第4話 エムロード

 帰れないと知らされてから、万里は何もする気力が湧かなくて、学園にも行かず部屋に閉じこもった。


 頻繁にスターリーが来たが、顔も見たくないし声も聞きたくないので最初は扉越しで追い返した。あまりにも来るので最近は無視を決め込んでいる。


 不敬になるのではと不安に思っていたが、スターリーの護衛から火災の報告の件を聞いたらしく、無神経な息子に頭が痛くなったらしい王妃から無視してもいいと言われたのでお言葉に甘えさせてもらっている。


 スターリー以外の人が訪ねてきたら、部屋に招き入れた。陛下も一回だけ来てくれて謝罪と引き続き方法を探してくれると言ってくれた。


 火災の原因も教えてくれた。やはり不審火だったようだ。


 それ以上陛下は言わなかったが、スターリーに疑いを持っているのかスターリーのその後の行動を訊いては、出来るだけスターリーと一緒にいないようにと言い聞かされた。


 そのことを心配して来てくれたエムロードに言うと、エムロードもスターリーを疑っているが証拠がないため表立って追及することができないという。陛下も疑う気持ちはあるが、息子がするはずがないとどこかで信じているから、あまり陛下にもこの事は口に出さない方がいいと言った。たとえそう思っていても、自分の心の中で留めておくのと、他人に指摘されるのは違うから傷つけてしまうかもしれない、と両陛下を気遣っていた。



「殿下は貴女に出会う前は本当に優秀な人でした。いいえ、周りの人が優秀に仕立てた、というのが正しいのかもしれませんわね。貴女が悪いのではなく、ただ貴女と出会ったことで本性が出たというだけ。ある意味、正式な王太子になる前に本性を引き出させてよかったかもしれませんわね」



 と、遠い目で呟いていて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。自分のせいで大事になってしまって、恩を仇で返してしまった気分になる。


 縮んだ万里に気付いて、エムロードは優しく微笑んだ。



「大丈夫、何回も言うけれど貴女のせいではありませんわ。だからそんなに責任を負わないでくださいまし」


「けど」


「貴女は何もしていませんわ。そそのかしていたら罪になりますが、貴女はそのようなことをする子ではないということは分かっています。ただ殿下が勝手に暴走しているだけですわ。だから気にしないで」



 諭すように慰めてくれたが、万里の心は晴れず、罪悪感が心にズッシリとのし掛かったままだった。


 あの魔法使いに吐露したら、少しは晴れるかもと期待していた。魔法使いの正体は分からないが、誰か分からない分だけこのモヤモヤを吐露しやすいと思っていた。


 だが、あれ以降魔法使いの姿を見ることはなかった。学園の制服を着ていたから生徒だと思うが、それらしき女生徒を一度も見かけることはなかった。黒髪はこの世界では目立つので、すぐ見つかると思っていたがそんなことはなかった。


 エムロードに、この学園に魔法使いはいるか、と訊いたが、心当たりはない、と首を横に振った。


 魔法使いが入学してきたのなら、噂どころか王族並みに有名人になる。だから今この学園にはいないはずだ、と教えてくれた。


 もしかして魔法使いだということを隠しているのだろうか。とても目立つらしいので、目立ちたくなくて隠しているのかもしれない。けれど、それならばどうして万里の前で魔法を使ったのか、その理由が思い浮かばなかった。


 学園に行かず、けれど勉強を怠ったら後々に響くのでエムロードに教えてもらっていた。この世界に骨を埋めるという現実を見せられているみたいで正直嫌だったが、それでも何もやらないよりかは気を紛らすことができた。


 王子の妃になる令嬢は、王太子妃になるならない関係なく王妃教育を幼い頃から叩き込まれるらしい。王妃教育という名目で登城しているエムロードだが、王妃教育をほぼ終わらせているので時間に余裕がある。だから、様子を見るという建前の理由を使い、城にいる時間のほとんどを万里の勉強に使ってくれた。


 スターリーに極力会いたくない、学園に行けばあちらから近寄ってこられる、なら部屋の中に閉じこもっている方がいい。そう結論を出した結果、そうなった。


 エムロードが万里に勉強を教えているとスターリーがいれば、勉強する気力が戻ったのなら学園に通える、と無理矢理押し通すかもしれないのでこのことはスターリーに内緒にしておくことにした。


 こうしてスターリーに会わないまま月日が流れた。まだショックから立ち直れていなかったが、少しだけ前向きに考えるようになった頃のことだった。



「舞踏会?」


「ええ。とはいっても、学園の生徒のみ参加の舞踏会なのでそんな堅苦しいものではありませんわ。社交界デビューする前の予行練習みたいなものです」


「予行練習」



 この国の社交界デビューは基本、学園を卒業した後に開催される舞踏会という名の成人式なのだという。王族は卒業前にデビューする場合もあるが、他の令嬢令息はほとんどが卒業後にデビューするらしい。



