第7話 爆発

 ざわめきが一転、シーンと静まり返り、スターリーの宣言が木霊する。


 いつの間にか音楽も止み、辺りは人がいないかのように静まり返った。オロオロしていた側近候補も、止めていた側近候補も、エムロードたちもポカンとしている。



(青天の霹靂ってこういうことかなぁ、ははは)



 万里は引き攣った笑みを浮かべ現実逃避をした。渦中にいるのに、ここから目を逸らしたくて仕方ない。



「殿下……よもや叛逆しようと?」



 最初に我に返った公爵がスターリーに訊く。いつもみたいなズッシリとした声色ではなく、どこか空気が抜けているような声色だった。



「私に叛逆の意思はない」



 スターリーが断言する。



「しかし、娘との婚約は王命によるもの。娘との婚約を殿下の一存で破棄することは即ち王命に背き、陛下に対する宣戦布告とも取られても仕方のないことです」


「エムロードが令嬢を利用してマリを虐めたこと。弱っているマリを助けて、洗脳をしたこと。それを説明さえすれば、陛下も納得する」


「つまり、両陛下はこのことを知らないと」


「そうなるな」



 公爵がこめかみに指を押して俯く。眉間に皺を寄せており、いかにも頭が痛くなるほどスターリーの言動に参っているというのがありありと伝わってきた。


 いつも冷静沈着で、貴族相手に隙を見せたらいけないよ、と注意していた公爵がこうなるとは、逆に凄いなと万里は変に感心してしまった。



「個人的にはせめて解消、と言いたいところですが」



 エムロードが扇を口に当てて、溜め息をつく。



「私が万里様を洗脳したという証拠はあるのですか? 私はただ誰かさんが万里様を必要以上に構うせいで、謂れのない噂を囃し立てられたのが心痛くて痛くて。そんな万里様を助けたくて行動したことが、洗脳をしていたと思われていたのですか?」


「その誰かさんというのは私のことか?」


「他に誰がいると? 私は散々注意いたしました。学園で必要以上に万里様に近付いたら、逆に万里様に危害を加える人が現れると。実際にそうなってしまいましたね。それなのに事あるごとに近寄ろうとして。だから私が盾になったのです。それで私と万里様と親しくなったから、私に嫉妬して変な言いかがりをして……殿下、貴方には王族の自覚がないのですか?」



 万里は目をギョッとさせ、慌ててエムロードのほうへ駆け寄った。



「エムロード様、殿下を罵るのは後で」


「あら、万里様。これは罵倒に入りませんわ。ふふふ」



 鈴の音を転がすような、とても綺麗な笑い声を立てているが、その声色は冷え切っている。


 恨み爆発寸前か、と内心戦慄していると青筋を立てたスターリーが再び声を荒げた。



「エムロード! 話を逸らすな! 今はお前がした洗脳についてだな」


「だ、か、ら! わたしは洗脳されていませんけど? 思い込みはよくありませんよ」


「私が思い込んでいるのではない。君が思い込んでいるんだ」



 埒があかない気がする。万里は辟易した。



(ていうか、殿下はエムロード様がわたしを洗脳したって、本当にそう思い込んでいるの?)



 じっとスターリーを見据える。



(なんていうか、必死にそっちに話を持って行こうっていう魂胆がチラ見しているというか)



 スターリーは万里を説得しているようにみえる。だが、その中身はないように感じる。説得しているのではなく、なにか別の意思があるようだった。



「仮に妹がマリ嬢を洗脳したとして」



 エムロードの兄も口を挟む。



「妹にどんな利点があるのですか? マリ嬢は異世界の住人で、この世界とは縁がない。血縁者がこの世にいないのですから、孤児よりも孤独な位置にこの子はいます。それに加え、特別な力もない、性格もごくごく普通の女の子です。そんなマリ嬢を洗脳し、手元に置く利点とは何なのでしょうか? 私には到底考えの及ばぬことゆえ、どうか殿下。お答えください」



 目が笑っていないのにニッコリと笑う。その笑顔は夫人にそっくりだった。



「マリを洗脳することで」


「殿下、マリ嬢です」


「…………マリ嬢を洗脳することでマリ嬢は私から離れる」


「それが利点だと? はて、その言い方からすると妹は殿下のことを慕っていると聞こえますが」


「エムロードは私を好いていないことは知っている。あくまで相棒として信頼されていることもな」



 ふん、とスターリーが鼻を鳴らす。



「それなら何故?」


「エムロードはこの国をより良くしたい、そのためには正式な準王族になって率先して働くしかない、と昔言っていた」



 準王族。万里は必死に思い出す。


 確かこの国においての準王族は、王族の血を引いていないが王の籍に身を置いている者だ。つまり王子や姫と婚姻した者のことを指す。


 婚約している時点では、あくまで仮の準王族ということになる、とエムロードに教えてもらった。



「だから私が気に掛けているマリ嬢に危機感を持ち、洗脳したのだ。学園では私がマリ嬢を娶ると噂になっていたみたいだからな。焦っていたのだろう。王になれば一応側妃が取れるが、側妃を取るのは今のご時世あまりよろしくない。どちらにせよ、準王族になりたいのであれば私を含む他の王子と結婚するしかない」


