第8話 魔法使いの目的
真っ赤でスカートの部分がレースで大きく広がっているドレスを着ている。見たところネックレスなどのアクセサリーは身についていない。髪のセットもこれといってしていない。だが、腹を抱えて爆笑してもなお、彼女という美しい存在は際立っていた。
「ふぅ」
一旦爆笑が止まったかと思えば、今度は晴れやかな笑顔を貼り付けて拍手し始めた。
「良い爆発っぷりだったわ! 先に仕掛けてきた相手の手札を逆に利用して、相手を叩き潰すのもまた定石」
拍手しながら魔法使いが近寄ってくる。魔法使いが通る度に誰かの息を呑む音が聞こえてくるような気がした。
スターリーは怪訝な顔をして、魔法使いを見据える。
「すまないが、君はどこの令嬢かな? 記憶力には自信があるが、君の顔に見覚えがないのだが」
「坊やに名乗る名はなくてよ」
魔法使いの言葉にスターリーは眉の端をピクッと動かす。
「坊やとは私のことかな?」
「あら、自分は坊やじゃない、大人だというのかしら? そう言っている時点でまだまだ坊やね。可愛らしいこと」
魔法使いはクスクスと笑いながら、先程まで手にしていなかった扇を、どこからともなく取り出して口元に当てる。
「まだまだ未熟な身だが、私はもうすぐ成人を迎える。正直、あまり歳の変わらない君に子供呼ばわりされるのは複雑なのだが」
「あらあら。私ってそんなに若く見られているのかしら? 嬉しいわぁ」
「……まるで私よりも年上だと言っているようだが」
「そこはアナタたちの解釈に任せるわ」
で、と魔法使いは首を傾げる。
「もうすぐ成人を迎えるって言っていたけれど、人間は成人を迎えていないと大人ではないのよね? じゃあまだ一般的には子供ね。いくら子供でもしてもいいことと悪いことがあるの。それは分かっていて? ああ、分かっていないからこうなっているのね」
「何が言いたい?」
「もうすぐ成人を迎えるっていうくらい大きな子供なら、大勢の前で駄々こねないでちょうだい。みっともない」
ブフッと誰かが吹いた。つられて何人かが吹き出して、スターリーの顔が真っ赤になっていく。それは羞恥からなのか、怒りからなのか。万里には分からなかった。
「ぶ、無礼な!! 殿下に対してそのようなことを言って、不敬である!!」
オロオロしていた側近候補の一人が怒声を上げる。周りの側近候補たちも、そうだそうだ、と同調した。
だが魔法使いは、そんな彼を一瞥して。
「私に不敬は通じないわよ。郷に入れば郷に従えって言うけど、従うつもりはさらさらないわ。王とかなんとかって、私には関係ないもの」
そう冷たくあしらった。あまりにも堂々した態度に、側近候補達は口を噤んだ。
「で、では、名前ではなく肩書きだけでも教えていただけないでしょうか?」
スターリーを止めていた側近候補が、おずおずと声を出した。
「それは後のお楽しみよ」
「後で言ってくださると?」
「ええ、必ず」
「今すぐは」
「嫌よ。無駄に騒がれるのは定石じゃないわ。ああ、でも西園寺万里からは魔法使いと呼ばれているから、しばらくはその肩書きで」
ざわざわと会場が騒ぎ出した。
「魔法使い? 君が?」
スターリーが疑わしげな視線を魔法使いに投げる。
「正確には違うけど。あ、そうだ」
魔法使いが指をパチンッと鳴らす。すると、不敬だの騒いでいた側近候補の口元に光が集まったかと思えば、一瞬のうちにガムテープのようなものが貼られた。
「アナタたち、五月蠅いから終わるまでそれね」
側近候補達は青ざめて、ガムテープを取ろうとしているが取れないのかムームーと何か叫んでいる。
「さて、坊や」
魔法使いが再びスターリーに視線を戻す。
「アナタの罪を数えましょうか」
万里はその言葉に目を瞠って、魔法使いを凝視する。すると魔法使いは万里の方を振り向いて、ニコッとピースサインを出した。
「私の罪だと?」
「一、冤罪を引き起こしたうえ、少人数ではなく大勢の前で婚約者を辱めようとしたこと」
魔法使いが指を立てる。
「二、今まで支えてきてくれた婚約者を蔑ろにしたこと」
三本目を立てる。
「三、真っ当な意見だというのに聞く耳を持たず、強引に自分が進みたい道を突き進もうとして周りに迷惑を掛けたこと」
四本目を立てる。
「四、西園寺万里に対するストーカー行為に近い行動。学園では時間があれば後をつけていたし、名目上の保護者であることを全面にし、先生から西園寺万里が受ける授業と時間を聞き出していた」
五本目を立てる。
「五、西園寺万里が受けていた虐めを黙認していたこと。あらやだ。これでも省いたのに折り返し地点まで来ちゃったわ」
魔法使いは数えていた手を頬に添えて、まあまあ、と困った風に眉尻を下げた。
「西園寺万里を囲い込もうとする必死な姿は愉快だけど、それで嫌われちゃったうえ、行動の一つ一つが盛大に空回っている姿は滑稽よねぇ」
「ぐふっ」
エムロードの兄が小さく吹いた。公爵が肘で小突いて、止めさせる。
それを気にすることなく、魔法使いは続けて言った。
