第6話

 猿の解体と毛皮の剥ぎ取り、それからなめし作業も全部含めて、解体屋のオジサンにお願いした。猿3匹のうち1匹分の毛皮を渡すことで、代金にしてくれたから、ありがたい。

「なめしが終わったら、呼ぶから」

 解体屋のオジサンに「はい」とうなずき、ふらふらと食堂に向かう。

 途中、薬屋のおばあさんのとこにも寄ったけど、買い取りの査定を待つことも腹ペコ過ぎてできそうにないから、「後で来ます」って、取り敢えず採取袋ごと預けておくことにした。


 ぐぅー、とオレの腹が鳴る度、周りの子供たちに爆笑されて、オレもうへへと力なく笑う。

「エル、腹ペコー?」

「昼メシ食ってねーの?」

 子供たちの無邪気な質問にこくこくとうなずいて、「猿に盗られた」って正直に告げる。そしたらまた「情けなーい」って笑われたけど、実際情けないから仕方ない。

 食堂に近付くと、いい匂いが漂って来て、我慢できずにじゅるっとよだれが垂れそうになる。今日のおススメは何だろう?


 子供たちに手を振り、食堂にふらふらと入って、「オバサン」と声をかける。

「め、メシ……」

 ぐぎゅうー、と鳴る腹。「あらあら」と苦笑するオバサン。

「お弁当、足りなかったかい?」

 お弁当、って言葉に盗られたサンドイッチのことを思い出し、悔しさとムカムカが込み上げる。猿、絶対許さない。


「うう、オレ……」

 涙目になりながら悔しさを噛み締めてると、オバサンが「そうそう」と手を打った。

「エル君、あんたにお客さんだよ」

「お客?」

 そういえば、子供たちからも同じこと聞いたっけ。確か、猿と同じくらいの黒い髪、で――。そう思った時、後ろでカタンと誰かが立ち上がる気配がして、反射的に振り向いて、ドキッとした。


「エル……やっと会えた」

 くっきり二重の目を切なげに細めて、ここにいるハズのない人がゆっくりこっちに近付いて来る。

「シド……どう、して……?」

「どうしてなんて、今更だろう?」

 そう言う彼はたった1人で、護衛も誰も連れてない。

 慌ててひざまずき、ギクシャクと頭を下げる。それを見て、食堂にいたみんながざわっとした。


「やめてくれ。オレはもう家を出た。もう貴族じゃないし、領主の後継でもない。ただの狩猟者で、戦士だ」

 その言葉にまたみんながざわめいたけど、オレもビックリしたから、周りのこと気にしていられない。

「え、家を……?」

「ああ」

「なんで……?」


 再びの質問に、シドがまた困ったように苦笑する。

「それも今更だ、エル。お前の方が大事だからに決まってる」

 ひざまずいたままのオレに手を伸ばし、彼が強引にオレを立たせた。それから食堂をぐるりと見回し、村人や狩猟者たちに声をかける。


「好きでもない女と結婚して家を継ぎ、屋敷に閉じ込められて書類仕事に追われるのと、愛する相棒と自由気ままに狩りをして暮らすのと、諸君ならどちらを選ぶ?」


「そりゃ狩りだろ!」

「自由だろ!」

 シドの問いに、周りのみんなが次々にゴブレットを掲げた。便乗した誰かが「愛だろ!」って声を上げ、どわっと笑い声が広がる。

 そんなみんなをキョロキョロと見回してると、ギュッと強く抱き締められた。喜んでいいのか、「ダメ」って追い返すべきなのか、よく分かんない。

 彼に家を捨てさせるのが、正解だとは思えない。


「オレ……」

 ぼろっと泣いてると、すぐ横のテーブルにゴトンとゴブレットが2つ置かれた。

「ほらほら座って。腹ペコなんだろ?」

 いつもの調子のオバサンに言われ、促されるまま席に座る。間もなく揚げ立ての唐揚げが山盛りでドーンと運ばれてきて、思い出したように腹がぎゅぎゅーっと鳴った。


「今日の肉はエル君からだよ」

 オバサンの言葉に、「ご馳走さん」とか「貰ってるぜ」とか、あちこちのテーブルから声が掛けられる。

 物々交換はこの村では普通だから、こうして声を掛けられるのも普通だ。今日はオバサンに渡す肉はないけど、昨日たっぷり渡してるから、今日もタダで食べられる。

 この村に転がり込んで来て数ヶ月、親切な人たちに囲まれて、ひとりでも生きて行ける自信はついた。

 でも目の前に「彼」がいると、その存在の大きさをイヤでも思い知らされる。


「この肉、お前が狩った肉なんだな。オレもさっき食べた。美味かった」

 目の前に座ったシドが、切なげに目を細めてゴブレットに口をつける。街で飲む酒とは段違いの安いのだし、領主様のご子息が飲むようなモノじゃないハズだけど、「美味い」って笑う様子に嘘はない。

「オバサンのメシは、美味いんだ」

 オレの言葉に「そのようだな」ってうなずく様子にも嘘はなかった。


 「うん」ってうなずいて、熱々の唐揚げを頬張る。ぎゅっと噛むと、トカゲ肉のジューシーな味が口の中に広がって美味い。酒も美味い。

 空っぽだった胃の中に酒が入り、きゅーっと胃の辺りが切なくうずく。

 狩りの後の最高の1杯、最高のオバサンの食事、いつ来ても和やかな雰囲気、穏やかな村……どれも、シドにも見せたかったモノだから、夢が実現して嬉しい。

 やっぱ夢じゃないのかとか、またお別れになるかもとか、考えなくもないけど、今はただ、目の前の幸せを堪能したい。


『お前なんかふさわしくない』

 何人かの知り合いに言われた言葉が、どうしても頭に浮かんだけど、平気なフリで酒を飲む。

 シドのこと忘れられないでいたから、こうして会えてよかったと思った。

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