09 アルタニア帝国

180 ルオスコの町1


 ユジュール王国側の国境の門は、勇者オスカリが前を歩いているのでほとんど素通り。すでに国王から指示が行き届いていたのか、簡単な手続きすら省略された。

 ユジュール王国側の門を通り過ぎると、先頭を歩き続けるオスカリのマントをヤルモがグンッと引っ張ったので急停止。


「何すんだよ!」

「聖女が先頭じゃないと止められるだろ。いつまで主役のつもりでいるんだ」


 どうやらヤルモもこの物語の主人公の自覚はあったらしく……いや、マルケッタが援軍を連れて来ることになっているので、勇者パーティが先頭ではおかしいから止めたようだ。

 オスカリも今ごろ気付いたらしく、手をポンッと叩いて納得していた。


「いいか? 昨日言った作戦通りやれよ」

「わかっていますわよ」


 マルケッタに一声掛けると、ヤルモとイロナはその後ろへ。勇者パーティはその後ろに続く。


「「聖女様!!」」


 アルタニア側の門が近くなると、マルケッタに気付いた門兵が嬉しそうな声を出すが、持ち場から離れられない決まりがあるのかその場から動かない。

 そうして待ち通しい時間が流れ、ついにマルケッタは門に辿り着いた。


「お帰りなさいませ」

「挨拶はいいですわ。すぐに通しなさい」

「はっ! そちらの方々だけは身分証の確認を……」

「すぐに通せと言ったのを聞いてませんでしたの?」

「も、申し訳ありませんでした!」


 マルケッタに睨まれた門兵は、仕事をせずに門を開ける。王族の連れだから、ノーチェックでもいいと思ったのか、はたまたマルケッタが怖いのか……


 こちらもあっさり門を潜ったら、マルケッタは門兵に馬車を用意させる。幸い二台あったので、マルケッタとヤルモとイロナで乗り込み、勇者パーティは後続の馬車に乗り込んだ。


「主殿……大丈夫か?」


 ヤルモは国境を越える間ずっと青い顔をしてイロナに寄り掛かり、馬車に入った瞬間に崩れ落ちたのでイロナは心配している。


「あ、ああ……思ったよりあっさり通れて助かった。いつ首をねられるかと思うと……怖かった~」

「何が怖いのだ。あんな奴らに主殿の首など傷付けられるか……うむ。なかなか斬りがいがある首をしてるな」

「俺はドラゴンじゃないからな!?」


 慰めてくれていると思っていたイロナは、ヤルモの首を撫でて品定め。これでアルタニア兵の恐怖は吹っ飛んだのだが、隣に自分の首を狙うイロナがいるので、また震えるヤルモであった。


 その二人の変なやり取りを見ていたマルケッタは、こんなことを考えていた。


(いったいこの二人の関係はなんなのですの? それに勇者パーティを一人で倒したこの女……わたくしは、トンでもない化け物を国に招き入れたのでは……)


 性奴隷と聞いていたはずのイロナが魔王並みの強さの上に制御不能では、マルケッタに違う不安がのし掛かる。軍隊に守られたユジュール王ですら殺すと口走っていたのだから、その刃はいつ何処に向かってもおかしくないと……



 そんなマルケッタの心配を他所に馬車は進み、ここルオスコの町の領主が住む屋敷へと到着した。もうすでに門兵から早馬が出ていたこともあり、領主邸の門は馬車が近付くと衛兵の手で開けられ、そのまま通り過ぎる。

 そうして玄関に辿り着いたところで馬車は止まり、十人ほどの執事やメイドが並んで馬車から降りるマルケッタたちを出迎えてくれる。


「聖女様、長旅ご苦労様で御座います。本日は我々がおもてなしさせていただきますので、なんなりとお申し付けください」

「ええ。まずは領主と面会するから、その間にヤルモの家族を別室に案内しておきなさい。奴隷魔法も、もういいですわ。解除しておきなさい」

「は、はあ……」


 マルケッタがヤルモ家族を連れて来た時には酷い言葉でののしっていたので、執事は腑に落ちない顔をしてしまった。


「なんですのその返事は……いいですの? くれぐれも丁重に扱うのですわよ」

「は、はっ!」


 しかし、王女であるマルケッタにこうまで言われると、言うことを聞くしかない。執事はいそいそと指示を出し、マルケッタたちを領主の待つ応接室へと案内する。


「おお~。王女殿下、長旅お疲れ様で御座います。ささ、こちらへお座りください」


 太った老領主はマルケッタを一目見ると立ち上がり、ゴマを擦ってVIP対応。これが王族に対して普通の対応なのだろうが、ヤルモたちを見る目はまったく違った。

 まるで、ゴミでも見るように……


「王女殿下にあらせましては……」

「おべっかはよろしくてよ。さっさと帝都の現状を説明しなさい」

「は、はあ……えっと現在は……」


 領主までも腑に落ちない顔。普段はマルケッタの気分が良くなるまで褒めてからじゃないと本題に入れないようだ。


 その領主からの報告では、ダンジョンから出た魔王は帝都を乗っ取り、皇帝は隣町、ムオニノに避難していた。

 そこから帝都を取り戻そうと軍を派遣したが、まったく歯が立たずに被害は拡大。さらには、防衛が弱っているところにモンスターを引き連れた四天王に攻められて、ムオニノを放棄するしかなかったらしい。


「そんなことになっていたとは……」


 さすがにここまで被害が広がっていては、マルケッタも動揺している。


「わかりましたわ。明朝立ちますので、父の滞在場所を教えなさい」

「はっ! 現在は……」


 アルタニア帝国の地図を見ながらマルケッタは話を聞き、ヤルモはこっそりと手持ちの地図に魔王の居場所と、四天王に襲われたムオニノに○印を付けていた。



 話し合いが終わると、これから部屋を準備するから応接室で待つように言われていたが、マルケッタはヤルモの家族の元へ先に顔を出すと言って席を立つ。

 そうして執事の案内の元、ヤルモたちだけでなく勇者パーティも続いて、とある部屋に入って行ったが、ヤルモはなかなか入れずにいる。


「主殿。入らないのか?」

「いや……なんか緊張してしまって……助けを断られたらどうしよう?」

「何を心配しているかわからんが、もしもの時は我が消してやるから安心しろ」

「いちおう俺の家族なんだから、消さないでほしいんだけど……」

「冗談だ。まぁあまりちんたらして魔王と戦うのが遅くなるなら、それもやぶさかではない」

「わかったよ!」


 イロナは冗談と言いながらも脅すので、ヤルモも覚悟を決めるしかない。そして緊張を打ち消すように大きな声を出して、部屋へと入った。


「ヤ、ヤルモ……」

「お前……ヤルモか?」


 すると、老夫婦がヤルモを一目見て、ヨロヨロと近付いて来た。


「ヤルモ……ごめんね。お前を信じなくて……本当にごめんね。うっうぅぅ……」

「お袋……」


 母は涙しがら謝罪し、ヤルモの手を取ったところで泣き崩れた。


「あの時は、俺たちどうかしていた。少し考えれば、お前がそんなことをするはずがないとわかったんだ。話もせずに追い出してすまなかった」

「親父……」


 父は目に涙を浮かべ、ヤルモの肩をトントンと叩き、強く握った。


「うっうぅぅ……親不孝で、ごめん……」

「私たちが悪かったのよ。ヤルモ~~~」

「すまなかった。すまなかった。許してくれ~~~」


 こうして両親との再会は涙の再会となり、お互い謝りながら時が過ぎるのであった……

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