第11話

 山を下りるってみんなに告げると、みんな寂しがってくれた。けど、引き留められたりはしなかった。

「そうかい、いつかそうなるんじゃないかと思ってたよ」

 って。

 食堂のオバサンも、解体師のオジサンも、顔馴染みの狩猟者仲間も、みんなが苦笑しながらそう言った。

 オレ、そんなに上の空に見えてたのかな?

 自分の心がここになかったこと、みんなに指摘されて改めて自覚する。街のこともシドのことも全部忘れるつもりで、ちっとも忘れられてなかったみたい。


「いつまでも村にいてくれたって、良かったんだけどね」

「そうだな、エルは今じゃ村1番の狩人だからな」

 食堂に居合わせたみんなが、オレらを囲んでわいわいと騒ぐ。村1番なんてそんなことないけど、ちゃんとここに居場所があったんだって、実感できて嬉しい。

「エルがいなくなると、あんま肉が食えなくなるな」

 誰かがしみじみ言った言葉に、「ホントだな」ってみんなが笑う。それでも、誰もオレに向かって「行くな」とは言わなかった。


 若者はそうしてみんな、1度は山を下りるものなんだって。

 そう言われてみれば、この山村には確かに、若者はあまりいない。10歳くらいまでの子供らか、20歳過ぎでも、結婚して所帯を持つ人か……後はオジサンオバサンやお年寄りばっかだ。

 オレらみたいな流れ者の狩猟者は別だけど、それでも確かに、年上の人が多かった。


「若者はみんな、旅立つもんだよ」

 食堂のオバサンがしみじみそう言って、オレの肩をポンと叩いた。

「そうそう、見知らぬ地を旅して、大人になって帰って来るもんだ」

 深々とうなずくのは、狩人のオジサンだ。

 見知らぬ地っていっても、隣村に修行に出るくらいだったり、町に出稼ぎに行くくらいだったり、人によって色々らしいけど、中にはホントに旅に出たまま、戻らない人もいるらしい。

 それが若者の特権で、みんなが1度は通る道だって。


「旅に疲れたら、たまに帰って来な」

 オバサンの言葉が、温かく胸に沁みる。

「帰、る……」

 ぽつりと呟くと、「ここを家だと思っていい」って。

「そうだな、その色男とケンカしたら、いつでも戻って来るといーぜ」

 色男、と呼ばれたシドをちらりと見ると、困ったようにうなずかれた。

「だが、彼がこの村に帰る時は、オレも一緒だ」

 オレの肩に腕を回し、堂々と宣言するシドを、みんなが「言ったな?」とか「ホントかよ」とか賑やかに囃し立てる。


 村の誰も、シドのことを貴族の若様扱いしない。遠慮ない物言いをされるの、

シドも意外と嬉しそうだ。

 この和やかな光景も、村を出ると見れなくなるんだなって、そう思うとちょっと寂しい。

 いつも街を思い出すたび、寂しさを感じずにいられなかったけど、これからはこの村のこと、同じように思い出すのかも。


「若者の門出を祝って、乾杯と行こう」

 狩人のオジサンが陽気に言って、手元のゴブレットを高々と掲げた。

「あんた、今日何杯目だい?」

 呆れたように言いながら、食堂のオバサンがオレとシドにもゴブレットを渡してくれる。そこにはいつもの安ワインが注がれてて、促されるままぐっとあおると、胸がカーッと熱くなった。



 大人たちは「門出だ」って祝ってくれたけど、仲の良かった子供たちには引き留められた。

「エル、行かないで」

「村にいてよー」

 口々にそう言って、足元に縋られると胸が痛む。泣かれると困るけど、慕って貰えるのは正直、嬉しい。

 オレ、狩りに行くばっかで、特に遊んだりしてなかったんだけど。でも獲物を運んで貰ったり、お駄賃代わりに肉をあげたり、お礼に何か貰ったり……そういうやり取りだけで、十分触れ合いになってたみたい。


