第7話

 熱々ジューシーな唐揚げと、いつものカリふわなパンに、野菜スープ。オバサンの美味しい夕飯を食べながら、シドの話を少し聞いた。

「お前がいなくなったと気付いたのは、見合いから帰って3日後だった」

 見合い、って言葉にズキッと心を痛めながら、平気なフリで「そうか」とうなずく。


 彼から隣の街に出かけることは聞いたけど、それが見合いだとは聞いてなかったから、他の人にそれを聞かされた時はショックだった。結局その見合いは、どうなったんだろう?

『若様は近々ご結婚される予定だ』

『その後は爵位を継がれ、狩人の真似事もおやめになるだろう』

『お前のような者と付き合われることもない』

 シドの従者を名乗る人たちから、口々に言われたのを思い出す。獲物の買い取り屋も、馴染みの武器屋も、情報屋も……顔見知りの多くは領主様の息のかかった人たちで、オレとのパートナーも歓迎してはいなかった。


 狩猟者仲間にも、そういや『ふさわしくない』って言われてたっけ。

『同情で相棒になって貰って、嬉しいのか』

 って。

『相棒のお陰で贔屓ひいきされてる』

 って。


 その時は何が贔屓なのか分かんなかったけど、シドが領主様のご子息だって知らされて、何もかも分かった気がした。

 効率のいい狩場を教えて貰えるのも、その獲物を高く買い取って貰えるのも、武器を安く買えるのも、全部シドのお陰で、オレの実力じゃない。

 シドと相棒になって、狩猟者としてスゴ腕になれたと思ったけど、それはオレの勘違いで、ただの贔屓だったって分かった。


「屋敷に帰った後、過剰な程にスケジュールを詰められて、パーティだ接待だと拘束され、街に出ることもできなかった。そして3日後、ようやく隙を見付けて屋敷を抜け出すと、お前の姿はもうどこにもなくて――」


 シドの説明に、「うん」とうなずく。

「お前を見かけなかったかと、心当たりを全部訪ねて回ったが、みんな知らないと言うんだ。おかしいだろう?」

「おかしくは、ないよ」

 ぼそっと呟いて、カリふわの武骨なパンを半分に割って齧る。

 街に売ってるオシャレなパンじゃないけど、オバサンの愛情と思いやりに満ちたパンはすごく美味い。


 街のパン屋も、街の八百屋も、街の肉屋も、みんな領主様の味方だ。

 ホントはみんなじゃなかったかも知れないけど、オレの狭い世界は当時、シドの紹介してくれたモノばかりでできていて、シドがいないと成り立たなかった。

 シドが隣街に出向いた後、みんなが当時、口々に言った。

『街を出て行け』

『お前なんかにふさわしい方じゃない』

 シドが聞いて回ったのも、きっとその「みんな」なんだろう。だから、彼らが知らないって言ったのも、おかしな事には思えなかった。


 シドはオレがどこ行ったか、狩猟者仲間にも聞いて回ったらしい。

 みんな、元々オレがシドと組むことをよく思ってなかったから、『逃げたんでしょう』とか、『もう放っておかれては』とか、言うばかりだったみたい。

 そんな中、『街を出てったみたいだよ』って教えてくれたのは、近場で採取してた子供たちだったって。


 オレもシドと組むまでは採取ばかりやってたし、いい採取ポイントも知ってて、何人かにそれを教えたこともある。

 もう顔も覚えてないけど、もしかしたらその子たちかも? そう思うと、ちょっと嬉しい。あの街にオレの居場所なんかないって思ってたけど、落ち着いて探せば、まだあったのかも。


 けど、あの時は何もかもが急で、冷静な判断はできなかった。

 相棒だと思ってたシドは、ホントはシオドリック=アレイって名前だった。ホントは貴族で、隣街に行ったのだって、ホントは見合いするためだった。

 ホントのこと教えて貰えてなかったのは、短い付き合いのつもりなんだろう、って。しょせんその程度の仲だからだ、って。身分が違うんだから、ずっと一緒にはいられない、って――。

 何人もの人から口々に知らされた事実は、すごく重くて、オレをベコベコにへこませた。


『もう街を出た方がいいんじゃないか?』

 長年お世話になった、長屋の大家さんにそう言われたら、もう出てくしかなかった。引き留める人もいなくて、身寄りもなくて、友達も他にはいなくて、引越しに困るほどの荷物もなかった。



 唐揚げを食べながら、目の前に座る彼を見る。

 長旅のせいでくたびれてはいるけど、その服はやっぱり上等で、その辺に売ってる安物には見えない。

 考えてみれば、街にいる時だってそうだった。

 なんでそれに気付かなかったんだろうって、今となってはすごく不思議だ。


「お前の向かった方向を子供たちに聞いてから、すぐに馬で追ったよ。平原を越え、近くの町にも行ってみた。だが、お前はとうに立ち去った後だった」


 ゴブレットを傾け、安ワインを飲みながら、困ったように笑うシド。

「そこで聞いたのだ。街にいられなくなったという、若き戦士の話を」

 形のいい、くっきり二重の黒い目が、切なそうに細められる。


 街の外では、街の領主様の影響はかなり薄まる。

 厄介事はゴメンだって雰囲気はあるものの、街から出て来たオレに対して、みんな割と同情的だった。

 オレを邪険にすることもなく、道中に平原で狩って来た獲物も、公平な値段で買い取ってくれた。


 シドが家を出ようって決心したのは、その町で話を聞いてすぐだったらしい。

 一旦帰って従者を問い詰め、オレを追い出したことを白状させ、父親である領主様に「勘当してくれ」って言ったって。

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