「舞踏会は学年関係なく全員参加です。何回も予行練習をすることによって、本番にできるだけ緊張せずに済むように、という目的で開催されます。成人式である舞踏会は両陛下がお越しになるので、粗相がないように、というのが本音ですわね。ですので、体調不良以外や事故以外の理由での不参加は基本許されません」


「つまりわたしも参加しなくてはならない、と」


「ええ。スターリー殿下が貴女のドレスを用意しようとしましたが、それは止めましたからご安心ください。側近たちも目を光らせて、こっそり作らせないようにしています」


「ありがとうございます」



 王族が自由に使える金はほぼないと云っても過言ではないという。それぞれ経費が決められており、婚約者に使う費用も決められている。


 王族が婚約者ではない女性に贈り物を贈るのは、大問題になる。そもそも法律で決められているのだ。


 これでスターリーからドレスと贈られたのであれば、犯罪の片棒を担がれてしまうところだった。



「貴女のドレスは我が公爵家が用意いたしますわ」


「え、でも」


「貴女のドレス一着分くらい、どうってことはありませんわ。それに貴女と私が仲良しで対立していないというアピールしないと、余計な混乱を招きますわ」


「混乱……」


「貴女と私が不仲だとすると、勢力が二分化されますわ。つまり貴女派と私派に。それを緩和するために、私と貴女が仲良しであることを見せつけるのです」


「私派の人がいるんですかね?」


「そこは夢見るお年頃ですわ。貴女の事情を知らない人から見たら、王子と異世界の一般女性の身分と世界を超えた愛の物語ですからね。ロマンと夢で貴女派につく人も少なからずいるはずですわ」



 確かに身に覚えがあるので、それ以上言えなかった。


 実際に見知らぬ女子生徒から、応援していますね、という謎のエールを送られたことがある。虐めに打ち勝てという意味かと思ったが、それを聞くとおそらく王子との仲を応援します、という意味だったのかもしれない。



「さて、仲良しアピールのためにドレスはお揃いのものを作りましょうか」


「それっていいんですか?」


「同じ派閥ならお揃いのブローチとか、そういうのを付けることもありますが、本番だと衣装はありませんね。けれど学生のうちなら、兄弟同士や同性の友達とお揃いのドレスを着ること自体は許されていますわ。よく思い出作りでお揃いのドレスと着る方も毎年いらっしゃいますわ」


「その……ご迷惑ではないのですか?」


「いいえ? むしろ楽しみですわ。ほら、私って兄弟がお兄様しかいないでしょう? だから姉妹でお揃いコーデっていうのに少し憧れていたのです」


「姉妹コーデ?」



 訊くとエムロードが照れくさそうに笑う。



「実は失礼だとは思っているのですが万里様と話していると、まるで妹ができたように感じて……なので万里様のお揃いのドレスを着ることができたら嬉しいなと」


「エムロード様も? 実はわたしも……エムロード様のこと、お姉ちゃんみたいだなって思っていまして」



 いつも率先して自分を守ってくれるエムロードに、一人っ子だが上に兄弟がいるとこうなのかなっと心の中で思っていた。それを告げるとエムロードは目を数度瞬かせた後に破顔した。



「まあまあ、そんな風に思ってくれていたなんてとても嬉しいですわ! どうせならデザインも一緒に考えましょう?」


「でも考える時間が」


「そこは心配しないでくださいな。陛下より、舞踏会が終わるまで万里様を我が公爵家で面倒をみるよう王命をくださいました」


「い、いつの間に」


「殿下が貴女に近寄らないため、体の良い理由として王命という形で下されたのですわ。王家からも一応特例としてドレスを用意させることは可能ですが、それだと殿下がでしゃばる可能性がありますから」


「たしかに」



 むしろスターリー個人ではなく、王家から出すとなると名目がやってきたと云わんばかりに張りきる姿が目に浮かぶ。



「オーダーメイドのドレスを作るためには色々としなければなりません。採寸や色など本人がいないと話が進まないこともあります。我が公爵家で用意するとなると、わざわざ王城まで出迎えるとなるとお互い負担になりますので、一時的に我が公爵家で万里様の身柄を預けて負担を掛けないようにするという話でまとまったのですわ。塞ぎ込んでいる万里様の気分を転換させるために、という裏の理由も用意して」


「ああ、なるほど一時的に」



 一時的、というところを強調したのでそれをスターリー対策として使ったのだろうか。一時的だから許そう、という気になったのかもしれない。



「なにからなにまで、本当にどうお礼したらいいか」


「気にしないでくださいまし。私の姉妹コーデしたいという我が儘に付き合うという感覚で来なさいな」


「付き合うというか、わたしもお揃いで嬉しいのにそんな」


「あらあら、嬉しいことを言ってくれますね」



 くすくすと嬉色を含んだ声で笑うエムロードに、自然と顔が綻びる。



(そういえば、柚くんにもお姉さんがいたって言っていたなぁ)



 彼氏の柚は年の離れた姉がいたが、柚がまだ幼い頃に亡くなったという。



(エムロード様って歳は一つしか違わないのに、すごく大人っぽいし。柚くんのお姉さんもこんな感じだったのかなぁ)



 そんなことをぼんやりと思った。

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