6 ハッピーエンドを目指して
「……恵先輩、これ、どういう状況ですか」
勢いよく大講堂に入ると、恵先輩がステージの上手寄りで仁王立ちし、神崎と川嶋先輩が下手寄りに困惑した表情で立ち尽くして対峙している。
舞台照明は点きっぱなしで、まるで一つの劇のようにも見える。主演は、恵先輩だ。
ゆっくりと壇上に登る。そして恵先輩が俺を背にしたまま、腰に手を当て啖呵を切った。
「とりあえず二人を引き留めといた。幸村くんも追いかけてくると思ったから」
ビシッ、と犯人を追い詰める探偵のごとく、恵先輩が指で川嶋先輩を差した。
「さあ、二人とも、何をこそこそしていたのか白状なさい」
「それはこっちの台詞だ」
思わぬ反撃を受けた恵先輩が、ピクリと表情を強張らせた。力が抜けていき、指先がゆっくりと下がっていく。
「聞いたぜ。お前ら、喫茶店でデートしてたらしいじゃねえか」
「……はい?」
恵先輩と顔を突き合わせる。川嶋先輩は、いったい何を言っているのか。
そこでようやく気づいた。そりゃあそうだ。あの日、川嶋先輩に見つからないようにしていたのは、俺、つまり男と二人きりでいる姿を見せないため。
別に川嶋先輩が直接俺たちを見る必要もない。誰かからの又聞きでも同じことだ。
そして、今の川嶋先輩の態度を見て、ようやく単純な構図を理解できた。そうか。川嶋先輩は……。
「今日だってそうだ。随分と仲がいいじゃねえか」
ぐっ、と恵先輩がこらえ、大きく深呼吸してキリッと川嶋先輩を見据える。
その意図を理解して、俺は川嶋先輩の後ろに回り込んでステージの真ん中に押していく。
「おい、何すんだ」
抗議の声を無視して、恵先輩のもとへとグイグイと押し込む。
困惑した表情の川嶋先輩を置き去りに下手側に引っ込む。図らずも、神崎と横並びになる形になった。
「幸村くんは協力者で、同士というか……とにかく、後輩で、友達で、仲間。でも、それだけなんです」
「そんな慌てて否定なくてもいいじゃねえか。祝福くらいしてやるよ。同じ部活の仲間なんだから」
「違うんです!」
やさぐれたように笑う川嶋先輩の言葉を、恵先輩が大声で遮った。透き通る声が大気を切り裂き、大講堂中に響き渡る。
川嶋先輩は、その得も言われぬ雰囲気に押しとどめられ、唖然として恵先輩を見つめた。
「私が好きなのは信二先輩です!」
ビクリと肩を震わせ、川嶋先輩が目を見開く。
「その信二先輩が勘違いしたままなんて、絶対許せないです」
「あ……その」
川嶋先輩が手を伸ばしかけ、宙を漂わせたあと、後ろめたさを誤魔化すように斜め上を向いて後頭部を掻いた。
「悪かった。すまん」
「謝罪なんて聞きたくないです」
ピシャリと言われて、川嶋先輩がうっ、と呻く。
「それとも今のって、告白の返事ですか……?」
「違う!」
ここまで来たら、恵先輩も理解しているのだろう。意地悪く投げかけた言葉に、かぶせるように川嶋先輩が叫ぶ。
「俺はその、もしかしたら恵が、幸村のことを好きなんじゃないかって、勝手に嫉妬してたからで」
「嫉妬?」
「ああ」
ばつが悪そうに、川嶋先輩が肯く。それから、「ああ」、とか「うう」、とか呻りながら、程なくして意を決してか、ぐっと背筋を伸ばした。
「俺は、恵のことが好きだ」
かぁっ、と恵先輩の顔が一瞬で真っ赤になった。口元に手を当てているが、ゆるみきった頬は隠せていない。心の準備はしていただろうに、その嬉しさは想像以上だったようだ。
「本当は文化祭が終わってから告白しようと思ってた。ビビッてたんだよ」
「私、結構好き好きオーラ出してたと思うんですけど」
「……まったく気づかなかった」
「いいんですよ。そういう鈍感なところも含めて、好きですから」
