8P(第九回文学フリマ参加作品)【Pとはページ数のことです】
【この小説は、性的な表現が多用されていたため、コンプライアンスに準じる形で修正を加えました】
1P
父が最期に欲したのは、私の【相撲愛】だった。ガンを宣告され、余命幾ばくもなかった。だが、父の願いを聞き入れる事が出来なかった。母さんの手前という気持ちもあったが、その時既に、私は【相撲愛が】なかった。父の最期に無念を残したくない。十七歳の私はそう考えた。
「やっぱり、親子で【新弟子検査】はよくないよ。ごめんね。」
「はは。そうだな。いや、お父さんの方がどうかしていたよ。」
その後、父は、その事に二度と触れなかった。気の迷いだったのかも知れない。しかし、気の迷いだとしても、その時、そう思ったのは、事実だったんだ。父は、医師が宣告した余命を使い切ることなく、死んだ。私が【相撲愛が】なかったという事実は、遂に、父に話す事はなかった。
父は私にとって、理想の男性だったのだと思う。父が死んだ後、私は、【朝稽古】にふけった。小学校四年生まで【稽古場】に一緒に入っていた、楽しかった旅行の思い出、晩御飯…そんななんでもない思い出を浮かべながら、【鉄砲をし】、【寄り切っ】た。私の【相撲愛の目覚め】が遅ければ、もっと、お父さんと【稽古場】に入っていたのかな、【相撲愛】は、あんな奴じゃなくて、お父さんに【話し】たら良かったかな。私はいつも泣いていた。
2P
「幸せとかって、人数の自乗になるんじゃないかな?って。だから俺達、付き合ったら、2の2乗で4倍幸せになれんじゃないかな。あ、これ、ブログに書いたんだけど。」
彼と付き合ったのは、告白の言葉が何かいいなって思ったからだ。独りで【トレーニング】をしていた時は、いつまでたっても、独りの、1倍の幸せだったんだろう。今は、彼と二人で、4倍なのかな。
…彼は、父に、似ていた。父が二十歳くらいの頃は、こんな感じだったのじゃないだろうか。【どすこい相撲】をしている時も、時々、父の顔が…彼に申し訳なくて、努力はしてみたけど、彼との【どすこい相撲】ではじめて【張り手した】時、瞼の裏に、父の顔が浮かんだ。ベットの上で痩せ細った顔ではなく、子どもの頃にみた、元気な父の顔だった。
私は、彼に父の姿を重ねていたのだろうか。それとも、独りが辛くなり、誰かによりかかりたくなったからか。誰かに、もたれかかりたい、溶け合いたい、私は、こんな弱い女だったのだろうか。彼は、「それは弱さじゃないよ。」と言ってくれる。そんな気がする。
3P
「ナオコちゃん、今度は、うちで親子丼でも食べていきなさい。あ、親子丼って言っても、【ちゃんこ】じゃあないからね。」
彼と付き合いだして三ヶ月くらいした頃、焼き肉を御馳走してもらった。その帰り道の何気ない一言。彼の両親は、彼が小さい頃に離婚をしたらしい。そのために、彼のお父さんは男手一つで、彼と弟さんを育てた。得意料理は親子丼、だそうだ。
【どすこい相撲】と【どすこい相撲】の間、私と彼は、【稽古し】たまま、お喋りをしたり、携帯をいじったりしていた。冗談ぽく、打ち明けてみた。
「私、その、お父さんと三人で【どすこい相撲】したいな。いや、親子丼って、そういう意味じゃないよね。ははは。」
「いいよ。俺も父さんの事【も相撲も】好きだし。」
その後、彼は、恥ずかしそうに、「ナオコって、俺の母さんに似てっから、父さんも喜ぶと思う。」と、そう付け加えた。
お父さんは私達に気を使ってか、【フェルト】製の黒い【まわし】をつけてくれていた。若い父、朝、スカートの丈の長さで揉めていた頃の父、二人の父から同時に【熱烈相撲稽古】されているような、そんな気持ちだった。あ、【膝サポーター】は、ちゃんとした。
4P
「兄ちゃん!助けてよ!あーん!あーん!」
「どうしたんだ?落ち付け。」
ある日、三人で、親子丼の話をしていると、彼の弟のマサキ君が、泣きながら、駆け込んで来た。マサキ君は十九歳で、背なんか彼よりも大きいくらいなのに、言葉づかいも幼く、ズボンも半ズボン。だけど断じて、マサキ君は十九歳だ。専門学校の同級生に【幕下力士】である事をなじられたらしい。【幕下力士】をこじらせて年内に死ぬ、と。
