第8話
当たり前だけど、領主様との話し合いはかなり難航したらしい。
「最初は全く話にならなくてな。『ふざけるな』と怒鳴られて終わった」
苦笑するシドに、黙ったままこくりとうなずく。
能力が高くて、街の人みんなに慕われてて、立派で、頭が良くて……そうして後継ぎとして育てられてただろう彼を、すんなり勘当なんてできるハズがない。
けど、反対されたからって、諦める彼でもなかったみたい。
「言い争いの果てに家を飛び出すだけでは、解決しないだろう。無理矢理連れ戻されるか、邪魔をされるだけだと思って、我慢して説得した」
時々唐揚げをつまみながら、安ワインを飲みつつ、シドが語る。
絶対諦めないって思って、胸を張って前に進める彼は、相変わらず強くて眩しい。
そこまでして貰う価値、オレなんかにあるようには思えなかったけど、衝動的に飛び出した訳じゃないんだって分かると、申し訳ないと同時に嬉しかった。
「大事な相棒を追い出すような街など、絶対に好きにはなれない。そんな気持ちで良い領主になれる訳もない。やり方を間違った方が悪いのだと、オレの気持ちをしっかり説明したら、最終的には分かってくれた」
「やり方……」
オレの呟きに、「ああ」とシドがしっかりうなずく。
「オレを領主にしたいなら、お前を追い出すのではなく、オレの側に置くべきだった。お前がオレにとってどんなに大事な存在か、オレの周りの誰もかれもが少しも分かっていなかった」
苦々しい口調、悔し気な顔。ぎゅっと握られた拳から、シドの苛立ちが伝わってくる。
オレ、シドにはふさわしくないって言われて悲しかった。けどシドも、自分の周りの人に裏切られたみたいで、傷付いたんだって分かる。
シドが悪いとは思えなかった。
でもきっと、周りの人だって悪くない。価値観は人それぞれだから、オレが認められなくても仕方ない。シドに認められてたってだけで、オレにはもう十分だ。
大事な相棒、大事な存在。何度も言われた言葉が、じわっと胸に熱く沁みる。
「巻き込んですまない」
ぎゅっとオレの手を握った彼の手は、大きくて整えられてて、でもしっかり剣ダコのある戦士の手だ。
「シドは悪くないよ」
ぶんぶんと首を振り、握られた手をそっと引く。
大事だって思って貰えてて嬉しい。探して貰えて嬉しい。オレだって、ずっと彼の側にいたかった。
けど、未来の領主様の側に立てる程、オレは立派な存在じゃない。
街を出たのは、居場所を失くしたってのもあるけど、何よりシドが他の誰かと結婚するのを見たくなかったからだ。
すべては弱くて情けないオレの心が原因で、彼の事情は関係なかった。
だから、シドのせいじゃない。オレを探してくれる必要もなかった。オレのために、立場を捨てるなんてダメに決まってる。
「お前とまた一緒に狩りがしたい。それだけを思って、お前の痕跡を必死に辿って来た」
とても探したぞって、切なそうに笑われて、ズキッと胸の奥が痛む。
必死に我慢してもどうしても涙がにじんで、ぼやけてシドの顔が見れない。
ぶんぶんとひたすら首を横に振る。言うべき言葉を探したいけど、頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく気持ちがまとまらない。
喋ることも、食べることも飲むこともできずにうつむいてると、いきなりパンと背中を軽く叩かれた。
「ほらほら、久々の再会なんだろ。泣いてばっかでどうすんだい?」
そんな言葉と共に、ゴブレットに並々とワインが注がれる。
「あんたもどうだい?」
「いただこう」
食堂のオバサンに促され、シドがゴブレットを空にする。
「エル君がこの村に来たのは、2ヶ月か3ヶ月か、そんくらい前だったかねぇ。こんな山村には勿体ないような腕前で、毎日出掛けては狩りやら採取やらに精出してて、みんな感心してたんだよ」
「そうか」
「大人しくて礼儀正しいし、村の子供たちにも優しいし、みんなエル君のこと気に入ってんだ。どんな事情があんのか知らないけど、もう泣かすんじゃないよ」
オバサンの大袈裟な言葉に、シドが「勿論だ」って答えるのが聞こえた。
食堂にいたみんなが「そーだそーだ」ってヤジを飛ばすのに、苦笑しつつゴブレットを掲げて応じるシド。
けど、オレの涙は余計になんでか止まんなくて、申し訳ないけど情けない。
再びパシンとオバサンに背中を叩かれて、フォークを握り締め、唐揚げをバクバク食べる。パンも食べて、スープも飲み込んで……そうして腹がいっぱいになる内に、気持ちもちょっと落ち着いた。
オバサンにお礼を言って食堂を出ると、いつものように、空は夕焼けに染まってた。
山の稜線を朱金に染めながら沈む夕日が、泣いてすぐの目に沁みる。
「ああ……美しいな」
シドがオレの隣で、感動したようにぼそりと言った。
ずっと、シドに見せたいって思ってた風景だから、夢が叶って嬉しい。このキレイで寂しい山の日暮れを、彼と一緒に眺められて嬉しい。
だから、それでもう満足だと思った。
「オレ、シドのことが好きだ」
涙声のままに告げると、シドが黙ってオレを見た。自信に満ちた整った顔立ち、いつもまっすぐに伸びた背中。こんな山村にいるにはふさわしくない、オレにもふさわしくない、貴族の若君。
そんな彼が、オレのために家を捨てるなんて、どう考えてもダメだと思う。
「だから、一緒にいられない」
「街に帰って」
精一杯、にへっと笑って告げると、シドがぎゅっと眉根を寄せた。
「エル……」
彼の手が、オレの肩に伸ばされる。けどその直前、オレらの間に背の低い誰かが割り込んで、「おい、てめぇ!」って声を上げた。
視線を下げると、昨日焼き菓子をくれた少年だ。オレを庇うように両手を広げ、シドの前に立ち塞がってる。
「エルを泣かすな!」
そう言って、少年がシドの足を蹴り上げる。向こうズネを思いっ切り蹴られたシドが、悲鳴を上げてうずくまる。
それを見て、正直慌てた。
「えっ、オレ、泣いてなんか……」
あわあわと言いながらシドの足元にかがみ込むと、「ウソ言うな!」って少年に怒鳴られた。
「いつも寂しそうにしてたの、コイツのせいなんだろ!」
少年の言葉に、力なく首を振る。「違うよ」って言いたいけど、胸が詰まって声にならない。
「お前なんかエルにふさわしくねぇ! エルはオレが守る!」
シドにビシッと指を突き付け、キッパリ宣言する少年。いつもの生意気な口調に、いつものようには笑えなくて、口元がへの字に歪む。
「ふさわしいかふさわしくないかは、オレが決める」
シドもキッパリと言いつつ、オレの肩に腕を回した。
「オレはコイツのことが好きだ」
「ふざけんな!」
シドの言葉に、再び大声で怒鳴る少年。
けど、それよりももっと大声で怒鳴る声が、村の外れの方から聞こえて来た。
「大猪だ! こっちに向かってる!」
その声に応じるように、食堂から猟師たちが弓矢を持って飛び出して来た。
「どっちだ!」
「あっちだ! 子供らは避難させろ!」
飛び交う怒号、騒然とする村。オレも慌てて立ち上がり、少年を避難させるべく声を掛ける。
「に……っ」
逃げよう、って言おうとした瞬間――猟師たちが向かった先から、ドゴーンって大きな音がした。
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