第11話 エムロードと魔法使い

 万里が道を抜けてから、スターリーは道に向けて駆けた。

 だが、スターリーは道を抜けられず道の前で崩れ落ちた。



「マリ嬢、マリ嬢、マリ嬢」



 譫言のように万里の名前を繰り返すスターリーに、魔法使いは冷めた目で見下しながら、口の端を吊り上げる。



「ごめんなさいね、その道はアナタには通れないの」



 カツン、とヒールの音が響き渡る。



「あちらに行きたい? 彼からあの子を取り上げたい?」



 ふふ、と小さく笑声を上げて、魔法使いは抱き合っている二人の映像を一瞥した。



「でも残念。アナタが私たちの世界に渡る日は来ないわ。だってアナタがその方法をぜーんぶ! 燃やしただもの! だからアナタがあの子に会えることは二度とないわ」



 心底愉快そうな笑い声が会場に木霊する。盛大にあざ笑っている魔法使いをスターリーは強く睨み付けた。


 親の仇を見るような目で見られても、魔法使いの嘲笑いは止まない。むしろ深くなり、スターリーを見下す。


 魔法は廃れ、研究するにも魔法が使える人がいない。そんな状態で新しい魔法の研究する余裕などない。研究院はあくまで既存の魔法を研究し、それを保存する場所だ。


 それを分かっているのか、睨むだけで何も言ってこない。


 魔法使いはそのままスターリーを放置する。


 それ以上言うことはなかった。研究院という施設を燃やした罪を裁くのは魔法使いの仕事ではなく、この国の仕事だ。


 スターリーからエムロードへ視線を移す。エムロードは未だに涙を流している。


 万里が無事に帰って安心しての涙だと周りの者は思っている。けれどそれだけではないことを魔法使いは知っていた。


 また視線を移して、学園長を見やる。学園長と目が合い、魔法使いはにこりと笑ってみせた。



「ボウッとしていないでさっさとお仕事をしなさいな」



 そう告げると学園長はハッと我に返り、慌てて大声を上げた。



「緊急事態のため、舞踏会は中止とします! この日を待ちわびていた生徒諸君、この日のためにお忙しい中時間を空けてくださった父兄並び関係者の皆様、このような事態になってしまい、誠に申し訳ございません。


後日、改めて舞踏会を開きたいと思っていますので、今日はこれにて解散と致しましょう! また皆様のお時間を取らせてしまう形ですが、何卒ご協力をお願いします!」



 箝口令は出さない。生徒に対してはその権利があっても、父兄達に対して権利は学園長にはないからだろう。


 魔法使いはふぅっと溜め息をついて、その場で姿を消した。それと同時に側近候補たちの口に貼られていたガムテープを消える。


 一瞬で姿を消した彼女に会場は騒然となったものの、それよりも国の将来を左右する出来事に掻き消されてそのままお開きになった。








 渦中にいたエムロードであったが、屋敷に帰り一人部屋で過ごしていた。


 あの後に来た王宮の遣いに事情聴取をさせられそうになったが、疲れただろう後は私に任せなさい、と父に促され、その言葉に甘えて兄と一緒に屋敷に帰ってきたのだ。


 母への説明は兄に任せ、部屋で一人いた。侍女もおらず、薄暗い部屋の中、椅子に座ってぼんやりとしていた。



(本当にあの子は帰ったのね)



 昼間、この部屋で万里とドレスのデザインの流行について話し合っていたのが何だかもう遠い記憶のように感じた。どうしてその話になったのか、経緯もちゃんと覚えているというのに不思議だ。けれどそれ以上に寂しいと思ってしまう。



(急なお別れって、こんなにも置いてけぼりにされるのね)



 あの子もきっとこんな気持ちだったのだろうか。いや、これ以上の喪失感だったのだろう。そう思うと胸が痛む。



(あの子の姿を見られて、本当に)