「冬のお祭りもあるんだよ」

「春のお祭りも見てないでしょ」

 そう言って引き留める子供たちに、「ごめん」って謝る。

「またきっとここに、かっ、……帰って来るよ」

 帰る、って言葉に照れながら約束すると、「顔真っ赤だ」って何人かにからかわれた。


「そんなんで山を下りて大丈夫なのか?」

「エルはドジだからなー」

 いつも通りの生意気な言葉に、「平気だよ」とシドを見る。

「オレがついているから、心配は無用だ」

 シドの言葉に、「ええー」と不満を漏らす子供たち。ぶーぶーと重なるブーイングに、シドが「少しは信用しろ」って顔をしかめる。


「許さねぇ!」


 大声が上がったのは、そんな時だった。

 見ると、いつも「側にいてやるよ」ってオレを慰めてくれてた少年が、仁王立ちでシドの方を睨んでる。

「コウちゃん……」

 子供たちが少年の名前を呼んだけど、彼はそれに目もくれず、まっすぐにシドを睨んだままだ。


「エルを泣かしたお前を、認めることはできねぇ! 決闘だ!」

 キッパリと告げながら、ビシッとシドに指を突き付ける少年。腕に子供用の短い木刀を2つ抱えてて、その1本をシドの足元に投げつけた。

「拾え!」

 強い口調で、少年がシドに命令する。

 一瞬ひやっとしたのは、街では許されない行為だからだ。だって、シドは領主様の子息で、貴族で、街のみんなが多分シドの味方だった。


 けど、ここは街じゃない。シドも、もう貴族じゃない。

 そして少年の無礼に怒るほど、短気で狭量でもないみたいだ。

「……いいだろう」

 ニヤッと笑いながらそう言って、シドがゆっくりかがみ込み、足元の木刀を拾い上げる。

「勝負だ!」

 高らかな宣言と共に、ダッと駆け出す少年。

 カンッ、と木刀が打ち鳴らされ、何度かカンカンと打ち合いが交わされる。


 シドは戦士だ。剣を振るい、大物にも臆さず立ち向かう。自分よりも大きな肉食獣を前にしたって、1歩も引かない勇猛な狩猟者。

 そして、コウちゃんと呼ばれた少年も、また勇猛な戦士だった。

「やあっ! はああっ!」

 高らかに上がる気合い。自分より明らかに格上のシドを相手に、1歩も引いてない。果敢に木刀を振るい、躱されてもいなされても、くじけず何度も木刀を打ち込んでいく。


 でも、やっぱり実力差は歴然だった。その前に、大人と子供じゃ勝負にならない。

 ガキィ。鈍い音と共に少年の木刀が跳ね飛ばされ、カランと地面にあっけなく落ちる。

「コウちゃんっ」

 わあっと声を上げ、子供たちが少年を囲んだ。その後に続き、オレも彼の方に駆け寄ると――。

「エル……」

 少年が右手首を抑えながら、オレの顔を真っ直ぐに見た。


「オレは、諦めねぇ」

 強い口調でそう言われ、眩しい強気に「うん」と微笑む。

「仕方ねぇから、今は認めてやる。けど、いつか追いついて、追い落としてやるからな! エルの隣に立つのは、このオレだ!」

 ビシッとシドに指を突き付け、少年が大声で宣言した。シドは自信たっぷりに腕を組み、「受けて立とう」なんて笑ってる。


「じゃあ、ライバルの握手だ」

 シドがそう言って、少年に右手を差し出した。少年もそれに応えて握手して……直後、シドの向こうズネを蹴り飛ばし、「バーカ!」って言って、駆けてった。

 その悪ガキぶりに、ちょっと笑えた。

 子供たちも「わーっ」と笑って、少年と一緒に去って行く。


「大丈夫?」

 「ぐっ」って悲鳴を漏らしてうずくまるシドに近寄ると、じとっとした目で睨まれた。

「笑いたければ笑え」

 拗ねたみたいな様子が、なんだか可愛い。相棒のそんな姿を見ることなんて滅多になくて、新鮮だ。

「……いい村だな」

 オレの肩を支えにして立ち上がり、シドがまた、しみじみと言った。

「うん」

 こっくりと同意して、シドと2人、村の景色を静かに眺める。


 街とは違う、のどかな風景。家々はまばらで、周りは山に囲まれてて、空がひどく狭い。街よりも気温が低くて、冬はきっと、想像もできなくなるくらい寒いんだろう。

 けど、そこに住む人はみんな温かい。


「また、ここに帰って来よう」

「うん、帰ろう」

 シドとうなずき合い、歩き出す。

 オレらの前に立ちふさがるモノは、もう何もなかった。


   (終)

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ひとりでも生きていく はる夏 @harusummer

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