「執着している相手を囲もうとするのは私たちに通じるものがあるから、共感できるけど」
広げていた扇をパンッと閉じて、ハッキリとした声色で言い放つ。
「相手の気持ちも確認せず、人の恋人を略奪しようとしたのは非常に不愉快ね」
静寂に包まれた会場に、魔法使いの言葉が響き渡る。
スターリーは狼狽しながら、魔法使いと万里を交互に見た。
「こ、ここここ恋人?」
「あ、六は元の世界にいるとはいえ恋人持ちの西園寺万里をあの手この手使って自分に惚れさせようとしたことね。
西園寺万里たちを責めないで。
西園寺万里はアナタがそれを知ったら、魔法研究院の人たちに被害が出そうだから黙っていたのよ。
魔法研究院があんなことになったから、言ってもいいわね。あ、別にアナタを誑かそうとしなかった、アナタが一方的に一目惚れをしてアタックしただけ。ここ大事よ」
絶句しているスターリーに、魔法使いはさらに叩き込む。
「ああ、魔法研究院で思い出したわ」
たった今思い出したかのように、わざとらしく両手をぽんっと合わせ、にんまりと笑う。
「七、魔法研究院の火事を引き起こしたこと。
深夜に隠し通路でお城から出て、警備員が通らない時間を把握し、異世界に渡る方法を研究していた部署近くで火を付けたこと。
精神的なダメージとしてはストーカー行為が一番罪が重いけど、一般的にこれが一番罪が重いわね。
だってこの世界にとって価値の高いものがたくさんあったのでしょう? それを故意に燃やしたんだから高くつくわね」
今までとは空気の違う静けさが辺りを支配する。
それは一瞬のことで、すぐにザワザワと周りが騒ぎ出した。先程の婚約破棄宣言とは違い、ざわついている声一つ一つが大きい。そんなバカな、という声もあちこちから聞こえてくる。
万里は、やっぱり、という腑に落ちたと同時に、なんてことをしてくれたんだ、よくも、という怒りのメーターが振り切れそうになる。
連続で怒るのはよくない、と心を静めようとするが、いつ頭の血管が切てもおかしくないほど、頭に血が上っていた。
「な、ななな、そんなデタラメを!!」
スターリーは狼狽え、青ざめて震えていた声を張り上げる。
「あら? 私、この目で見たわよ? アナタが英雄王? だったかしら? なんかそんな名前の像の台座から出てきて、魔法研究院の敷地内に侵入したかと思ったら、さっき言っていた場所で燃えやすい素材を置いてそれに火を付けていたところを」
英雄王。確かに魔法研究院の近くにそんな名前の像がある。圧政に苦しんでいた民衆のために立ち上がった若き王の像で、その王が現王家の直系の先祖であるのだと教わった。
大きな像で、高知県に旅行行ったときに訪れた坂本龍馬の像と同じくらいあった。
大きな像だが、街灯が周りにないため夜になると暗く、人通りが少ないから危ない、と使用人に教わったことがある。像自体も古くて危ないから、と周りに柵があって遠くからではないと見ることができない。
(街灯がないのも像に近寄れないのも、隠し通路があったからなのか)
色々と納得していると、スターリーが冷静を取り戻して反論する。
「その証拠はあるのか? まさか証拠がないのに私を貶めようとしていないだろうな?」
「まあ、私が目撃したというだけで物的証拠はないわ。けれど」
魔法使いは口の端を吊り上げて、不敵に笑う。
「私がそれを目撃した。それが事実だということには変わりないわ」
ドーンという擬音が似合うほど、あまりにも堂々とした物言いにスターリーと魔法から免れた側近候補がタジタジになる。
決してブレない彼女の態度に、周りが彼女の言葉に信憑性を見いだし、もしかして本当に殿下が、とヒソヒソと囁いている。
「ふん、それは目撃証言だというだけで物的証拠ではない」
立ち直ったスターリーが一蹴する。
「まあ、アナタが罪を認めようが認めないが私には何の支障もないから、それでもいいけど」
それに焦るどころか、スターリーの反応に対して興味なさげに呟きながら、魔法使いは扇を再び広げた。
「魔法使い様」
今度はエムロードが口を開いた。
「何かしら?」
魔法使いはエムロードに対して、微笑みながら首を傾げる。
「貴女の目的はなんですか? 王家に対する忠誠心もなければ叛逆の意図もないように見えます。万里様を庇っているように見えますが、目的は別にあるようにも見えます」
「あらあら。探りを入れずに単刀直入に訊くのね。まあ、それも定石。私もそのほうが好きなときもあるわ」
どうやら今のはその好きなときらしい。魔法使いは機嫌を損なうことなく、コロコロと笑いながらそう返した。
「そうね、そろそろ私の目的を言ってもいいわね」
そう言いながら、魔法使いは万里のほうへゆっくりと歩み寄る。その足取りはとても優雅で、周りのほぅ、という溜め息が聞こえてきた。
「私の目的は」
魔法使いはそっと万里に向けて指を指す。
「西園寺万里。アナタを迎えに来たわ」
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