恵先輩が後ろ手を組んで前かがみになる。川嶋先輩は照れたように鼻を掻いて、ソワソワとしながらも、しっかりと恵先輩に向き直った。
「改めて言わせてくれ。恵、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「……はい」
そのまま恵先輩が、がばっと川嶋先輩の胸に飛び込む。川嶋先輩は後ろに体勢を崩しかえるが、しっかりと抱きとめて勢いのままくるくると回る。まるで二人でダンスを踊っているかのようだった。
こそっと神崎を盗み見すると、暖かな眼差しで二人を見守っていた。
ひとしきり回って満足したか、恵先輩がトン、と身体を離して一息つく。それから、俺たちの方にグッとサムズアップした。
川嶋先輩は俺を見て、羞恥心からか顔を赤らめて頬をポリポリと掻いた。それから何かに気づいたみたいに「あー」、と声を上げてしきりに頷いた。
「幸村が協力者ってのは、つまり、俺が琴美と付き合ってるんじゃないかって、その確認だとかそういうことか」
それから、呆れたように大きくため息をついた。
「ああ、ようやく腑に落ちたわ。そうか。こないだのはそういうことだったのか」
いつものやり取りのように、恵先輩の髪をぐしゃぐしゃっとかき乱す。
「みぎゃあ! 何するんですか!」
「お前もそんな噂に踊らされんなよ。何度も言ってるだろうが。本当に何にもないんだ」
「口では何とでも言えるじゃないですかー。それに、琴美先輩が信二先輩をどう思ってるかもよくわからなかったですから」
「知ってると思ったんだが、そうか、何も知らないのか」
「何がです?」
悠然と、峰岸先輩が大講堂に入ってくる。タイミングを窺っていたらしい。つまり、今の告白のシーンは全部見ていたということ。
それもすべて織り込み済みだったらしい川嶋先輩は、動揺一つせずに親指で峰岸先輩を差した。
「琴美のやつ、彼氏いるぞ」
「へ?」
シン、と、時が止まったような気がした。
俺と、神崎と、恵先輩と。ゆっくり、交互にキョロキョロと、視線を合わせる。
ああ、そりゃそうか。別に恋人がいないとか、本人から聞いてないし。いたっておかしくない。峰岸先輩だもんな。
いや、でも、川嶋先輩と付き合ってるかもしれないと思っていたから、誤解が生まれたわけで。二人は付き合ってるのかとか噂にもなっていたし。だから……あれ?
「な、なんで言ってくれなかったんですかあ!」
「別に、言いふらすものでもないだろう」
あっけらかんと、峰岸先輩は何事もなかったように言い放った。
「でも、そんな様子……学校内じゃあ……」
「彼は大学生だからね」
盲点。年上か。それは公にならなくてもおかしくない。
ズルズル、と力の抜けた恵先輩が腰を落としていき、ペタンと座り込んだ。ふにゃっとした体勢のまま、キッと峰木先輩を睨みつける。
「ははっ。まあまあ、そう膨れるな。君たちは両想いだ、と伝えることは簡単さ。でも、それで本当に君たちのためになったかな。葛藤して、想いを確かめ合って、ようやく得られるものもあったはずだ。本当に壊れかけたら、そのとき初めて手を差し伸べる。それが私のやり方だ。今日のようにね」
なんかもう、清々しいまでの上から目線だった。そうであって然るべきではあるのだけれど、何か納得がいかない。
「全部お前の手のひらの上か」
「部長だからね」
相変わらずの意味不明理論。こちらの毒気もスーッと抜けていくようだった。
「恵の気持ちはバレバレだったけどね」
「はいはい。悪るぅござんした」
本格的に投げやりな恵先輩が、むすっとしたまま口を尖らせる。ふん、と鼻息荒くしたあと、俺の隣にやってきてポンと肩に手を置いてきた。
「次は幸村くんの番だよ」
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