「よかったって思っている?」



 突然声を掛けられて、エムロードは俯いていた顔をハッと上げた。


 窓から差し込む月明かりの中、真っ赤なドレスを着た黒髪の女性が浮かび上がってくる。


 心臓が飛び上がるほど驚いたが、その女性が魔法使いだと理解し、エムロードは慌てて椅子から立ち上がった。



「魔法使い様、このたびは万里様をあちらに帰していただき」


「いいのよ、堅苦しい挨拶は」



 魔法使いがニコッと笑う。最後に見た邪気を含んだ笑みではなく、含みのない笑みにエムロードは肩の力を抜いた。


 心臓が落ち着いたところで、自分が座っていた椅子の向かい側にある椅子を指して魔法使いを促す。二つの椅子の間にある机の上には何もない。だがどちらにせよ、恩人である魔法使いを立たせるわけにはいかなかった。



「どうぞ椅子にお掛けになってください」


「ありがとう」



 魔法使いは素直に応じ、指定された椅子に座る。。



「すいません、侍女にお茶の用意を」


「いいのよ、そこまで長居するわけでもないから。ああ、それとも私と話すと緊張しちゃうから飲み物が欲しいの?」


「いえ、そのようなことは」


「それに私がいることが分かったら、侍女がこの部屋に居座っちゃうでしょう? これからしたい話のことを考えると、侍女がいないほうがアナタのためだと思うけど」



 魔法使いがしたい話の内容。エムロードには心当たりがなかった。侍女に聞かれて危険なことをしていない。一つのことを除いて、大した秘密も抱えていない。


 その一つが浮かんだ瞬間、ハッとなり魔法使いを凝視する。


 その秘密が直接的ではないが、魔法使いとも関わっている。その可能性は充分有り得た。彼女の力を見ている分、その可能性が濃厚だ。


 エムロードはおそるおそる座っていた椅子に腰を下ろした。



「魔法使い様、話というのは?」


「そんなに身構えなくてもいいのよ。別にアナタをどうこうしたいっていうわけでもないから。むしろ感謝しているのよ? 私がこの世界に降りたって調査が完了するまでに西園寺万里を保護してくれたから」


「当たり前のことをしただけですわ」


「でも保護以上のことをしてくれたわ。この仕事をやっているとね、間に合わなかったことも多いから」



 間に合わなかった。それを聞いて胸が少し痛くなる。志半ばで帰れなかった者たちのことを思うと、自分のことを重ねて同情してしまう。



「では話というのは?」


「ちょっとした世間話。あとは祝福でも与えようかなって」


「祝福ですか?」


「祝福っていうより感謝の気持ちね。手厚く保護してくれたお礼に何かを贈るのが決まりなのよね。今後、またうちの者が来たらまたよろしくねっていう意味も込めてっていうのもあるけど。まあ遠回しの賄賂といってもいいわ」


「その祝福の内容は?」


「今後の幸福を確定するっていうのが多いけど、本人の希望通りの祝福を与えるのもありね。たとえばこういう能力が欲しいとか。私たちは各の世界の通貨なんて用意できないからね。だから私たちしかできない、人智を超えた力を使って人間には出来ないお礼をするのよ」


「そういうことなのですね」



 確かにこの世界の通貨をすぐ用意するのは、異世界の住人に無理なことだ。だが、彼女ならすぐにでも用意出来ることではないかと思う。彼女には人智の超えた力が備わっている、と彼女の口から出た。その力を使えば通貨などすぐ用意できるではないかと思う。


 けれど大金を手に入れることが、その人にとっての幸福ならば、祝福が大金に代わるだろう。


 つまりわざわざ通貨を用意しなくても、幸福になる祝福を与えたらいいわけだ。一番無難かつ、文句も言われない選択だ。



「その祝福を与えにここに?」


「正確にはこの屋敷の人たちに、ね。一人一人回るのは面倒くさいから、幸福になる祝福をかけるけど、アナタには選択肢を与えたいなと思ったのよ」


「それは何故ですか?」


「私が知っているアナタの秘密のこと、アナタは察しているのでしょ?」



 心臓が跳ね上がる。それを表に出さず、エムロードは困った風に首を傾げる。


 エムロードがニッコリと笑う。



「ねぇ、馬場清見」

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