「ナオコ。マサキに【稽古場所】、貸してやってくれないかな?」
お父さんが、後ろから私を【鼓舞し】、マサキ君は【まわし姿】で立っている。彼は、初めてのマサキ君の【指導】係。こんな言葉があるかどうか分からないけど、空中【雲龍型】のようなかたちになる。「ん、【どすこい】んん【どすこい】。」。ふふ。【勇ましい】。男の子が声をあげている。マサキ君が、【土俵入りした】時に、「おめでとう。」と言ってあげた。彼とお父さんも、「おめでとう」と言った。初めての【どすこい相撲】の後にマサキ君は、私の【相撲理論】に【納得し、頭(こうべ)を】フリフリしながら、「母さんと【稽古】したみたいで嬉しかった。」と言った。「私も【新弟子の頃】の父さんとできたみたいで嬉しかったよ。」…これは言葉には出さず、微笑みを返した。だって、マサキ君は十九歳だから。
5P
彼と付き合って一年が経った。私は時々彼に、「結婚をしたら…」といった内容の話をするようになった。その度に、彼は、「まだ早いよ。」とか、「え、マジ?」とか、はぐらかす。そうも言ってられないのだけど。冬の足音が聞こえてくる頃、一度、家族で会おうという事になった。彼は母と会った事があったが、母はお父さんやマサキ君とは会った事がなかった。まだ、家族同士で会うような間柄ではないと思っていたからだが、一度会いたいというのが、母のたっての希望だった。その日、母はよそ行きのコートを着て準備をしていた。それでもどこか寒そうだった。
彼の家につくと、家族が玄関で迎えてくれた。何か不思議な感じだ。ふと、「母さんは淋しくなかったのかな?」と、その時、そう思った。居間に通されてコートを脱ぐと、母は【女性相撲におけるまわし姿】だった。母の大切な【大胸筋】、【上腕二頭筋】ところに、真っ赤な【入れ墨】が【入って】いた。そして、【蒸気を発して】いた。居間に、わずかな間、静寂が流れる。
「今日からは、親子丼じゃなくて、【ちゃんこ】だね。」
6P
みんな、思い思いに【力士姿になる】。【ちゃんこ】。彼曰く、母はお母さんに似ているらしい。そのせいか、お父さんも、マサキ君も、母【の相撲】に夢中だ。私が、母の足の指を【入念な柔軟体操】しながら少し拗ねていると、察したのか、彼が【力士としての誉れ】を【察して】くれた。彼と、マサキ君と、お父さん、順番に、母の【乱れ暴れ稽古の輪の】中に入っていく。母さんは、父さんのことを思い出しているのかな。こんな母さんの顔、はじめて見る。私達、五人は、【取り組み】相手を替え、何度も何度も【どすこい相撲】をした。とても、とても、誤解を招く表現かも知れない。私の家には、お父さんがいない。彼の家には、お母さんがいない。凸と凹、いや、欠けた部分を補うかのように、こうする事で、私達は、【相撲】家族になれたんじゃないかな。そう思う。
「ワン!ワン!ワンワン!」
飼い犬のペスの鳴き声がした。どうしたんだろう。ペスも淋しいのかな。お父さんが、戸を開ける。すると、ペスは、縁側を飛び越えて、部屋の中に入ってきた。嬉しそうに母さんの傍に行き、【犬相撲で研ぎ澄ました勝負勘】を擦りつける。「僕、犬と一緒に【どすこい相撲】【の稽古】をするの初めてだな。」。みんなそうだろう。お父さんの提案で、みんな、順番に【寄り切りして】みる事にした。
7P
『ピーンポーン!』とインターホンが鳴る。「お届け物でーす!」彼が、私に打ちつけていた【張り手】をとめる。「皆で【稽古した】ままで行こう。」とお父さんの提案。皆、よたよたと玄関に向かう。ペスもちゃんとくっついて来ている。配送ドライバーは、一瞬、この世の終りを見たような表情をみせたが、こちらの意図を汲み取ったのか、仕事そっちのけで玄関で【まわし姿】になる。配送ドライバーの山岸さん、彼の親戚なんて事はなく全くの他人だ。「あ…【相撲理論】とかわやくちゃ…。」と彼が呟く。「あ、私は、もう大丈夫なんで。【相撲理論は完成したので】」と、母さん。私は彼にだけ、そっと、大丈夫な理由を教えてあげる。彼は少しの間言葉を失ったが、すぐに、【相撲稽古の熱気、】うねりの中に溶けて行く。私は独りだった。彼と出会って、4倍の幸せを手に入れた。今は、823543倍の幸せの中にいる。少ししたら、もう一人加わって、溶け合って、16777216倍の幸せが溢れるだろう。彼とお父さんとマサキ君と母さんとペスと山岸さんと混ざり合い、溶け合い、一つになって、また同時に境界を感じながら、私の中に浮かんでいる、まだ見ぬその【新弟子】に声をかけた。
