5 解釈の『正解』は一つじゃない
ビラを配り終え、大講堂にて立ち稽古。
今日は田中先輩たちエキストラがいないため、部員のみで出る場面の練習。必然、俺と神崎の出番が増える。
かの有名なバルコニーのシーンの練習。二人だけなのは不安だが、かなりの贅沢だ。
ジュリエット『ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの。』
ジュリエット『ロミオ、その名を捨てて。そんな名前は、あなたじゃない。名前を捨てて私をとって。』
最初にこれらの台詞を見たとき、心の中でいくつかのロミオを思い描いた。
個人的にしっくりくると感じたのは、嬉しさのあまり飛び出したくなるのを堪え……結局は耐え切れずに飛び出してジュリエットの前に姿を現す。そんなロミオだった。
そして、埼玉芸術劇場のDVDを見て、驚いた。
ロミオ役の俳優さんは、ジュリエットの独白に対してニヤニヤしながら大笑いして舞台上を転がりまわっていたのだ。
衝撃が走った。『ロミオとジュリエット』は常にロマンチックなもの、という先入観に囚われすぎていた。時には笑いを取るような、コメディチックな場面があってもいいのだ。
大事なのはメリハリだ。締めるところは締める。それでこそ、悲劇が引き立つ。
正解は一つじゃない。解釈はいかようにもできる。
奥深い。ゆえに恐ろしい。
俺の解釈だって誤りではないはずだ。だが、観る側はどうしても優劣をつけてしまうだろう。誰と争ってるんだ、って話だけど、せっかくならお客さんには楽しんでもらいたい。それだけは間違いない。
だが、あまり目立ちすぎるのもどうか……配分が難しい。
やっぱり、プロは凄い。
俺は、エキストラの田中先輩や菅原先輩の足元にも及ばない。それでも、舞台に出ればキャリアなんか関係ない。実力だけが、観客の評価の指標だ。
今はひたすらに頑張る。それだけだ。
まだまだ俺の可能性は、どこまでも広がり、どこへでも続いているのだから。
「幸村くんさ、このあとちょっと付き合ってくれない?」
恵先輩が、部活終わり、俺にしか聞こえぬようにこっそりと言った。
「いいですけど、どうしたんです」
俺も小声で返すと、落ち着きなく周囲を見回し、
「喫茶店にでも行って話そう。奢るから」
「いや、別に奢らなくても」
その言い方は、つまり何かしらを頼もうとしているのだろう。
あまり厄介なことじゃないといいんだけど、と保身を考えてしまう。
「そもそも部室じゃダメですか」
「あまり信二先輩には見られたくなくて……バレないように」
恵先輩が川嶋先輩のことを好きなのは自明だ。その関連で頼みごとか……。
「わかりました。川嶋先輩には気付かれないようにします」
「あ、茉莉也ちゃんと帰る予定とか大丈夫?」
「そんないつも一緒ってわけじゃないですよ。それに、今日は御厨さんと部活終わりに合流するって言ってたんで」
「バッチリ把握してるじゃん」
微笑ましそうに恵先輩が目を細める。反論するのも億劫なので、とりあえず真顔で無言を貫いた。
「それじゃあお願い。駅前のスタドコーヒーで待ち合わせね」
ありえないだろうけど、間違って川嶋先輩がスタドに来たらどうするんだろう、と思っている間に恵先輩はそそくさと去って行ってしまった。
恵先輩は後姿でも見るからに動きが不審だった。しかし、すれ違った二宮先輩は、一瞥したあと何事もなかったかのように俺の方に歩いてくる。
「幸村くん。明日のビラ配りのことなんだけど」
「あ、はい」
「今日はおかげさまで、たくさんさばくことができました。ありがとう」
「いえ、部員として、当然のこと……というか、醜態をさらしてすみません」
「みんな最初は通る道。むしろ、やっぱり二人は勇気がある。本番も安心だ」
「ありがとうございます」
こうやって律義に声を掛けてくれる二宮先輩は、本当に安心感がある。基本、一つは褒め言葉を混ぜ込んでくれるし、飴と鞭がうまいモチベーターだ。
ついつい頼ってしまいたくなるので、自分でできることは頑張らないと、と戒める。
「明日は今日以上に刷る予定だから、よろしくね」
「はい。頑張ります」
俺の言葉に、笑顔で頷いてくれる二宮先輩。癒されるなあ。
「そういえば」
「どうしたの?」
「今、恵先輩とすれ違いましたよね」
「そうだね」
「ちょっと、変じゃなかったですか」
ストレートに失礼なことを言ってしまった。恵先輩、ごめんなさい。
友人を不審者呼ばわりされて、二宮先輩の心証を害していないかも心配になったが、
「恵が、変……? いつも変だから、どれくらいだろう」
俺以上に失礼なことをおっしゃった。
「さっきすれ違ったとき……どうだったかな。むしろ大人しかったような気がするけどな」
恵先輩。同期からこんな風に思われてますよ。
もちろん、これは心の中に、丁寧にしまっておくことにした。
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