018 明日の準備


「返品しようにも、できないんだ」


 ヨーセッピ老人から『男根鬼』と呼ばれるイロナの返品を勧められたが、タピオは購入の流れと契約内容まで説明する。


「なんですと……私の命の恩人になんてことを……私が必ずその契約書を破棄させてあげましょう!」


 ヨーセッピはタピオのために息巻くが、その時、イロナが動いた。


「ほう……我を主殿から引き離そうと言うのか……貴様、いい度胸だな」


 どうやらイロナは二人の会話を盗み聞きしていて、返品と聞いて怒っているようだ。それはもう烈火の如く怒り、ヨーセッピの頭を握り潰そうと右手を伸ばした。


「イロナを返品するつもりはない。じいさんも、何もしなくていいからな」


 タピオはイロナの手を取り、まるで力比べでもするように指を絡める。


「はひっ! 大それたことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!!」


 さすがにイロナの殺気を受けたからには、ヨーセッピは敬礼。よっぽど怖かったのだろう。


「ですが……大丈夫ですか?」

「う、うん。いつものことだ」


 タピオがイロナの手を取ったことで、力比べに発展。タピオは片膝を突いて痛みに耐えているので、ヨーセッピは心配していた。



 それからタピオがギブアップすると、イロナは満足して手を離し、先ほど向かおうとしていた場所へ移動する。


「道具屋ですか……ならば、私の息子が経営している店はどうですかな? 割引させてもらいますぞ」


 ヨーセッピは命の恩人のタピオに、不良品のある奴隷館を紹介したことを悪く思っており、挽回しようとタピオにくっついて離れない。

 タピオは気にしていないと言っているのについて来るので、仕方なくヨーセッピの勧める道具屋に足を運ぶこととなった。


「ほう……明日は、中級ダンジョンに挑むのですか。でしたら、テントなんかも必要でしょう」


 道具屋では、店主よりも店主らしい働きをするヨーセッピ。前オーナーなので店主は逆らえず、ヨーセッピの隣に待機させられている。


「テントなら持ってる……あ、イロナの分も必要なのか」

「タピオさんは一人用を持っているのですな……それならば、もうひとつ一人用を買い足せばよろしいかと」


 ヨーセッピはイロナの顔を見て別々のテントを勧めるが、イロナはそれが気に食わない。


「それでは主殿に奉仕ができないではないか。二人用を用立てよ」


 またヨーセッピは顔色を伺い、タピオは困り顔だったから目で会話。本当に二人用でいいのかと質問し、タピオが諦めたようにゆっくりと目を閉じたので、二人用のテントを準備させる。


「少々大きいですが、ベッドも二個付いていますので、快適な睡眠が約束されますよ」

「いや、それ、貴族の移動用だろ? アイテムボックスも圧迫するから買えないよ」


 ヨーセッピが良かれと思ってやったことは、タピオに不評。用途がまったく違うので、いくらいい物でも買いたくないようだ。イロナもベッドが分かれていることが気に食わないらしく苛立っているので、他の物を用意しないといけない。

 しかしヨーセッピの選ぶ物はどれもタピオの体を気遣った物が多いので、イロナからのダメ出しが入るから、結局は自分たちで選んでいた。


「寝るだけだから、これでいいだろう」

「うむ。しかし、寝袋は二人一緒のほうがよくないか?」

「寝袋は暑くなるから、別々のほうがいいって。それに、見張りで交代することもあるだろうしな」

「確かにそちらのほうが実用的か……」

「ま、二人用も買っておくか。いつか使える日が来るかもしれないし」


 イロナが残念そうな顔をするので、タピオは折衷案。いつかレベルが近付いた時には、タピオも一緒に寝たいようだ。

 寝袋とテントが決まれば、あとは必要な物。イロナ用のポーションや毒消し草なんかも追加で購入する。


「本当にタダでいいのか?」

「はい。命を助けてもらっただけでなく、迷惑をおかけしてしまいましたので」

「う~ん。せめて半額は受け取ってくれ。あまり施しを受けたくないんだ」


 タピオはあまり人の好意を受けたくないので、半額をヨーセッピに握らせる。何度か押し問答はあったが、ヨーセッピが折れて受け取ることとなっていた。

 買った物は、全てタピオのアイテムボックス行き。けっこうな量だったので、ヨーセッピはアイテムボックスをタダで譲ろうとしていたらしいが、目論見が外れたようだ。

 半額を受け取ったのはアイテムボックスを渡す布石だったようで、ヨーセッピは気落ちしていた。


「いい買い物ができたよ。また、何かあったら寄らせてもらおう」

「はい。私は普段本館にいますので、何かあったらお声を掛けてください」



 ヨーセッピと別れの挨拶をすると、適当な店で携帯食を買って、今日もいつもの宿屋へ。晩メシをがっつき、仁王立ちのイロナのサービスの押し売りが始まるが、なんとか痛くない方法で夜を乗り切ろうとするタピオであった。

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