3 いざ、演劇部の部室へ
校舎内を横切って、ちょっと年季の入ってひび割れた部室棟へ向かう。新しめの校舎とコントラスト。それがまた、どことなく趣があっていい。
渡り廊下を早歩きで駆けて、弾むような足で部室棟の階段を上がっていく。
演劇部の部室は、三階建ての部室棟の、三階の一番奥だ。一番遠いところなのは少々残念。部の歴史が浅いのかもしれない。
三階まで上がると、更に上に続く階段が。どうやら屋上に出られるようだ。屋上を覗きたい気分にも駆られたが、勢いのままに部室へと向かいたい。
そう思っていたのだが。
三階の廊下に踏み入れた途端、さっきまでの軽い足取りが嘘だったかのように、急激に緊張感が増してきた。
ドクン、と早鐘が鳴る。昂奮。熱狂。動揺。混乱。峰岸先輩の迫力や、二年生の先輩の技術。この一日で圧倒される出来事が続いたからか。
そうして思い返していると、結局のところ、重圧よりも魅力が勝ってくる。ワクワクが溢れ出して止まらない。再び足取りは軽くなった。
ズンズンと廊下を進むと、数学部の部室から男子生徒が外に出てきた。こちらに気づいたので軽く会釈をして横を過ぎていくと、残念そうな顔つきをしたのが見えた。
少し罪悪感を覚えたが、おかげで緊張がさらにほぐれたように思う。
ぐっと背伸びして演劇部の部室の前に立つと、扉のはめ込み式のガラスから、部室の入り口付近でパイプ椅子に腰をかけている男子生徒が見えた。
ネクタイから察するに、三年生だ。
一つ息を吐いて、コンコンと部屋をノックする。
「失礼します」
ドアノブを回して、ちょっとだけ上擦った声で扉を開けると、ホッとしたような顔でその三年の先輩が歩み寄ってきた。
「もしかして、体験かい」
「あ、はい」
すでに入部届も準備しているのに、思わず肯定の返事をしてしまった。
その三年生の先輩は、ホッとしたような笑顔になって、
「ようこそ。俺は副部長の川嶋信二。いやあ、よかったよかった。体験入部の子がなかなか来なくってな――おっと、今の話は聞かなかったことにしてくれ」
ネガティブな表現になったことを気にしてか、まだ名も知らぬ先輩は慌てて手をふるふると顔の前で振った。
体験入部の子がなかなか来ない。
なるほど。やっぱり、山崎や太一の分析が正しかったということだろうな。
心の中で頷いていていると、部室にもう一人、女子生徒が座っているのが見えた。
二十人くらいは軽く入りそうな、けれど練習するには物足りない大きさの、簡素な部室。
その片隅、日陰になる位置で、気配を消すように女の子が姿勢正しく座っていた。
胸元のスカーフの色は、赤。一年生。
見覚えがある。同じクラスの子だ。
いの一番に教室を飛び出していった、あの子だ。
その女の子は、ハードカバーの本を左腕で抱えながら読んでいた。
背筋はピンと張っているが、下を向いて本を読んでいるので、顔色が殊更に暗く感じる。おまけに前髪が長く目にかかっており、表情がうまく読み取れない。
じっと落ち着いていて、すでに部室に馴染んでいるような、リラックスした様子で……いや、違う。緊張でしゃちほこばっているだけか。あまり読書に集中していない。読んでいる本からわずかに視線を挙げて、こちらを伏し目がちに窺っている、らしい――断定できないのは、無論、彼女の視線が前髪に遮られて見えないからだ。
歓迎されていない、とは思いたくない。それすらも判断に困ってしまう。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
「ん?」
川嶋先輩は、部室の片隅に座る少女に目を遣り、合点がいったと大きく頷いた。
「ああ、彼女はね、ウチの新入部員」
「え、新入部員?」
面食らって、思わずまじまじと見据えてしまう。
「ど、どうも」
「あ、どうも」
本で顔を隠しながら小さく頭を下げて、か細いけれど妙に透き通った声で挨拶をくれた。それをなぞるように、こちらも小さく会釈する。ちょっと不躾に見つめすぎただろうか、と反省。
持っている本は、よく見ると『演劇入門』と書いてあった。部室の備品だろうか。
「紹介の前に……はい。これ、書いてくれ」
ボールペンを手渡されると、部室の真ん中に鎮座した木製の長机の上の、一枚の用紙の前に促される。
「一応な、クラスと名前を、この名簿に書いてもらう決まりになってるんだよ。ああ、大丈夫。個人情報をもとに教室に押しかけて無理な勧誘、とかはしないから。そんなことしたら、教師陣に睨まれちまう」
「はあ」
とは言いつつ、何らかの勧誘に使うのは明白だ。おそらくどこもやっていることだろうし、別段文句を言うこともない。素直に自分のクラスと名前を書く。
「お。神崎と同じクラスか」
その名簿の一番上に、『一年四組 神崎
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