「はぁ」



 エムロードがまた盛大な溜め息をつく。



「なるほど、そういうことですか」



 そう呟きながら、エムロードは前に出てスターリーと向き合う。



「貴方は万里様を囲むために学園に通えと言い出したかと思いましたが、それと同時に私に万里様を害する理由を作ったということですか」


「え、それって」


「貴方は万里様と結婚するために私との婚約を解消したかった。そのために私を蹴落とそうとした、ということです」


「殿下とわたしが結婚って無理があるのでは?」


「ええ、かなり無理があります」


「人聞きが悪いことを言うな。マリ嬢を学園に通うことを推薦したのは、この世界の人たちと交流してほしかったからだ。他意はない」


「そのわりにはけっこう強引でしたよね?」



 あのときのことを思い出しながら突っ込むと、スターリーはいけしゃあしゃあと答える。



「それが君のためだったからさ」



 その一言でプチッと何かが切れた。


 君のため? ふざけるな。お前のせいで、どれだけ、どれだけ。



「マリ嬢」



 そんな万里の様子に気付かず、スターリーが手を差し伸べる。



「これで分かっただろう? 君はエムロードに洗脳されていたんだ。君のためではなく、自分のために。さあ、私の手を取って」



 冷めた目で見ても、スターリーは怯まない。なんて汚いお花畑なのだろう。

 万里はすっと手を上げた。



「殿下。これからわたしは殿下に対する想いを口にします」



 スターリーの表情が一気に明るくなる。



「つきましては口が悪くなり、お耳汚しになるかもしれませんし、不敬になるかもしれません。つきましては、これからわたしが口にすること、そしてエムロード様含む公爵家の皆様に対して不敬罪にならないことを誓ってくれますか?」


「え、あ、ああ」



 明らかに戸惑っていたが返事を貰えたので、万里は辺りをぐるりと見渡した。



「皆様も聞きましたね? これからわたしが言うことは不敬罪にならないと」



 目が据わっている万里を見て、視線を合った人たちが無言で頷く。



「では」



 一呼吸間を置いて、口を開く。



「君のためではなく自分のためなのは、殿下のほうでしょうが!! お前が言うなし!!」



 ぽかん、とした顔でスターリーが万里を見つめる。


 一度出した本心はそれで止まることもなく、むしろ沸々と湧いてはそれらが飛び出した。



「さっきから聞いていればエムロード様がわたしを洗脳? 先にわたしを囲もうとしていたのは殿下でしょうが!!


 わたしが虐められた直後にすぐ来たり、虐められている途中で乱入したり、明らか様に狙ってやっていましたよね? バレていないとでも? 虐めを利用して自分に依存させようとしているのは明らかに殿下のほうですよね?


 ていうかその手を取るほど自分が好かれているとお思いで!? んなわけあるかっ! 保護してくれたことには感謝していますが、それを上回るほどあなたが影でしてきたことで好感度だだ下がりですが!?


 それにエムロード様はわたしが殿下のことが好きじゃないって知って、好きでもない相手に囲われていることを哀れんで助けてくれたんですよ!? それなのに洗脳されただ!?


 挙げ句の果てには、よりよい国にしたいというエムロード様の夢を蔑ろにして!! なにが王族だ、自分のことしか考えていないお花畑が調子こいているんじゃない!! これ以上わたしの恩人に言いがかりをつけるのは止めろ!!


 わたし、あの夜に言われた殿下の無神経な発言、それ以外にされたこともこの世界にいる限りいっっっっっっっっしょう!! 忘れねーからな!!」



 ぜぇぜぇと息を切らして、スターリーを睨み付ける。未だにぽかんとしているスターリーを見て、胸が半分くらいスッとした。


 本当は魔法研究院の火事についても言いたかったが、あれは証拠がないので自重した。


 辺りが静寂に包まれている中、聞き覚えのある笑い声が響き渡った。



「あっははははははははは!!」



 笑声が上がっている場所へ視線が集まる。万里もまさかと思い、その方向へ視線を向ける。人混みの中だというのに、まるでモーゼのように笑い声の主へ続く道が出来ていた。


 その道の先にいたのは、あの時の魔法使いだった。

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