女性の殺傷事件を多く受けるのか、と、興味本位で尋ねたことがある。

彼女は悲壮と後悔が入り交じった顔で、母が昔何者かに殺されたことを、ひどく沈んた声で話した。

母の影を追っているのだろう。

その事件は未だ未解決で、同じような年代を狙った事件を徹底的に調べあげているという。

彼女が受けた事件は、同一犯の犯行でもなければ、加害者はどれもバラバラな事件だ。だが、彼女は完璧に証拠を見つけ出しては言い逃れの隙を与えない推理を披露し、完膚なきまでに全ての犯人を逮捕へと繋げている。

彼女の腕は本物のようだった。私は誇らしい気分になった。


ある日、気分屋な彼女の選んだ侵入殺害事件の現場へと同行した。


「...服がやけにはだけてるわ。乱暴した後に殺した可能性が高そうね。雑な傷口だから、大方口封じでの殺害と言ったところかしら」

彼女は遺体の些細な部分に気づき、見逃さない。今回も、彼女は全ての証拠の点を繋ぎ、犯人候補から真犯人を洗い出した。

この事件から、僕は嫌な違和感を覚えはじめた。

上手く事が進みすぎているのだ。

確かに、彼女の観察眼は素晴らしい。これ以外に正解はありません、というような完璧な推理をする。

しかし長年探偵をしている僕の身から見ると、その推理は敷かれた道を正しく踏み歩いているような感覚がするのだ。


「なあ、1つ聞いていいか。」

僕は彼女に尋ねる。

「何。しょうもないことなら答えないわよ」

相変わらず態度の大きいことだ。

「...君の受ける依頼なんだが、やけに綺麗な証拠の繋がりが多すぎるんだ。本当は誰かが仕組んだ完璧な偽装証拠から嗅ぎつけるために受けているんじゃないか?君には一体何が見えているんだ?」

僕は思っていたことをそのままぶつけた。

彼女は全てが分かったような顔をして、長い間沈黙し、ゆっくりと答えた。

「そんな事は、あなたが一番知っているでしょう。」

僕にはその言葉の意味が分からなかった。それ以上何を聞いても答えないので、仕方がないので今日は事務作業に戻り、そのまま眠りについた。


腹部の強烈な痛みと異様な鉄臭さを覚え、目を覚ます。

そこには僕の腹部にナイフを突き立てる、彼女の姿があった。

「探偵さん。どうしてあなたは、時々自分のことを『私』なんて言うの?どうして探偵をしているの?」

「それで、なんで今、私に殺されそうなんだと思う?」

僕は動揺した。痛い。痛い痛い痛い痛い。彼女の問いと行動で、頭がぐちゃぐちゃだ。

「私はね、探偵さん。ちょっとの証拠でなんでも分かっちゃうんだ。すごいでしょ。自分を守るために探偵になった人とは大違いね」

なんの事だ。知らない。僕は知らない。何を言っているんだ?気でも狂ったのか。

私はただ、人を殺したかっただけだ。殺したら捕まるから、隠した。完璧にだ。君がそれを幾度となく私の所為じゃなくしてくれただろう?何故?何故私を殺そうとするのだ?

「人格って、便利なのね。その衝動は全部僕じゃなくて私の所為ってわけ?その都合で死んだ人間はどうするの?殺したあなたはどうすべきなの?」

「でもね、その人格、便利すぎて私にも効いたみたい。勝手に涙が出てくるの。」

「あなたって本当に間抜けで、私がちょっかいかけるとすぐムキになるんだから。でも、そんなあなたとの関係が、心のどこかで楽しかったみたい。失いたくないくらいに。」

意識が薄れる。僕は彼女の言葉の真意のため、掠れた思考を巡らせる。

「私のお母さんの事件の犯人はね、私が捕まえたの。完璧な推理だったのよ。でもね、完璧すぎたの。おかしかった。だから今、あなたを殺せた。ありがとうね、探偵さん。あなたはおまけで死んじゃうだけかもしれないけど、許して。」

ああ、君は僕の感じた違和感を、僕よりずっと前に感じていたんだね。

僕を殺してくれてありがとう。これがただの逃避でも、僕は君の行動が心から誇らしい。

君はませた探偵なんかじゃない。僕より立派な探偵だ。


彼女は勝ち誇った笑みで、涙を流しながら、僕の最期を看取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る