第10話

 翌日はお祭りになった。

 大猪は一晩かけて十分に血抜きされ、解体師のオジサンに皮を剥がれて、大きなカタマリに切り分けられた。

 最初、丸焼きにしようかって話もあって、子供たちは大喜びしてたけど、村のオバサンたちに「バカ言うな」って怒られて、丸焼き祭りは無しになった。

 それでも、焼いたり揚げたり煮込んだりした肉はすごく美味しくて、村人みんなが満腹になった。


 残りは干し肉にもなったし、ハムとして加工に回されたりもしたんだって。

 骨はスープに使われたり、大きい部分は武器や小物を作るのにも使われるらしい。

 オレとシドが仕留めた獲物ではあったけど、村の中での狩りだから、分け前を独り占めしたりはしない。

 お金には困ってないし、毛皮は丸ごと貰えたし、肉も酒も美味かったから、それでイイ。

 村のオバサンたちが料理を作ってくれる間、オレたち男衆みんなで、壊された家や柵、村の囲いの修繕もした。

 当たり前のように助け合い、当たり前のように食事を分け合う、この村の雰囲気がやっぱり好きだなぁって思う。シドも修理作業に加わって、一緒になって働いた。


 村の広場でみんなが集まり、わいわいと肉を食べ、酒を飲む。

 街のお祭りみたいに楽隊や踊り子がいたり、派手な催しがある訳じゃないけど、人々が笑顔でこうして集まるのは楽しい。みんな仲良く楽しんでるのを、眺めてるだけで笑顔になれる。


 意外だったのは、みんなに口々に「楽しそうだな」って言われた事だ。

「エルがそんなに笑ってるの、珍しいな」

 って。

「笑ってる顔、初めて見たぞ」

 と、そんなことを言う人もいた。

 オレ、いつも笑ってるつもりだったけど、自分で思う程ちゃんと笑えてはなかったみたい。

 同じことは子供たちにも言われて、さすがにちょっと情けなかった。子供たちが構ってくれてたの、いつも寂しそうだったからなのかも。


「エルは今、寂しくねーの?」

 子供たちに訊かれて、「楽しいよ」って正直に答える。

 今は、街のことを思い出すこともない。街と村とを心の中で比べて、寂しく思うこともない。それは、「彼」がここにいるからだって、さすがに分かる。

 ひとりでも生きてくつもりだったし、そうできるつもりだったけど、やっぱり1人より2人がいい。

 シドがいるのといないのとでは、周りの空気もガラリと変わる。

 街より遠く見える空も、朝焼けも夕焼けも、シドと一緒なら寂しくない。狩人たちが集まって雑魚寝する大部屋だって、何かいつもより楽しかった。


 シドと一緒に、廃坑に狩りにも出かけた。

 大猪騒ぎなんて関係なく、廃坑の中はいつも通り、しんとして寒々しい。吐く息も白くなるし、空気が違う。

「寒いな」

 ぶるっと震えるシドに、「寒いね」ってうなずきながら、周りに油断なく気を配る。


「ここでいつも狩りをしていたのか」

 感嘆したように言いながら、シドが珍しそうに周りを見た。

「冬は、もっと寒くなるって」

「冬か……」


 この村に転がり込んで数ヶ月。冬はまだ先だけど、街と比べてどれだけ寒くなるんだろうって、想像もつかない。冬装備のための毛皮だって、集まってない。

 そんなことを考えつつ薄暗がりの中を進むと、キィキィとどっちかの鳴き声が聞こえて、オレもシドも剣を構えた。


 相棒と組んでの狩りは、いつもとは違って楽だった。背後を取られることもないし、獰猛なオオトカゲに囲まれたって怖くない。

「シド、左!」

 壁に潜む1匹の気配に声を上げると、「任せろ」って頼もしい言葉が返る。

 1撃するたび、ギキィッって響くトカゲの悲鳴。同じものが背後からも聞こえて、シドも1匹仕留めたのが分かる。頭上や左右に勿論気を配るけど、背中を預けられるのって、いい。

 採取だって、見張りがいるのといないのとでは段違いで――やっぱり、相棒っていいなと思った。


 同時に、シドの腕はこの村じゃ勿体ないなとも思った。

 平原を自由に駆ける野牛や水牛、巨大な肉食獣も、ここにはいない。熊は時々話を聞くけど、人を襲う程は獰猛じゃないから、狩るのには剣よりも罠とか弓矢の方がいいらしい。

 大猪の突撃なんて滅多に起こらない大事故で、それが無ければオレたちみたいな戦士は、ここでトカゲや猿を相手にするのが精々だ。

 オレがひとりで生きてく分には、それで十分だったけど、シドが一緒なら、話は違う。

 シドに山村は勿体ない。廃坑で一緒に狩りをして、3日もしない内に、そう悟らざるを得なかった。そしてそう思ったのは、シドも同じだったみたい。


「エル、冬になる前に山を下りよう」

 シドにぎゅっと手を握られて、相棒の顔と、周りの景色とを見比べる。

 幾つも重なる山の稜線、近いのに遠く見える空、澄んだ寒々しい空気、冷たい風。ここからじゃ地平線も見えなくて、随分遠くに来たなぁって思う。

 けど彼は、ここだけじゃ満足しないみたい。この山を越えようって言った。


「元の街に戻る訳じゃない。山を越えて、もっと先に行こう。お前と一緒ならどこにでも行ける。ここに留まる必要もない」


「もっと、先……」

 オレがぼそりと呟くと、「行こうぜ」ってシドが精悍に笑った。

 シドの言葉には力がある。領主様のご子息じゃなくなった今でも、それは変わらなくて、オレをどんどん先に導いてくれる。

 ホントに、どこまでも行けるって気分になる。


「オレにだけ行けというのは、無しだぞ」

 牽制するような言葉に、ふへっと笑えた。胸がズキンとしたけど、寂しい痛みじゃない。

「一緒でいい、の……?」

「だからそう言っているだろう」

 呆れたような口調も、自信に満ちた目も、まだちょっと困ったように笑う顔も、何もかも好きで、参ったなぁと思った。

 頬に触れられて、唇が重なる。

 伸ばされた手を、もう拒絶できる気がしない。2度と離れ離れになれない。


 冬になる前に、シドと一緒に山を下りる。そう決意が固まるのはすぐのことで、決まれば話は早かった。

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