4 春の自主公演に向けて

「それでは、今年はこのメンバーで始動する。最初の目標は、六月に控える自主公演の成功である!」


 バン、と力強く宣言する峰岸先輩。

 書記担当なのか、二宮先輩がホワイトボードに『六月 自主公演』と赤いマーカーで書き留める。


「この自主公演は、我が部の恒例行事だ。我々の実力が如何ほどのものか、文化祭前に全校生徒たちに知らしめる、またとないチャンスだ」

「自主公演なんて、そんなに観客が集まるわけじゃないけどな」

「なにせ土曜日の、半日授業の後だからね。数十人でも来てくれればありがたいものさ。どれくらいお客さんが集まるのか、それはこれからの告知次第だろう」


 それは問題ないだろうなあ、というのが素直な感想だ。

 だって、峰岸先輩が出るのなら、それだけで結構な観客が集まりそうだもの。適当な見積もりだけど、百人くらいは来るのではないだろうか。


「そしてあわよくば、興味を持ってくれた人を演劇部に引きずり込む。この二つが自主公演の最たる目的なのである」


 二宮先輩が律義に『実力を見せつける』、『部員(エキストラ)に勧誘する』、と記録する。これほどまでに打算に満ち溢れた演劇というのも……それはそれで面白いか。


「舞台に立つのは、私たち上級生四人とエキストラだな。役者志望の颯斗にも出てもらいたい」


 最近になって、峰岸先輩の俺の呼び方が「颯斗」、神崎さんが「茉莉也」と、呼び捨てになっていた。エキストラの御厨さんも「紫苑」と呼び捨てだ。


「質問です」

「うむ、颯斗、どうぞ」

「エキストラって、先輩方はどれくらいいるんですか」

「そうだなあ」


 川嶋先輩が苦笑いしている。なんとなくこの後の展開が予想できる。


「三年は、今年もやってくれそうなのは一人だけだな。他は受験勉強で断ってきた」

「田中健吾。やつは頼りになる男だ」

「二年は……」

「菅原沙希ちゃん。パソコン部。ばっちり手伝ってくれるよ」


 恵先輩が、川嶋先輩から継ぐように言った。


「もう一人くらい、二年生がいりゃあ楽なんだけどな。まあ、集まらなかったもんは仕方ない。今言っても詮無いことだ」

「ということで、我が部は人材難なのさ。いや、まさか今年は四人も参加してくれるとは。想像以上。上出来だ。出来過ぎなくらいだね」

「だが、六月に無茶はさせらんねえな」


 二か月後の自主公演。それまでにエキストラ組が集まれる日は、そう多くはないだろう。いかに新入部員のお披露目と言えど難しいのは理解できる。


「つー訳でだ。幸村。お前には期待している」

「ちょっと荷が重く感じ始めたんですが」

「そんなことはない。二か月あればそんなに難しいこともないさ。技術はな」

「技術は、ですか……不穏ですね」

「台本を覚えられるかどうか。それが問題だ」


 人数が少なければ、そのぶん舞台に出る時間は増える。必然、台詞量は多くなる。

 まだ「台詞を覚える」、ということがピンとこない。教科書を丸暗記する感覚だろうか。だとしたら自信はまったくない。


「そんなに心配することもないよ。我々上級生はいくつも舞台を経験している。アドリブは利くし、間違えても軌道修正くらいはできる。ノアの方舟に乗ったつもりでいたまえよ」


 大洪水じゃん。


「当日には、出演者の学年と名前が入ったチラシを配るからな。一年生だ、って大目に見てくれるさ。毎年の通過儀礼みたいなもんだ」


 大目に見てくれる。だとしても、成功はさせたいし、なんなら役に立つくらいの活躍はしたい。無謀かもしれないけれど、挑戦する価値はある。


「六月の自主公演の台本って、ここにありますか」


 感覚を掴むためにちょっと目を通してみたい。

 そう思って訊ねると、峰岸先輩はニコリと口角を上げたまま目を閉じて腕を組んだ。


「……恵」

「大変申し訳ございません」


 バン、と両手を机について、頭をこすりつけんばかりに下げる。椅子に座っていなかったら、きっと土下座をしていたことだろう。


「中学生でも許されないよなあ、あの出来は」

「申し訳ありません。私が脚本の作成を恵に任せてしまったばかりに」

「弘子は悪くないさ。私もしっかり目にしているし、耳にしている。『超大作を思いついていますから!』、と自信満々に胸を張り、『私一人でやってみせます、任せてください!』、と意気揚々と拳を振り上げ、『完璧な作品が出来上がりました!』、と厚顔無恥を晒上げたその様を」

「もうやめてください! あれは一週間後に読み返してからベッドの上で全力で悶えてのたうち回ったんですから! これ以上の辱めは勘弁してください!」


 頭を下げたまま、部室中に響き渡る声で謝罪する恵先輩。その震えて上擦った涙声からは羞恥の感情がありありと感じられた。


「ということで、オリジナル脚本は間に合わない。既成の作品で勝負するしかないだろう」

「自主公演で既成作品つーのは、何か違う気もするがね。今となっちゃ仕様がない」

「一層のこと、誰もが知っている有名作家の、誰もが知っている有名作品を題材にした方がいいだろうね」


 トントン、と部室の扉をノックする音が、峰岸先輩たちの話を遮った。


「おや、お客さんかな。珍しい」


 峰岸先輩が扉を開けると、顔を出したのは一年生のエキストラ、御厨紫苑さんだった。

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