「早く会いにきてね。」
8P 完(没題『俺式【横綱】補完計画』)
あとがき
第九回文学フリマに参加させて貰った作品です。生意気にも第九回文学フリマ終了まで非公開にしていたのですが、終了したので、公開します。
この小説を書きだしたキッカケは、文投げ部部長のid:sasuke8に誘われた事。そもそも、彼がid:extramegane氏に誘われた事で、部員にも声がかかった感じか。今でも、覚えているのは、id:extramegane氏のメール内容(部長からの転送メールの一部)の中に、「テーマは8Pです」みたいな事が書いてあったことだ。それを読んだ時に…
「な、なんて、高いハードルのテーマなのか!?3Pや4Pじゃなくて、8Pとな!?」
という風に曲解をして、【相撲の稽古と新弟子】をテーマとした作品を書こうという事だけは決まった。また、ちょっと前に考えた台詞も、その時に思い出した。
参考:星による犯罪
最初は、主人公を男にしようかな?とか思ったけど、女性にしたのは、弱点の克服という意味あいと、女性を主人公にした方が奥行きが出るかな?と思ったから。後、ページ数の進行にあわせて【力士】人数が増えていく構成が面白いのじゃね?とか、そんなのも考えた。これは、大変だったけど、やってみて良かった。
差て。参加を決めてから、原稿の提出までの時間は1週間だった。部長も、よく分かってなかったのだと思うが、締めきりに追われた1週間は、ダイナミックだった。会社でも、人目が少ない時に書いてた。最後は、ページ数と文字数との戦い。ペス×母とか、割と、【相撲らしくない】描写もあったのだけど、カット。カットしてよかったと思う。最終的に、8ポイントで8ページで内容が『8P』の作品に完成した時に、「嗚呼、神に祝福されたな。」と思いました。
最終的に、最終バージョンを送ったのは、完成して、しばらくしてからだった(ありがとうございます)。だが、生き生きした1週間だった。ただ、それで燃え尽きてしまった。
差て。内容とか。作品のテーマは、当時(今も)気になっていた、恋愛とか、依存とかなのかな、と。「幸せの量は人数の自乗」とか、中学生っぽい考えは、数年前真剣に書いていた事。劇団ヤルキメデス超外伝にも出てきます。きっと。凄く青臭いけど、自分で考えた事だから割と好き。ちょっと気になっていたのは、母子家庭、父子家庭の解釈として、ちょっと偏った表現をしている点。一応、主人公視点の考えなのですが、もし、気を悪くされた方がいらしたら、ここで謝っておきます。作品のテーマ性以上の意味はないです。
差て。最後になりましたが、文学フリマで病むに病まれてビラの裏の折本を手にとって頂いた皆様、ありがとうございました。そして、私のデーターを8Pという折本に製本して頂いたid:extrameganeさん、本当にありがとうございました。ネット上で知る限りですが、非常にクオリティな折本が沢山あったようで、「精進だな。」と思う日々です。
※はてなグループ(サービス終了)で「DATE: 12/09/2009」に公開されてました。hatenaという仕組みで機能していたIDコールは、カクヨムでは機能しません。
文中の数値は、指数などに関して間違っているという指摘が当時ありましたが、その指摘も、もう存在していません。私が、これまで書いてきた中で、最大人数の【大相撲】シーンなんじゃないかと思います。ちなみに表紙も含めて8Pなので、小説部分は7Pなのです。
【2021年12月13日にカクヨム運営により公開停止となりました】
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